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第26章 暴かれる密室

「何なんですか、いきなり」友美(ともみ)は窓の外を見る。理真(りま)から視線を外したのだろうか。「わけが分かりません。自首って、どういう意味なんですか」

「まあ、座って話しましょう。友美ちゃんの部屋ですよ」


 理真が言うと、友美は机の椅子に腰を下ろした。理真は床のラグから立ち上がり、友美に断ってからベッドに腰を掛けた。友美は何の返事も返さず、窓の外に目をやったままだったのだが。

 私も、理真から少し離れた窓側のベッドの端ギリギリに腰を落ち着けた。


「今日は藍子(あいこ)ちゃんは?」理真が訊いた。

「私の家に遊びに行きたいって電話があったけど、今日は誰もいないから、それでもよければ勝手に上がって遊んでいてもいいよって伝えたんですけれど。どこかの部屋で見ませんでしたか?」

「いえ、誰もいませんでしたよ」


 私と理真は、一応全ての部屋を覗いてみたのだ。佐枝子(さえこ)勝巳(かつみ)樹実彦(きみひこ)の見舞いで病院に行っており、夕飯は外で食べてくると聞いている。帰りは遅くなるだろう。好都合だ。こちらの話は、いつ終わるか分からない……。


「そうですか。学校の友達と遊びにでも行ったんでしょう。ところで、さっきの話なんですけど。何をおっしゃりたいのか」

「全て分かっているんです。今回の一連の事件、その犯人が友美ちゃんだって」


 理真の静かな語り口調。友美はまだ目を合わせない。


「私が久慈村(くじむら)さんを殺したっていうんですか」

「ええ」

「藍子ちゃんのお祖父さんを殺した?」

「ええ」

「私と藍子ちゃんは誘拐されたんですよ。それも私の犯行だと?」

「そうです。あの誘拐は友美ちゃん、あなたの狂言です」

「私が藍子ちゃんを誘拐したですって? そんなことするわけないじゃないですか」

「あなたなりに藍子ちゃんを守ろうとしたんですよね。当然、藍子ちゃんに傷ひとつ付かないよう十分な配慮をしたんでしょうけれど。でも、そんな事情を知らない藍子ちゃんにとっては、本当に誘拐されたと同じですよ」


 友美はここでようやく理真の目を見た、いや、睨んだ。


「そこまでおっしゃるなら、それ相応の推理の裏付けがあるんですよね? 聞かせて下さい。名探偵が推理を披露する場面を実際に体験できるなんて、とても面白いわ」

「私は、推理を披露して、いたずらに犯人を追い詰めるようなことはなるべくやりたくありません。友美ちゃん、あなたが犯行を認めて自首してくれれば、それで――」

「追い詰めたくないですって?」


 豹変。友美の声と態度が変わった。立ち上がり、理真を指さし、身振り手振りを加えて捲し立てる。


安堂(あんどう)さん、あなた、そんなやり方で今までやってこられたんですか? それでも名探偵ですか? レジェンド探偵の先輩たちが泣きますよ。センチメンタルな説得や泣き落としで、超犯罪者が罪の告白をしたなんてことが、過去にありましたか? 追い詰めなきゃだめなんです。その推理をぶつけて、理論で切り刻んで、やっつけてやらなくちゃ駄目なんです! 超犯罪者に罪を認めさせるには、追い詰めなきゃ駄目なんです! 聞かせて下さい、安堂さん、あなたの推理を……!」


 言い終えると友美は、ふう、と、肩の力を抜いたように息を吐き出し、もとのように椅子に腰を下ろす。激高してしまったことを恥じ入るように、友美は少し俯いていたが、再び顔を上げたとき、その表情は戻っていた。理真を射るようなその視線も。

 理真は小さくため息をついた。


「分かったわ」理真は一度深呼吸をしてから、語り始めた。


「では、久慈村さん殺害事件から。久慈村さんは、十三日金曜日の午後九時から九時三十分の間に、西根(にしね)家の倉庫で殺されました。凶器は殺害現場の倉庫にあった、モーニングスターと呼ばれる武器の模造品でした。現場の倉庫は鍵が掛けられており、密室状態だった」

「その時間、私は電車に乗っていたのよ。完全なアリバイがあるわ」

「ええ。でもその前に、なぜ久慈村さん殺害現場が西根家の倉庫だったのか、その謎を解くことにするわ。これは友美ちゃん、あなたの仕掛けたトリックに関係してくることですから」


 友美の理真を睨む視線が一層鋭くなった。最初と一転、今は友美は、理真から一瞬たりとも目を離そうとしない。


「久慈村さんが倉庫へ行った目的、それは、その日西根家に泊まる藍子ちゃんのお風呂を覗くためだった」


 理真はちらと窓の外に目をやった。私もつられて視線を移す。殺害現場となった倉庫が窓ガラス越しに見える。覆い被さる曇天は、先ほどより少し色濃くなったようだ。


「あの倉庫に入って、こちら向きの壁の下にある配線穴を覗き込めば、この部屋と隣の脱衣所、さらに風呂場を視界に入れることが出来る。こちらからは覗かれているなんてことは、まず分かりません。倉庫の照明を付ければ、穴から漏れた光を目にすることがあるかもしれませんが、覗きの最中にわざわざ明かりを付けるようなことをするはずがありませんからね。でも、友美ちゃんはどこかで気付いたんですよね。久慈村さんが覗きをやっていることを。そうでなければ今回のトリックを仕掛けることも出来ません」


 友美は無言だ。理真も答えを期待してはいなかったのだろう。説明を続ける。


「友美ちゃん、あなたは、久慈村さんが常習的にあの倉庫から覗きをやっていることを知っていた。あの日、事件の夜催された食事会。その場で、藍子ちゃんがここに泊まる。その情報を知ったら、久慈村さんは必ず倉庫へ行って、覗きを行うに違いない。そう確信していたあなたは、前もって倉庫に仕掛けを作っておいた。久慈村さん殺害装置ともいえる仕掛けを。

 あの日、藍子ちゃんは、本当は友美ちゃんと一緒に泊まる予定だったそうですね。でも、直前になって、あなたは東京の友達から、遊びの誘いを受けた。本来なら、お泊まりはお流れになってもおかしくないですが、友美ちゃん、あなたは藍子ちゃんにひとりでも構わないから泊まっていけと、藍子ちゃんをこの部屋に泊めることにしたそうですね。そのときではないですか? 久慈村さん殺害計画を実行しようと決心したのは。藍子ちゃんを囮にして、自分は鉄壁のアリバイを持ちながら、久慈村さんを殺害する」


 藍子を囮にして、と理真が言ったとき、友美の目は一瞬鋭くなった。


「あなたは、電車に乗るために八時半に家を出なければならない。お兄さんの勝巳さんに車で送ってもらう予定だったということですけど、それを久慈村さんが聞いたら、必ず自分が送ると言い出すと確信していた。覗きをするほどあなたに執心だった久慈村さんなら、必ず自分が送ると言い出すと。それとも、もう少し親しい関係だったのではないかと私は思っています。あなたが久慈村さんを通してシアン化カリウムを入手したことを考えれば。これはもう少し先の話ですけれど。まあ、友美ちゃんがいなくて藍子ちゃんだけでも覗きをやることを考えたら、覗きは久慈村さんの悪い性癖だったのかもしれませんけれど。

 友美ちゃん、あなたは新津(にいつ)駅まで送ってもらう車中で、久慈村さんの携帯電話を盗みましたね。久慈村さんは、車に乗るとすぐに携帯電話をカーバッテリーで充電するタイプだったんですか? それを知っていたから、隙をついて携帯電話を拝借することは、そう難しい作業じゃなかったのではないかと私は考えているのですが」


 理真は答えを待ったようだが、友美は無言のまま。理真は諦めたか、先を続ける。


「久慈村さんの携帯電話を盗んだ理由はこうです。このあと久慈村さんは、あなたの仕掛けに掛かって倉庫で死ぬことになるのですが、その死体は、あの倉庫の性質上、月曜日の昼まで発見されることはない。そう確信してはいたのですが、久慈村さんが携帯電話を所持したままだった場合、着信音が鳴って、それを誰かに聞かれてしまい、あなたが戻るよりも先に死体が発見されてしまうことを恐れたためですね。友美ちゃんがテレビも付けずに、静かに読書をしているような状態だったら、十メートルほどの距離、着信音は部屋まで届いてしまうかもしれない。日曜日の静かな昼下がり、佐枝子さんや勝巳さんが着信音を聞きつけてしまうかもしれない。月曜日より前にあなたは久慈村さんの死体を発見されたくなかった。

 あなたは首尾良く久慈村さんの携帯電話を入手すると、すぐに電源を切った。着信があると鬱陶しいですからね。久慈村さんが携帯電話がないことに気がついても、もう友美ちゃんは電車の中。どうすることも出来ません。まあ、久慈村さんはそのときすでに覗きのことで頭がいっぱいで、携帯電話にまで注意を払う余裕はなかったかもしれませんね。実際、久慈村さんの死亡推定時刻は最長で午後九時三十分。あなたを駅まで送って、即、西根家にとんぼ返りして倉庫に向かったのでしょう」


 それを聞いた友美は、嘲笑するように一瞬口元を歪めた。


「で、家の人や藍子ちゃんに気付かれないよう、久慈村さんは、裏道に車を停めて林の中の獣道を通って倉庫までやってきます。久慈村さんは懐中電灯を持っていました。獣道を歩くのに使用するためです。車に常備していたのでしょう。駐車場所、獣道といい、この覗きが常習的なものであったことが窺えます。久慈村さんは倉庫に入ります。照明は付けません。当然です。さっきも言ったように、明かりが配線穴から漏れて気付かれてしまう危険がありますからね。配線穴から向こうを覗くべく、いつものように腹ばいになる久慈村さん。そこに、あなたの仕掛けた殺人装置があるとも知らずに。友美ちゃん、あなたの殺人装置は、こんなものだったのではないかと考えて、私が描いてみたのですけれど、どうでしょう」(図7)

挿絵(By みてみん)


理真は懐から折りたたんだ紙を取り出し、広げて友美に見せ、解説する。


「このトリックを仕掛けるためには、前提として、倉庫の屋根が壁に固定されていない構造であることを知っている必要があります。友美ちゃん、あなたはそれを知っていた。樹実彦さんから聞いていたはずですから。

 トリックの仕掛けはこうです。まず、ジャッキと長く丈夫なものを使って、屋根の一部をジャッキアップします。使用した機材は、友美ちゃん、あなたの車に備え付けのジャッキと、トンネルを抜けた小屋にある資材の鉄パイプでしょう。私たちは一度、覆面パトのジャッキと小屋の鉄パイプを使って、屋根の持ち上げ実験に成功しています。屋根の構造上、一箇所からのジャッキアップでは、壁との隙間は三センチ程度しか空きませんが、これで十分です。

 ジャッキアップが完了し、屋根と壁との間に三センチほどの隙間を作ったら、今度は倉庫の中でモーニングスターの鎖にロープを通します。そのロープの両端をジャッキアップした隙間から外へ出し、結ぶ。これでロープは鎖を通した環状となります。そして、そのロープを倉庫の外から引く。環状になっている左右のロープをまとめてです。ロープは鎖を通しているので、モーニングスターも持ち上がっていきます。モーニングスターをほぼ天井と同じ高さにまで引き上げたら、ロープを地面に石で挟んで固定します。この石は当然、倉庫の中にあるモーニングスターと同等以上の重量を有していなければなりません。モーニングスターを隙間からぶらさげておくための仕掛けなのですから。大事なのは、このストッパーの役割を果たす石を置く位置です。それは、配線穴と二階風呂場とを結ぶ延長線上、ちょうど、倉庫の中から配線穴を通して風呂場を覗くと、視界を塞いでしまう位置。なおかつ、配線穴から腕を入れて、押しのけることが出来る距離です。

 そして、もうひとつ。屋根を持ち上げるジャッキを設置する位置。このジャッキを置く位置も、このトリックの肝となります。ジャッキを仕掛けるのは、凶器を吊り上げる位置になるべく近く、さらに、翌朝、藍子ちゃんが窓を開けて倉庫を見ても気づかれない位置にしなければなりません。ここでも倉庫の構造があなたのトリックの後押しをしました。あの倉庫は、角材を井桁に組み上げて作られたログハウス構造をしています。その構造上、交差する角から角材が若干突き出しています。配線穴に一番近い角の突き出した角材の裏側、そこにジャッキをセットした」


 理真が広げて見せた紙を見て、話を聞く友美の表情が少し苦しげなものになった気がした。図星を付いたということなのだろうか。


「この仕掛けを成立させるには、いくつか条件があります。まず、倉庫内が見通しも効かないほど暗いこと、これは問題ないです。時間は夜ですし、倉庫に窓はありません。久慈村さんの目的上、明かりを付けることも考えられませんから。次に凶器を設置する高さ、あまり低い位置に設置すると、十分な位置エネルギーが得られず、凶器が頭部に命中しても、致命傷とならないかもしれない。その点この倉庫は天井が高く、それにつれてジャッキアップによって作られた屋根と壁の隙間も高い位置になるため、この条件もクリアしています。そして、使用する凶器。それは、なるべくコンパクトで重量のあるものが当然ふさわしい。いくら暗いとはいえ、凶器が人の視点より上にあったほうが発見されにくいですから。

 あの倉庫には、金属バットや、模造品の武器の剣、斧など、人を殺傷できる凶器がいくつかありましたが、モーニングスターほど理想的な凶器はありません。トゲの付いた鉄球は、位置エネルギーを力に被害者に致命傷を与えるには格好の形状です。ロープを凶器に直に結ぶ必要もありません。鎖に通してしまえば、途中で結びが解けてしまう心配もありません。

 本当は、凶器は倉庫内にあるものにこだわる必要はなく、大きめの石などを使っても全く問題はないのですが、確実に人を殺せるほどの大きさの石を倉庫まで持ってくるのは、女性には困難な仕事ですし、石をロープで結ぶのも容易ではありません。石を結わえて吊り下げておくというのは結ぶのが難しいですし、途中で抜け落ちてしまう危険性がある。さらに、このあと、友美ちゃんにとっては不測の事態が起こるのですが、凶器にモーニングスターを使用していたことが幸いして、何とか格好をつけることは出来ました。そうですよね」


 友美の視線から、射貫くような鋭さが薄れていったように思えた。そこに見えるのは、不安? 友美は今度も答えないので、理真は先を続ける。


「久慈村さんが殺害された状況に戻りましょう。配線穴から向こうを覗いた久慈村さんでしたが、その視界は塞がれてしまっていました。殺害装置の部品のひとつの石によってです。このままでは、覗きを行うことが出来ません。久慈村さんは、この石を取り除くために、どんな行動を取るでしょうか。倉庫の外に出て石をどかすでしょうか。いえ、そんなことをするはずがありません。外に、家に向かった壁の前に姿を晒したら、藍子ちゃんに見つかってしまうかもしれない。夜で、部屋とは距離があるとしても、そんな危険なことは出来るはずがない。

 久慈村さんは、倉庫内にいながら、石を取り除こうとしたはずです、配線穴に腕を入れて。石の置かれた位置は、絶好の距離でした。予め久慈村さんの腕の長さを測って、実験を繰り返したのでしょうね。久慈村さんの腕が伸びきり、体の右側面がぴったり壁についたような状態になって、手は石に触れることができ、押しのけるようにして石をどかすことに成功します。石はそのまま斜面を転がり落ちていき、同時にタガの外れた殺人装置が起動、モーニングスターは久慈村さんの後頭部に命中します。久慈村さんは即死でした」


 久慈村の即死という情報を聞いたとき、友美は不安げな表情を一瞬和らげ、笑みを浮かべたように見えた。


「久慈村さんの死体は、そのまま放置されます。当然、トリックの仕掛けに使ったジャッキや鉄パイプも同じようにそのままになりますが、さっき言ったようにジャッキアップ位置は角材の突き出しの裏、この部屋の窓から見た死角に当たりますから、翌朝、藍子ちゃんが窓から倉庫を見ても仕掛けに気付かれることはなかった。本当によく注意して見れば、若干屋根が持ち上がっているのと、配線穴から久慈村さんの右腕が出ていることが目視出来たかもしれませんが、元々藍子ちゃんは視力がよくなかったため、それらは見過ごされました。友美ちゃん、ここがあなたのトリック最大のギャンブルでしたね。

 友美ちゃんの思惑通り、死体は月曜日の昼、勝巳さんが倉庫の掃除に出向くまで、発見されることはありませんでしたが、勝巳さんもトリックの仕掛けを見ていません。勝巳さんの前に、友美ちゃん、あなたが先に倉庫を訪れて仕掛けを回収したからです。東京から帰ってきた日曜日の夜に、こっそりと。あなたが倉庫へ行った目的、それは、仕掛けの回収は当然、加えて、久慈村さんの殺害現場に細工をすることでした。配線穴から右腕を出した死体なんて、どう見ても異様ですからね。携帯電話を返す必要もあります。

 あなたは倉庫に入って、慎重に死体の右腕を穴から抜き、財布からお金を抜き取るなどの工作をして、強盗の仕業に見せかけようと考えていたのではないですか。凶器のモーニングスターの鉄球部分は、鎖と繋いだ位置の百八十度反対側のトゲにのみ血が付いていました。このトリック装置で命中したのなら、そうなって当然です。この凶器の工作も行うつもりだったのではないですか。鉄球全体を血まみれにしておくという工作を。このままでは、凶器が上から落下してきたのだと推測される恐れがあります。しかし、友美ちゃん、あなたはここで不測の事態に見舞われます」


 理真がそこまで言ったとき、友美は笑みを漏らした。そして、「ふ……ふふっ」呟くような小さな声で笑い出した。


「どうかしましたか、友美ちゃん」

「ふ、ふふふ……ごめんなさい、思い出し笑いよ。だって、笑わずにいられないでしょ」

「久慈村さんが見事、あなたの仕掛けに引っかかったことですか」

「違うわ。違うわよ安堂さん。これからあなたが言おうとしてることが……ふふっ。この笑いは自分自身に対してよ。あはは……あんなこと、馬鹿みたい……」友美は腹に手を当てて笑い声を上げていたが、ひとしきり笑うと、「あの男、あの男……、鍵を……」


 そう言って、笑いを収めて指で目尻を拭った。友美の表情から笑みが消え、理真は話を再開する。


「そうです友美ちゃん。あなたが日曜日の夜に倉庫を訪れると、倉庫のドアには鍵が掛かっていたのです。鍵を掛けたのは久慈村さん自身です。覗きの心境なんて知る由もありませんが、いくら誰も来るはずがない場所とはいえ、鍵があるなら、一応施錠してから覗きに及ぶというのが心理なのでしょうか。しかも、ドア内側の鍵のつまみから久慈村さんの指紋は出なかった。指紋も残さないよう用心していたのでしょう。ドアノブを回して、鍵が掛かっていることを知ったあなたの焦りようが目に浮かびます。もしかしたら、あの倉庫は一度も鍵を掛けたことがなかったそうですから、ドアに鍵が付いているということ自体、忘れていたのでしょうか。

 倉庫に入らなければ死体の工作が出来ません。ドアの鍵は、お兄さんの勝巳さんが持っているはずですが、まさか貸してくれと言いに行くわけにもいきません。何かしら理由を付けて鍵を借り、死体に工作を行ってから、死体の第一発見者になるというシナリオも頭をよぎったのでしょうが、それも難しい話です。普段用事のない倉庫に行ったときにたまたま死体を発見してしまうなんて、あからさまに怪しすぎます。もっとも、倉庫の鍵は、勝巳さんもどこにやったか分からなくなっていたので、借りに言っても探し出すにはかなりの時間を要したでしょう。外から死体の右腕を押し込む方法も考えたでしょうが、死体が傷つき、おかしなことになってしまう危険があります。それもまずい。やむなくあなたは、仕掛けの取り外しのみ行い、死体への工作は断念します。

 しかし、絶対に解決しなければならない問題がありました。凶器に付いているロープの回収です。あれを残したままでは、殺害装置のトリックがばれてしまうかもしれない。せっかく鉄壁のアリバイを持っているというのに、犯人がその場にいなくても殺害が可能だったと思われては意味がない。むしろ、鉄壁のアリバイを持つがゆえ、かえって怪しまれてしまいかねない。

 ここで凶器にモーニングスターを使っていた幸運が働きました。凶器を吊り下げていたロープは、輪にして鎖に通されていました。これならば、凶器とロープを直接結んでいないため、ロープのどこかを切断すれば、手繰り寄せて容易に回収できます。ロープを長めにしていたため、ロープの一部が完全に倉庫内に入っておらず、屋根と壁の隙間から垂れ下がった状態だったのでしょうか。それならば回収は訳ないです。手が届かなくても、何か踏み台さえ持ってくればいいのですから。ロープが全て倉庫内にあったとしても、先をフック状にした針金か何かを配線穴と死体の腕の隙間から入れて、ロープをたぐり寄せて切る方法も出来なくはないでしょう。しかし、視界の悪い夜の作業ですし、久慈村さんの服に引っ掻いたような跡がなかったことから、前者の、長めに作っておいたロープが屋根と壁の隙間から出ていたというほうが正解でしょうか。

 私はこの推理結果に到達したとき、レジェンド探偵マイルズ・ブレドンの台詞を思い出しました。『外部から凶器をもちこむことは、必ず失敗におわる。相手の習性を研究し、相手の生きかたに応じて殺す』『密室の行者』事件に出てきた台詞ですが、友美ちゃんは読んだことは?」


 友美は質問に答えず無言のままだった。理真は話を続ける。


「最後は携帯電話です。隙間から倉庫内に放り込む手もありましたが、落下の衝撃で壊れたりしたら、また変にトリックを勘ぐられるかもしれません。倉庫の床は木材とはいえ、三メートル程度の高さから落下させなければならないのですから。あなたは携帯電話を、穴から出た右腕の先に置いておくことにしました。捜査を混乱させる目的でしたか? 少し稚気を出したのでしょうか? ともかく、これで月曜日の昼、勝巳さんが発見した異様な密室殺人死体の状況が完成します。どこか、間違っているところはありましたか」


 友美はここでも答えない。その視線も伏せられたままだ。


「次は、時坂保(ときさかたもつ)さん殺害事件です」


 友美の反応がないためか、理真の話は次の事件に移った。

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