第1章 密室とモーニングスター
西条麒麟は気合いの叫びとともに剣を振り下ろした。
激しい火花を散らして、半透明の青白い刀身が仇敵の漆黒の外皮を嘗めるが、さしたるダメージは与えられていないようだ。
その理由は明らかだ。戦いが始まったばかりの頃に比べ、麒麟の手にした超能力刃の輝きは数段鈍くなっている。麒麟の精神力が尽き掛けている証拠だ。それも止むなしといえる。ここまでの長期戦になることは想定していなかったのだから。
機動兵器オロチを倒して、この戦いに終止符が打たれるかと思っていたのだが、甘かった。大破したオロチの中から、パイロットの郷負人が強化外格テンエを纏って這い出てくるとは。予期せぬ第2ラウンドの開始であった。
仲間のひとり、牟田修一郎は、すでに麒麟の後ろで戦闘不能状態で倒れている。彼の使う超能力銃火器は機動兵器相手に重宝したため、酷使しすぎたのだ。この場に立っているのは麒麟を除けばあと二人。超能力格闘の使い手、流崎丈と、サポート能力に秀でた馬宮結迩子だ。
結迩子はもう戦力としてあてにはできまい。彼女の残りの精神力では、得意の一角獣変化しての必殺攻撃は使えそうにない。結迩子はサポートに徹し、麒麟と丈の二人で戦うしかない。
結迩子は防御力を上げるサイコバリヤーを使う。麒麟、丈、どちらに掛ける? 選択は麒麟だった。丈の体術ならば、敵の攻撃をある程度かわせるだろうとの判断か。より攻撃を受ける側の防御力を上げるほうが得策だ。結迩子の手から溢れた青い波動が麒麟の体を包む。
続いて丈が動くかと思われたが、敵の負人が早かった。
負人の振り上げた右腕から放たれた白い閃光が麒麟たち三人を襲う。ダメージはないが、麒麟たちに掛けられていた補助超能力の効果が全て消されてしまった。もちろん、たった今掛けたばかりである結迩子のサイコバリヤーも。負人が麒麟に飛びかかる。まだ行動出来るのか。
握りしめた右拳が光輝き、麒麟の腹に突き刺さる。さらに回し蹴りが襲い、麒麟は吹き飛ばされた。よりによって致命的打撃だ。
麒麟はこの攻撃で倒れ、起きあがることはなかった。
終わった。攻守の要、麒麟を失ってはもう勝つ見込みはない……。
ゲームオーバー。
「負けた」宗はコントローラを投げ出した。やけ酒を煽るようにマグカップのコーヒーを飲み干す。高校一年生の彼はやけ酒を煽ったことなどないだろうが。たぶん。
私は、「惜しかったね」と、声を掛けた。
「ちっとも惜しくない。補助魔法を消すあの攻撃、あれがよくない。こっちの戦略が全部吹っ飛んじゃう。手っとり早くプレーヤーを苦戦させるにはお手軽な手なんだけど、あんなのずるいよ。もうゲーム業界はあの手の攻撃を禁止するべきだ。制作者の逃げだよ、あれは」
随分と憤慨している。まあ、無理もない。今日こそは『サイキ大戦キリン』のエンディングを見られるから、と気合いを入れてこの部屋にやってきたのだから。もう一回やり直す気力はないだろう。後ろで見ていただけの私も疲れたくらいだ。実際に麒麟たちを操り戦ってきた彼の精神的負担はかなりのものに違いない。
「今日はもうやめ」言いながら宗はゲーム機のイジェクトボタンを押す。やはりな。「次は絶対に勝つ」ゲームディスクを取り出しながらそう続けた。
「楽しみにしてる」と、私が返すと、
「オロチがラスボスだと思ってたのがミスだった。あのあと、負人との最終決戦があると分かってたら、もっと戦力を温存しながら戦えた」
ゲームディスクをケースにしまいながら、宗は感想戦を語る。
「あれで終わりなのかな。負人を倒しても、さらにモンスターに変身したりしない?」
「もしそうならひどすぎ。このゲームの作者はゲーム作るセンスない」
冗談めかして言ったのだが、本気で怒っているようだ。
「よし、終わった!」
突然声がした。宗の姉、安堂理真がノートパソコンの前で叫んだのだ。
「さっそく読む? 安堂理真の最新作『ボス猫と蝙蝠女』」
と言い、こちらを向く。今の発言から分かるように、安堂理真の職業は小説家だ。専門は恋愛小説。ジュリエット賞というコンクールに応募した作品が入選こそ逃したものの、審査員のひとり、作家の不破ひよりの目にとまり、二十三歳の新進気鋭の女流作家としてデビューした。
以来理真は、小説の他にエッセイなども書く文筆業といて糊口をしのいでいる。
それにしても、今、理真が口にした作品タイトルは本当に恋愛小説のものなのだろうか? 理真の読者のほとんどは女性だ。親友でなく、いち女性読者としての立場から、もの申してもいいだろうか。
私、江嶋由宇と安堂理真は、ここ新潟県新潟市内の高校に通う同級生だった。
卒業後、私は地元企業へ就職、理真は東京へ大学進学と道が別れ疎遠になっていたが、ひょんな事から再会し、現在は新潟市内にあるアパートの管理人とその店子という関係になっている。ここは私が管理人をしているアパートの201号室。安堂理真の部屋なのだ。
理真のデビューから現在で三年経っているというヒントで、私(と理真)の年齢を直に示すことに代えさせていただく。
「あー、おなかすいた。由宇、何か食べにいこう」
実家に帰る宗を見送って、部屋に戻ってきた理真は、薄いピンクのパジャマ姿で、起きがけに少し顔を洗っただけ。腰近くまである長い髪はボサボサ。外に出てもよい格好になるまでには、かなりの時間を要するだろう。言いながら理真は、そのまま洗面所へ消えていった。
私は三人分のコーヒーカップを片付け終えたが、理真はまだ洗面所から出てこない。身支度を整え終えるのは何十分後になるのか。理真と違い昨夜十時過ぎには床に付き、朝六時に起きた健康的な寝起きの私は、メイクもばっちりの普段着姿で、どこに出ても恥ずかしくない。
時間つぶしにテレビでも観ようかとリモコンに手を伸ばしたが、テーブルの下に本を見つけた。『サイキ大戦キリン~コンプリートファイル~』とある。宗が持ってきたものだが、忘れていってしまったんだな。私はリモコンの代わりに、その本を手に取った。私のトレードマーク(と勝手に思っている)、丸い縁なしメガネを一度外し、テーブルの上の布巾で拭ってからかけ直す。どれどれ。
『超能力少年麒麟の壮絶なる戦いの軌跡! 全キャラクター、アイテムデータ、設定資料を網羅! 超能力大戦の全てがこの一冊に!』仰々しい煽り文句が帯に踊る。その下には、『大丈夫、ゲーコムの攻略本だよ!』と謳われている。『ゲーコム』というのは知っている。老舗テレビゲーム専門誌の名前だ。他に大丈夫じゃない攻略本が市場に跋扈しているから気を付けろ、という警告なのだろうか。
私も昔はちょっとビデオゲームをやっていたが、最近はほとんどやらなくなった。この『サイキ大戦キリン』も、理真の弟、宗が遊んでいるのを、後ろから見ているだけである。
宗は実家から高校に通っているのだが、家であまりゲームをやると親がうるさいというので、週二回くらいのペースで、わざわざ学校帰りに姉のアパートに寄って遊んでいくのである。
最初にこのゲームを遊んだときに、たまたま私が理真の部屋におり、(まあ、私は自室も兼ねた管理人室よりも理真の部屋にいることが多いのだが)宗のプレイを後ろから見ることになった。
そこで私は、最近のゲームの映像の綺麗さに目を奪われた。加えて、キャラクターは喋るし、ストーリーも結構面白く、後ろで見ているだけでも楽しめてしまう。私がそう言うと、宗も気を利かせて、『サイキ大戦キリン』を遊ぶときは極力理真の部屋で、私がいるときを選んでくれているのだ。
パラパラとページをめくる。ゲームのシステムとかはよく分からない。コントローラを握るのは全部宗任せだからだ。
キャラクター紹介のページになった。ゲームの登場キャラクター達が、イラストと共に紹介されている。繰り返しになるが、最近のゲームの映像は凄い。このイラストそのままの姿が、画面に再現され、台詞を喋り動きまくるのだ。
宗にそれを話したら、今更な話だと言われた。何年も前から、ゲームはこんな綺麗な映像で遊ぶのが当たり前になっているという。もう浦島太郎状態です。
「由宇」呼ばれて顔を上げると、ドアから理真が顔を出していた。顔は洗い髪も整えたようだが、着ているものはパジャマのままである。その手には携帯電話が握られていた。
愛車の真っ赤なスバルR1の運転席でハンドルを握る理真。その隣、助手席に私は腰を掛けている。
理真はベージュの長袖シャツに下はデニムという動きやすい服装に身を包んでいる。足下もヒールの低いパンプスだ。私も足下はスニーカーだが同じような服装。外食に出るにはいささか地味な格好だが、今、私たちが向かっているのはレストランではなく、新潟県警本部だ。
理真に掛かってきた電話は、新潟県警捜査一課の、丸柴栞刑事からのものだった。理真の知恵を借りたい事件が発生したため、県警まで来られるかとの連絡だったのだ。理真に出馬要請が出るということは、普通でない事件であろうことは疑いがない。
安堂理真を小説家と紹介したが、彼女にはもうひとつの肩書きがある。その類稀なる推理力を駆使し、数々の不可能犯罪、難事件を警察と協力し解決に導いた実績を持つ素人探偵。それが私の友人、安堂理真のもうひとつの顔なのだ。
新潟県警に到着した。守衛さんに挨拶して本部内に入り〈捜査一課〉とプレートの掛かったドアをノックすると、すぐに中から声が返ってきた。
「理真ね、どうぞ」
部屋にいたのは、丸柴栞刑事ただひとりだった。新潟県警捜査一課刑事の紅一点。三十に手が届こうかという年齢のはずだが、相変わらずそれを微塵も感じさせないルックスだ。制服を着せたら大人びた高校生で十分通りそうである。大学生は余裕です。白いシャツにグレーのスーツ、髪型はセミロングといういつものスタイル。学生はさておき、およそ刑事には見えまい。
「こんばんは、理真。由宇ちゃんも一緒ね。こんばんは」
私も、こんばんは、と挨拶して頭を下げる。
「丸姉、こんばんは。コーヒーでも飲みながら話を聴くわ」
理真は窓際のコーヒーメーカーまで歩き、カップを三つ用意する。
理真の丸柴刑事に対する呼び方で分かるように、二人はよく知った仲だ。いくら常軌を逸した不可能犯罪が相手とはいえ、素人探偵が捜査に参加することを快く思わない警察関係者は少なからずいる。そういった中で、丸柴刑事は理真の最もよき理解者なのだ。
「みんな捜査本部に出払ってるのね」
理真がトレイにコーヒーを注いだカップを三つ乗せ、運んできて配る。
「そう、帳場(捜査本部)は現場に近い新津署に立つから、私はひとりで色々荷物を取りに一旦帰ってきたのよ。ちょうどよかったから、理真に協力してもらえれば、ここで話をしようと思って」
丸柴刑事は座ってコーヒーカップを手に取った。私たちもそこらから椅子を引き寄せてきて座る。私は鞄からノートとシャープペンシルを出し、メモの用意を取った。それを合図にか、丸柴刑事は事件の概要を語り始めた。
「現場は秋葉区の菩提寺山近くの西根樹実彦邸。この西根は、東京の病院で執刀してた有名な外科医だったんだって。今は引退していて、故郷の秋葉区の家に住んでる。被害者は、久慈村要吾、三十七歳。職業は内科医。西根邸離れの倉庫で死体となっているのを発見されたわ。後頭部に打撲傷あり。他に外傷はないから、おそらくこれが死因でしょうね。死体のそばに凶器が落ちていたわ。その凶器とか、死体の状況とか、ちょっと説明しづらいのよね。写真があるから見て」
そう言って丸柴刑事は机の上の封筒から数枚の写真を出し、理真に渡した。理真が手にした写真を私も覗き込む。
「これは……」理真は唸った。
確かに、これを言葉で説明しろと言われたら詰まるだろう。
殺害現場となった倉庫は、ログハウスのように角材を井桁に組み上げて作られた壁に、床も板張り。その床に横たわっている黒い背広姿で俯せの死体は、体の右側をぴったりと壁にくっつけている。そして、右腕がない? いや違う。よく見ると、壁の最下部に長方形の穴が空いており、死体の右腕はその穴に入っているのだ。(図1)
この状況であれば、死体の右腕は倉庫の外に出ていることになる。そして、死体のすぐそばに見慣れない物体が転がっているのだが。これが凶器?
理真と目が合った。その目は、とりあえずひとつずつ状況を把握していこうと訴えていたので、私も同意して頷いた。
二枚目の写真は倉庫を外から写したものだ。倉庫は短辺が約三メートル、長辺が約四メートル程の大きさ。先に述べたようにログハウスタイプの建物のため、壁が交差する四隅からは、角材の端が突き出ている。地面から寄棟造の屋根の庇までの高さは三メートル程度。案の定、外壁の下に空いた穴から、死体の右腕が突き出ている。穴は長方形で、縦十センチ横十五センチくらいだろう。大人の腕がちょうど通るくらいの大きさだ。その右腕の先には。
「携帯電話?」
理真の問いに丸柴刑事が頷く。なるほど、右腕の延長線上右手のすぐに先に携帯電話がある。中の状態と合わせてみるに、倉庫の中から俯せになって穴に右腕を入れて、外にある携帯電話を取ろうとしているかのようにも見える。理真は三枚目の写真に目を移した。
「……なにこれ?」
「凶器」
三枚目の写真に写っていた〈それ〉に対する理真と丸柴刑事の短いやりとりだ。
トゲトゲの付いた鉄球と柄を鎖が繋いでいる。鉄球の直径は約十センチ、トゲの長さは二センチくらいか。柄の長さは約三十センチ、全体の長さが約一メートルなので、鎖の長さは五十センチくらいになる。ここまで詳しい寸法が分かるのは、メジャーの隣にその凶器が並べられて撮られているからだ。
「武器?」理真は丸柴刑事に確認するように問う。
「私も初めて見たわよ。詳しい人によるとね、〈モーニングスター〉って呼ばれてる武器なんだって。ファンタジーとか、ゲームによく出てくるらしいわ」
そういえば見たことがある。いや、見たことはないが、こういった武器が存在するということは私も知っていた。そういう名前であることまでは知らなかったが。
「凶器? これが?」
改めて問う理真に、丸柴刑事は頷き、
「死体後頭部の傷と、このトゲの形が一致してるわ。鉄球のトゲに血も付いているし、間違いないわね」
理真の目は一枚目の写真に戻る。死体のそばに転がっていたものは、やはりこの凶器だった。〈モーニングスター〉とかいう。
ふう、と、息をついて理真は四枚目の写真に目を移す。それは現場内をもっと広く捉えた写真だった。倉庫の入り口から撮影したものだろう。死体は出入り口から見てほぼ正面にある。倉庫右側には棚が作られており、そこには様々な段ボールや雑多な――こう言っては失礼だが――ガラクタが並べられている。鍬や鎌といった農作業道具もある。他には、金属バット、竹竿なども立て掛けられている。そういった日常用品に混じって、私は見慣れない物体が棚の一部に押し込まれているのを見た。
「剣があるね」
と理真が呟いた。どうやら私と同じものを発見したようだ。そう、棚の中に〈剣〉と呼称されるより他ない物体が置かれている。理真の言葉を聞いた丸柴刑事は、
「西根樹実彦さんの息子、勝巳さんのコレクションだったんだって」と答えた。さらに続けて、「見ての通り、いらないものや普段使わないものをしまっておく倉庫なんだけど。勝巳さんが昔コレクションしてた趣味のものもしまってあるそうよ」
倉庫内に棚の他には家具調度の類はない。窓もなく、外との行き来が可能なのは出入り口のドアのみ。
「死体が腕を出している、この穴は、何?」
理真の質問に丸柴刑事は、
「照明用の電気や水道の線や管を引くために開けた穴だそうよ、よく見ると、電気の配線が通ってるでしょ」
「ああ、確かに」
理真が言った通り、電気のコードが穴から入り、壁を伝っているのが分かる。
「水道管なんかも通すため、大きめの穴を開けたそうなんだけど、結局、照明の電気配線にしか使ってないみたい」
配線は壁を上って天井中央の電灯に繋がっている。電灯からは別の線が延びていてそれはドアのすぐ横のスイッチに繋がっている。
「勝巳さんは、倉庫内の掃除をするときに、ゴミを掃き出せるから丁度いい、みたいなこと言ってたけど。ま、詳しい事情は西根家の人たちから聞いて。それで、死体発見の状況なんだけど……」
あまりに異様な凶器と現場の状況に圧倒されてしまっていた。丸柴刑事が語ってくれた、肝心要な死体の発見のいきさつはこうであった。
本日四月十六日午後一時を少し回った頃、西根勝巳は倉庫に向かった。
毎週月曜日に倉庫の整理と掃除をするのが彼の習慣だったのだ。倉庫のドアは鍵付きだが、普段施錠はしていなかった。倉庫は敷地の奥にあり、防犯上特に問題はないと考えていたし、金目のものがあるわけでもなかったためだ。
ところが、いつものように勝巳はドアノブに手を掛けて捻ったが、ノブは回らない。鍵が掛かっていたのだ。勝巳は中に誰かいるのかと声を掛けたが返事はない。不審に思った勝巳は配線穴から中の様子を窺おうかと裏に回ったのだが、その穴から人間の腕が出ているのを発見する。驚いた勝巳はその腕の主の生死も確認しないまま、家に戻りすぐさま警察へ通報。駆けつけた制服警官数名が腕の脈を取り、死亡していることを確認した。
ドアの鍵は勝巳の部屋にあるのだが、長いこと使っていないため、どこにしまったか分からないという。そのため、警官は勝巳の許可を得てドアを破った。そこで件の死体発見となった。
死亡していたのは、内科医の久慈村要吾であることが確認された。
「死んでいた久慈村要吾はこの家の主、西根樹実彦さんの教え子なんだけど、詳しい人間関係は明日現場で中野くんにでも聞いてちょうだい」
丸柴刑事の言った中野くんとは、同じ捜査一課の中野勇蔵刑事のことだ。彼も丸柴刑事と同じく、素人探偵理真のシンパだ。気兼ねなく情報を聞くことができる。
「で、今は死体の状況に絞って話をするわね。死因は後頭部に受けた傷による脳挫傷。凶器は、さっきも言ったあれ、なんとかスター、そう、モーニングスターね。傷口とトゲの形状が一致してる。倉庫に保管されていたもので、勝巳も自身のコレクションだと認めているわ。室内や遺体の服の様子に、特に争ったような形跡はなし。凶器から指紋は出ていないわ。持ち主の勝巳が週に一回の整理清掃の際に、拭いたりしているので、指紋が出なくてもおかしくはないそうよ」
丸柴刑事はここで一息つき、コーヒーカップを口に運ぶ。
「鍵は確かに掛かっていたのね」と理真。
「そう、外から鍵を使うか、内側のドアノブに付いているつまみを捻って施錠するタイプのも錠ね。鍵は勝巳さんが自室のどこかにしまったままだと言っていたわ。さっきの話の通り、一度も施錠なんてしたことなかったそうだから、どこにしまったかも忘れちゃったそうよ。誰かが見つけて犯行に使った可能性もあるから、探すように頼んであるわ」
「倉庫の外に携帯電話があったけど」
「そう、穴から出た久慈村の右腕のちょうど先に落ちていたわ。久慈村の持ち物で間違いないわ。外にある携帯電話を穴に腕を突っ込んで取ろうとしているようにも見えるわね。……あ、こんな時間」
丸柴刑事は時計を見て立ち上がった。
「そろそろ新津署に戻らなきゃ。これ、事件現場の西根家の資料、住所も載ってるから。詳しい話は明日にしましょう。じゃあ、電気だけ消していってね」
そう言い残して丸柴刑事はさっそうと部屋をあとにした。
今聞いた話で、この事件の性格は十分伝わった。密室、異様な凶器、壁の穴に腕を突っ込んで死亡した被害者(携帯電話を取ろうとした?)。確かに理真の知恵を借りたくなる類いの事件だ。当の安堂理真は、再び写真に目を落としていた。
「由宇、この倉庫の中で人を殺そうと思ったら、どれを凶器に選ぶ?」
倉庫内全体が写った写真を見せて、理真は言った。
「物騒な話だけど、まあ、無難に金属バットとか? 鍬や鎌でも人を殺傷する凶器にはなるね。あ、勝巳さんていう人のコレクションの、この剣なんか、十分鈍器に使えそう」
私は棚に置かれた剣を指さした。
「そうよね、まかり間違っても、これを選ぶ人はいないと思うけど……」
理真は写真を手に取った。被害者を撲殺した凶器〈モーニングスター〉が写った写真を。