第四話
傭兵など、何時死ぬか分からない職業である。故に己を過信したりでもしなければ、生き残るためには可能な限りの努力をする。
出来るだけ良い武具を揃え、経験ある先達に学ぶ。それをしなけらば早死にするだけであり、したからといってやはり死ぬときは死ぬ。
なすべき努力、なし得る努力。思いつくだけやって、最後に残されるのは験担ぎである。
何かしらの加護に関わる文様を盾に描いたり、神霊の類に捧げ物をしたり。
戦場で最後に生死を分けるのは運、というのは決して言い過ぎとは言えない。
それはそれとして、縁起の良いジンクスがあれば当然その逆の、やらない方が良いタブーが存在する。
冬の戦争は正にその類のものであり、望んでこれを破る傭兵は多くない。
フーゴ・チャンドスがチーフを務める楔の団に於いてもそれは例外ではなく、だからこそフーゴの決定は団員たちを動揺させた。
フーゴは慎重な男である。団の士気が上がりようのない仕事を受けるなど、団員たちにとって思いのよらないことであった。
だがこの決定が彼らを動揺させたと同時に、それでもフーゴの決定ならば、という信頼もあって、結局は団の殆どに受け入れられた。決してベストとは言えないが、団員たちの心持は大凡ベターと言える所で維持されていた。
だが、一人全くモチベーションが上がらない者がいた。ラ・コート・マル・タイユ、ロッサである。
フーゴに最も近しいと言えるのが他ならぬ彼女だ。傭兵団の頭領としてのフーゴだけでなく、育ての親としてその庇護の下に在り続けた時期もある。傭兵として一人前と言えるようになった今でも、彼女にとっては敬愛する祖父なのだ。
そのフーゴの下した判断。正体の分からない違和感と、それに付随しているかのような苛立ち。その何れも最も長く、最も近くにいた彼女にしか感じられないものだった。
それでも黙って今回の仕事を受け入れたのは団の結束を乱さないためであった。全体の雰囲気が受ける方向で流れていなければ、彼女も異を唱える機会があったのだが。
そして出発の準備も含め、何時かを掛けて南下、ポーツマスの街から港で船旅になる。そこからブリテン島西部の港町フォークストーンを経由し大陸側ヘント領の港ゼーブルッヘに到着することになる。
「潮風は髪に悪いって聞くんだけど、私は外に出るべきだと思う?」
「好きにすればいいじゃないか。何で私に聞くんだよ」
楔の団は、徴募担当者であるクリスティーン達と共に軍用艦で大陸に向けて航海していた。八メーターを超える全高を誇る四機の機甲兵器と、二百人近い人員を積載するため、船はかなり大型の軍艦が用意された。そんな中、ニアは単に食堂に飲み物を取りに来ただけだったのだが、結果ロッサに捕まってしまった。
「風は気持ちいいんだけどね、枝毛とか増えたら砦の損失だと思うのよ、私の美少女っぷりは」
冗談を言いながら、ロッサは蜂蜜のクッキーを摘まむ。割と高価な趣向品だが、ロッサはこの手のものに金を惜しまない。そしてそれを独り占めせずに、周りの人間にも自由に摘まませている。そのため、彼女がおやつを食べるときは多くの女性陣が釣られるのだ。現に何処から嗅ぎつけてきたのか、団の女たちがちらほらよって来ては、クッキーを摘まんでいく。特に幼いと言えるような歳の子供には寧ろお土産に少し持たせることさえある。
こういう所が彼女の女たちからの人気に繋がっているのか。それとも会っている時のセクハラの密度の問題か。嫌悪という程のものは湧かないが、ニアはロッサが苦手に感じていた。
「ドワーフは海どうなのよ?洞窟や石の家が好きって印象だけど」
ロッサの質問は、エウロペに於けるステレオタイプのドワーフのイメージである。
「洞窟とかが好きっていうより、そこで生まれたのがドワーフだし、馴染むのは確かだ。木陰すらない海は好かないな」
人間は土くれから生まれたが故に地上で生きることを好むとされている。対してドワーフは石から模られたとされ、良き鉱夫であるコボルトなどと同様地下や洞窟に住まうことを好む者が多い。
周囲の全ての方向が見渡せてしまう水平線の上は、多くのドワーフたちにとって慣れない環境と言える。
「ところでニアってコボルトの友達っている?一度会ってみたいな」
ドワーフと違い、コボルトは人間社会との直接的な接触は少ない。これはコボルトに限らず、人間との外見的な差異が大きい亜人種はトラブルを避けるために、間に人間に近い種族に入ってもらい交流を間接的なものに留める者が多いのである。
人に近い形を持ちながら、人と違い過ぎる容貌に恐怖を覚えてしまう人間が多数なのだ。そういう意味ではオークも余り人里には出てこない種族である。その分彼らの強靭な肉体を見込んで団員として組み込む傭兵団もそれなりに存在する。
「見世物じゃないんだぞ」
「そういう心算じゃないんだけどな、そういう意味だったらエルフを見たいし」
逆に見目麗しい姿ながら、エルフは閉鎖的な思考のものが多く、他種族との交流が乏しい。そして目の栄養だけでなく、弓術に秀でて呪術にも造詣が深い者が多い。軍事力としても、価値ある存在だ。
「やめとけやめとけ、ドワーフの工匠がどっさり離れるぞ」
「あ、それは困るね」
基本的にドワーフとエルフは仲が悪い。歴史的に何かしらの種族間の遺恨があるわけでなく、ただ『生理的に嫌い』としか言いようが見つからない嫌い方である。
優れた工匠であるドワーフが団内にいるか否か、機甲巨兵や武器防具の保持に大きな差が出る。ドワーフたちがいなくては機甲巨兵が運用できないわけではないが、腕が良い工匠は多いに越したことはないのだ。
エルフ自身の閉鎖性も含め、集団での雇用は困難か、とロッサは残念に思った。所詮皮算用であるのだが。
クッキーを摘まみ終え、自室に戻ろうとニアは廊下に出る。それを見届けて、ロッサは思考を変える。
何故、チーフはこの仕事を受けることにしたのか。
今回の仕事は比較的安全な部類に入る。
ブリテン貴族とフランク貴族の小競り合い。ブリテンに単独でフランクと戦う地力はなく、フランクは兵糧不足に悩まされている。双方とも国家レベルの戦争に発展することを望まず、落とし所を探っている筈。少なくとも国境を任される人間が、自国の状況を鑑みることができない愚か者に任されていない限り。
つまり今回傭兵に求められる仕事は、適当に小競り合いを演出して貴族の面目を保つことと、和睦交渉を相手も妥協可能な範囲で有利な条件で終わらせるために数で威嚇することである。
基本突っ立ってるだけで、時々申し訳程度にぶつかり合って、運が良ければ小さな村を一つ二つ略奪して。領主同士の話し合いがつくまで日当を受け取り続けるのだ。
大稼ぎは難しいが、堅実な稼ぎが出る。
だが、やはり冬の戦場に参加する理由が分からない。『黒騎士ベイラン』は精霊の力が強い場所を嫌う、と言われている。そして冬という季節は多くの精霊がどこかに消えてしまう季節である。
黒騎士と戦場で出会うか否か、可能性は万に一つ、である。それでも出会ってしまえば生き残るのは難しい。機体性能なのか、乗り手の技量なのか、その戦闘能力は平均的なドラグメイルを大きく上回ると聞く。四、五機の機甲巨兵が同時に犠牲になったという話は多く、その生存者もほとんどが歩兵や騎兵。即ちメイルライダー以外という話である。
多くの騎士たちが、敗北の言い訳と嗤う黒騎士の噂を、傭兵砦の傭兵たちは信じる。傭兵とて信頼の商売だ。清廉でもなければ正直でもないが、だから嘘の吐き所というものがある。只でさえ犯罪者と紙一重の生業、狂言吐きなど雇う側のブラックノートに乗るに決まっている。
何より傭兵砦にも襲われたと言う傭兵が複数いる。信用の「出来てしまう」情報なのだ。
噂通りと仮定だとせれば、出会えば複数の機甲巨兵が失われる。どんなに報酬を貰っても元が取れない。特に竜種の臓器は金が有っても買えるとは限らない代物。
黒騎士との遭遇など、文字通り万が一の可能性である。だが、本当にその万が一に出くわした場合、それは団の存続に関わることになる。
「……考えてもしかたないか」
結局答えは出ない。ロッサも席を立つ。そして部屋に戻ってチーズをほんの一欠けら用意する。それを小皿に乗せて、部屋の扉の横に供え置いた。願掛けの一種、部屋住まいの妖精が分けてくれるという幸運が、少しでも黒騎士の出現を押さえてくれることを願って。
部屋を離れ、甲板まで上がったロッサは、海風を受けながら手摺りに背を預ける。強い海風に晒され、頬に刺すような感覚を覚える。
「冷えるな……」
素肌の右手を見つめながら呟いた。コートと布鎧のおかげで凍えはしないが、手袋越しの武器の扱いに慣れていなければ、かじかんだ手でミスもするだろう。
ふと海鳥の鳴き声が上の方向から聞こえた。船の両舷、喫水線の少し上あたりから伸びた四対の柱。複数の節を持ったその柱はマストより少し低いくらいの高さで二つ折りになっている。その内一本の天辺で海鳥が羽を休めていた。
水平線から、僅かに陸地が姿を見せ始めていた。
ブリテン王国ヘント領は、大陸側にある領地の中で特に治め難い土地である。元々フランクだけでなく、その藩国であるブルゴーニュとバタヴィアと領を接し、火種の尽きない場所だった。小競り合いは毎年のようにおこり、その維持には多額の軍資金が投入され続けている。
そんな土地を堅持し続けているのは、土地そのものの価値以上に、ブリテンとエウロペを繋ぐ大規模な港町、ゼーブルッヘを有していることにある。
本拠地が大陸と海で隔てられているブリテンは貿易のために、自分たちの管理下に大陸側の港がどうしても欠かせなかった。
同時に大陸側の領土を守るための軍港としての機能も優秀であり、海を隔て飛び地にも等しい土地に迅速に大軍を受け入れられるようになっているのである。結果、貿易による資金と港によって、やろうと思えば多くの兵を雇う能力がある。
だが今回はやはりタイミングが悪かった。ヘント領に需要と資金があるにも拘らず、供給側が乗ってこなかったのである。理由はやはりエイムズベリーと同様、冬だからである。そのためにわざわざ他の貴族に頭を下げて援軍を願ったのである。
ただ、傭兵砦の黒騎士への忌避ではなく、ある理由から冬初めから年明けにかけてブリテン島と大陸間の海峡の行き来が難しくなるためであるが。
ヘントの傭兵事情はさて置き、元々ヘント領は二つの藩王国を相手に定期的に小競り合いをしながら一応の安定を見せていたが、フランク帝国の国土拡張によりそれは崩れた。
フランクの攻勢に押されていたゲルマニアがブルゴーニュを唆し、攻勢にあったフランクを裏切らせ、その軍勢の背後を突かせた。ゲルマニア軍と挟まれた形となったフランク軍は皇帝自ら自身の乗機、シャルルマーニュを駆りこれを撃退した。
同時にブルゴーニュに対する懲罰戦争となり、今やブルゴーニュ藩王国は過去のものとなり、フランク帝国の天領となっている。
この時、ブリテンは初めてフランク帝国と国境を接してしまったのである。更にはバタヴィアの民がフランクの行動に過剰反応し、三ヶ国の国境線を不安定なものにしている。結果起きた細々な問題が積み重なり、ブリテンとフランク双方にとって面倒なだけの戦いが起こってしまったのだ。
そんな理由もあり、領主のヘント辺境伯もフランク側も余りことを大きくしたくないのが本音だった。
ために大きな戦闘は起きておらず、散発的に小規模な戦闘を行うだけである。その裏で双方の使者が行き来し、互いに納得できる落とし所を探っていた。
そんな中、ヘント領側の村を襲っていた傭兵の一団があった。
傭兵の分の兵糧は基本的に、雇い主から支給されるか、自分たちで商人に渡りをつけて購入するかである。比較的安定した食糧供給はこの二つの方法がある。
ただ他にも一定のリスクを伴うが、非常にメリットの大きい方法がある。
それが略奪である。
戦争相手の領地に対する略奪は罪に問われることはない。敵兵站に対する攻撃にとなるからだ。そして襲う側は傭兵、正規兵問わず金品を戦利品として持ち帰ることが許されている。兵士たち自身の儲けにするため、略奪の許しは兵士の士気を上げる。
この日、ヘント領のある農村に攻め入った傭兵たちもそうだった。
三機のジャイグメイルを有する彼らに、武力を持たない農民たちは碌な抵抗もできずに殺されていき、女たちは蹂躙される。冬越しの食糧は村の広場に集められ、隊の馬車に乗せられていく。村人の分は麦の一粒とて残されず、例え運良く逃げ出せても十中八九飢え死にすることになるだろう。
だが彼らの略奪の最中、村近くの森からそれは躍りでた。村を襲った傭兵団と敵対する者たち、ヘント領に雇われた、二機のジャイグメイルを含んだ傭兵たちだった。
ヘント側の傭兵たちの奇襲は入念に準備されたものだった。襲撃されていた村はヘント側の陣地から遠く、救援など望めない位置にある。フランク側からも近くはないのですぐには襲われることはないだろうが、時間の問題だろうと、この傭兵団の頭領は考えた。そして領内の巡回という名目で本隊を離れる許可を取った。
名目上の任務を果たすため、僅かな歩兵たちに巡回に向かわせ、彼らは村近くの森に隠れ住むためのキャンプを張った。八メーターを超えるジャイグメイルを隠すために村から距離を置いて。
そして敵が村に攻め入ってきても、すぐには攻撃に移らない。待つのだ、敵が最も気を緩める瞬間を。最も望ましいのは敵のメイルライダーが自分の機体から降りてくれること。機甲巨兵に乗ったままでは金品の略奪に参加できないから。
暫くして村の近くから監視させていた斥候から、二人のメイルライダーが乗機から降りたと報告される。乗り手が慎重なのか、臆病なのか一人残ってしまっているが、それでも味方は二機いる、数の優位ができた。
頭領が部下たちに突撃を号令した。
二機のジャイグメイルが森の木々を蹴散らしながら駆ける。バケツ型ヘルムを模した頭部と、ずんぐりした体格が特徴的な機体、ゴライアスである。その後ろを生身の兵士たちが追う。
完璧な奇襲に敵は浮足立った。眼前の財に目を奪われていた彼らは完全に意識の外からの攻撃となった。
一機のゴライアスが乗り手のいる敵機に打ち掛かり足を止め、もう一機が乗り手のいない二機の頭部に戦鎚で叩き壊していく。無防備に殴られた頭部は無残に変形していき、装甲の裂け目から潰れた脳漿が漏れだす。
メイルライダーはの操縦スペースは胴にあるが、意図してそこを狙う者は少ない。ジャイグメイルならば臓物を交換すれば使えるので出来るだけ良い状態で鹵獲を望み、ドラグメイルだった場合乗り手は相応の身分である場合が多い。ドラグメイルも修理可能な状態ならば、合わせて莫大な身代金が手に入る。可能なら、という枕詞が付くが、むやみに殺さないという暗黙の了解が存在している。
二機のジャイグメイルを失った敵は早々に崩れだす。生身の人間が機甲巨兵を相手取ろうとするなら、入念な計画と準備が必要である。今動いているジャイグメイルがヘント側の二機に制圧されれば、歩兵しか残らない敵には有効な攻撃を行う手段はない。
二対一の戦いでフランク側の機体が押し込まれていく。戦いの趨勢は明らかである。やがて片方のゴライアスの剣が敵機の脇を貫き、片腕の機能を喪失させる。敵機の乗り手は降伏を申し出し、彼らはそれを受け入れた。
損傷しているが三機のジャイグメイルを手に入れたこの傭兵団は、ついでに逃げた敵の物資を接収していく。この村から略奪して集られた食糧や金品を、である。
もし雇い主の領内で略奪を働いたりすれば、その領主を敵に回し、場合によっては国に指名手配されてしまう。だが、彼らは村を襲ってはいない。
村を襲った敵を返り討ちにし、敵の物資を奪っただけなのだから。『敵の襲撃時に、偶然近くに居合わせた彼らが村に急行し、遺憾ながら村人たちを救うに間に合わなかった』ただそれだけのことである。
合わせて三機のジャイグメイル、村一つが冬越しするだけの食糧、若干の戦利品。人質は同じ傭兵だから大した額にならないだろうが、それでも合わせて金貨数枚にはなるだろう。
加えて報奨金も期待できる。鹵獲したジャイグメイルは戦利品であると同時に戦果の証明でもあるのだ。
物資を集め終わった頃には日も傾き、彼らはこの村で一晩明かすことにした。彼らは村に散らばる死体を家屋の一つに集めて燃やし、各々が眠る部屋を確保していく。テントではなく、粗末ではあるが屋根と壁のある環境は人間に安心感を与えてくれる。
そんな中でも彼らは歩哨を立て、ジャイグメイルを一機は待機状態を維持し、安全の確保に努めることを忘れなかった。それを怠るとどうなるか、目で見てきたばかりなのだから。
その日は月が雲に隠れ、天よりの明かりがほぼない夜、咆哮と共にそれは現れた。
暗く詳細に見えるわけではないが、目の輝きの位置からして相当背が高い。おそらく十メーターほどか。彼らが見たことのある、どの機体にも当てはまらない敵であるのは確かだった。
敵機の右手には騎兵が扱うようなランスが握られ、無警戒に、無造作に前進を続けている。歩哨がラッパで敵襲を伝え、すぐさまもう一機のゴライアスも起動状態に入る。
雲の合間から時折零れる明かりに照らされる姿には、殆どのジャイグメイルが採用している兜型頭部ではなく、双眼が晒された前後に長いデザインになっている。ドラグメイルの竜頭か、それとも別の獣を模した頭部か。
兎も角明確な脅威が夜の闇の中から近づいてきている。二機のゴライアスはそれぞれの武器を握りしめ敵を迎え討つ為に移動。歩兵たちは急ぎ村の周辺に松明を点し、ゴライアスの戦いの環境を整える。
策が嵌ったからこそではあるとは言え、ジャイグメイルを有する敵に勝利したばかりであり、彼らは士気旺盛であった。例えどのような敵であろうと返り討ちにして新たな武功にするという意欲に満ちていた。
二機は左右に展開し、敵を挟み撃ちにしようとする。だが、敵は片方の機体をまるで存在しないかのように無視し、もう一機に向けてランスを構える。ゴライアスの乗り手たちにもその意図は理解できる。片方を仕留め、一騎打ちの形に持ち込みたいのだろう、と。だがそれならばと狙われているゴライアスは盾を構える。
所謂カイトシールドと呼ばれるタイプの物で、比較的広い範囲をカバーし、素材も良い。勢いのついたランスの突撃を完全に防ぐことは難しいだろうが、左腕一本で済むだろうと判断した。相手の突撃を受け止め、もう一機が無防備になった背を討てばいい。
今回の戦利品を考えれば、機体を半壊させても充分儲けが出る。多少の出費を惜しんで、結果負けた方が割に合わないのだ。ゴライアスは腰を据えて、どっしりと構える。
対して敵の影も僅かに低くなる。相手も腰を落とし、突撃の準備態勢に入ったのだろう。
相対しているゴライアスの乗り手は固唾を飲みこむ。先の戦いで勝利を収めたばかり故の自信の前に、命懸けの戦いに付随する緊張感も楽しむべきもののように感じていた。
自分は強い、運が乗っている、負けるはずがないと。そんな自信も、次の瞬間には吹き飛んでいた。
暴風を一瞬に圧縮したかのような轟音とともに、ソレは盾ごとゴライアスを貫いていた。両の足で地を駆ける足音もなく、暴音を纏い低空を飛ぶように直進し、盾、左腕、胴を貫通していた。
乗り手の自信など木の葉のように吹き飛んでいた。乗り手の命ごと。
残された方の乗り手にも、周辺の兵士たちも起きたことが理解できなかった。ゴライアスを貫いた敵は、刺さったままのランスをまるでなんでもないかのように持ち上げ、勢いよく振って放り捨てた。
もう一機のゴライアスの乗り手は完全に委縮してしまった。先の一撃だけではない。背後に回っていた彼だけが見えたものがあった。
敵が突撃するその瞬間、その背の盛り上がりから青白い輝きの火が噴出し、敵は弾かれるように突撃を行った。その際の火の明かりで微かに見えた敵の姿。
灯りに照らされた、黒い装甲……
「く、黒騎士……!?」
戦場に於ける、恐怖の象徴。メイルライダーにとっての死の伝説。
黒騎士ベイラン。その名が彼の脳裏に過ぎった。
存在すらあやふやな存在が、確たる存在として目の前に現れたのだ。
恐怖に駆られた彼は背を向けて走りだした。味方の歩兵を置き去りにして。黒騎士が噂通りの存在なら、今最も危険に晒されているのはゴライアスに搭乗している自分であり、歩兵たちは寧ろ危険が少ないはずだから。
彼はこの恐ろしい敵から離れることだけしか考えられなかった。黒騎士の噂を思い出しながらも、『それに沿った』生き残るための最良の方法に思い至ることができなかった。
噂に於いて黒騎士は機甲巨兵の生体部品である臓物を喰らうのだ。もし彼が機体を捨てて徒歩で逃げていれば、或いは生きて帰ることはでるかもしれないと。
後日生き残った傭兵たちの報告を受け、ヘント伯から派遣された兵士たちが見たのは、臓物を引きずれ出され食い散らかされたと思われる五機のジャイグメイルの残骸だった。
どうにも晴間が少ない気がする今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。
今回は一応の戦闘シーンを入れられましたが、どうでしょうか。できる限り泥臭く、カッコ良さそうな感じにならないように心掛けました。個人的にはロボット兵器の存在する世界における攻城戦が早く書いてみたいな、と。
それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。