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ドラグメイル戦記  作者: 郭尭
ラ・コート・マル・タイユ編
3/5

第三話





 フランク帝国の帝都は華やかにして端麗な都として知られている。


 洗練された街並み、整頓された街道。住まう住民も上質な衣を身に纏い、美食を楽しむ。


 王宮もまた絢爛豪華の一言に尽きた。


 庭園は様々な花々に彩られ、無数の噴水がきらめきを放つ。純白の城壁に施された黄金の装飾は上品に纏められ、場内には多くの美術品が飾られている。


 美しき都パリ。可憐なる女帝の住まう場所。なれど主たるジャンヌは帝都にいない。


 では何処にいるのか。


 フランク帝国の北、ゲルマニア帝国から奪った城塞、シュトゥットカルト城にいた。


 パリの宮殿のような装飾を一切排除した、軍事拠点としての機能を追求した城塞である。内装も装飾はほとんどなく、まさに必要な物だけを集めたという体だった。


 シュトゥットカルト城の城主の間には、既に女帝に仕える将官たちが集っている。各々序列に従って部屋の左右に整列している。


「フランク帝国皇帝、ジャンヌ・ド・フランク陛下のおなりであーる!」


 女帝の到着を知らせる号令が発せられると、場にいる臣下は一斉にその場に跪く。片膝を地に着け、右の掌を左胸に当て、頭を垂れる。その列の中央を、粛然とした様子で女帝は玉座に向かう。


 頭上に被るは、白金の王冠。ロイヤルブルーの帽子部と、八本とハーフアーチと正面に十字架があしらわれ、無用な華美を廃した純粋な輝きは彼女の気高さの如く。


 身に纏うは純白のドレス。銀糸を用いた装飾と、両肩をうっすら隠す極薄の絹のベール、小川のような淡い青のマントを纏い、絢爛でありながら奢侈に至らぬ美麗さは彼女の清廉さのように。


 そして戦時の城塞にあるが故の白銀色の軽装鎧。光輝いて見えるほどに磨かれた装甲の、されど間近で見ねば気付かぬ無数の傷、腰帯には銀のゴーグルが巻き付かれ、優美な竜騎士鎧は彼女の勇敢さを示す。


 その全てが彼の可憐な乙女の身を飾る。黄昏時の波間の様に金色に輝く長髪、理知に溢れた眼差しを浮かべる、細く開かれた碧眼。女性としても華奢で小柄な体躯。


 優秀なる群臣を従え、大陸で最大の版図を奪い、今尚周囲を呑み込み続ける英傑。フランク帝国の支配者にして不敗のメイルライダー、ジャンヌ・カロリング。弱冠十四歳の帝王である。


 本来なら幼いと評してもいい支配者に、しかし異を唱える者はいない。皆が彼女の力をその目で見て、理解しているからである。


「本日の朝議に入る。報告を」


 玉座に座った女帝から発せられた、幼さが滲み出る声。だがその声は不思議と威厳を伴うものだった。


 彼女の言葉に、群臣たちは順に伝えるべき情報を伝えていく。


 ゲルマニア帝国との意図的な膠着状態の構築、この年の税として納められた糧秣、戦時増税の必要性の有無など、その多くは目下の戦争に関してだった。


 内政に関して、ジャンヌは多くを臣下たちに任せ、彼女は承認を下すだけの場合がほとんどだった。それは彼女が政治に明るくないのではなく、優秀な人材が彼女の周りに溢れ、それらを良い意味で頼っているからに他ならない。


「ふむ、最早略奪だけでは糧秣がもたぬか」


 一通りの報告を聞き終え、ジャンヌは溜息を吐いた。戦争は順調、最も梃子摺っている東の難敵ヘルウェティア王国ですら、フランクが優位に戦況を展開している。だが、食うに困れば戦い所ではない。


「戦時増税を行い食糧を供出させれば、糧秣の問題は緩和いたします。多少の不自由は強いましょうが」


「ならぬ。納税の義務を果たした民から、それ以上を求めることを余は望まぬ」


 フランクという国は帝政である。その支配者たる皇帝は最も多くの特権を有する。なればこそ、最も多くの義務を背負うのだ。


 そして彼女には支配者としての能力を生まれ持った。比類なき才覚を。


「余が即位してよりの一連の戦の目的を忘れてはならぬ。全ては我が臣民と帝国により多くの富を、である。それを民から略取しては元も子もない」


 フランク帝国は永らく優れた支配者に恵まれ、良き治世が続いてきた。やせた大地では秋の実りは限られ、国を富ませるに歴代の皇帝たちは商いを推奨し、様々な職人たちを援助し富を築き上げてきた。民が増え、流民が多く流れ込み、周辺国の警戒心を煽り貿易を渋るほどに。


 結果、増え過ぎた人口に国の食糧生産量が追い付かず、慢性的な食糧不足に陥りつつあった。故の国土の拡張。


 帝国は新たな穀倉地帯と、それを運営するための奴隷を求めているのだ。


「今年刈り入れた糧秣が届いたとしても、大きく動くには不安が残る量である。この一年は次の収穫まで拠点の維持と兵糧の節制に努めよ。必要あらば戦線の後退もやむを得まい」


 如何な屈強な軍勢も、食わねば戦えはしない。奪った領土も、穀倉地として機能するように環境を整えていく必要がある。


 領土の拡張は一時止めざるを得ない。無理をして足元を危うくする愚を犯すわけにはいくまいと。


「次、サワタリ」


 一通り、臣下からの報告を聞き終わったジャンヌは、ある名前を呼ぶ。フランク帝国でも、というよりエウロペで聞かない姓だ。


 群臣より進み出たのは黒髪の男だった。歳のほどは二十代に見えなくもないが、細く開かれた目尻には僅かに皺が見られる。実際はもっと上だろう。


「以前ノ報告通り、試作機の性能は概ね予定通りデス。実戦テストも、今頃予定の場所に到着している頃の筈です」


「ドラグメイル以上の性能持ち、血筋に縛られない機甲巨兵。そなたの研究には少なくない資金が投入されている。相応の成果は見せてもらわねばならぬ」


 幼き女帝の言葉に含まれた意味に、サワタリは理解した上でにっこりと微笑んで見せた。





「ムーリーでーすー」


「そこを承知で頼む。報酬に関しては可能な限り多く支払うことを約束する」


「だから金じゃねーんだって」


 エイムズベリーに着いて三日、未だクリスティーンは条件に合う傭兵と契約を結ぶに至らずにいた。一応ロッサの方も傭兵砦や面識のある街の傭兵たちに声を掛けてみたが、当然良い返答はなかった。


 そしてこの日、クリスティーンは恥を忍んで、傭兵砦まで赴いた。自分と同じ顔という縁の少女を頼るために。


「貴女の団は三機のジャイグメイルを所持していると聞いている。貴女方を雇えれば……」


 正確には一機はドラグメイルだが、表向きはマラディザンドもジャイグメイルなので噂はそうなっている。


 兎も角、クリスティーンを砦の広場まで連れてきたロッサは、それでも断り続けた。


 傭兵は金のために戦う、それは真理である。だが、だからこそ仕事を選ぶ。実力の範疇の外の仕事は選ばない。


 理由は二つ。仕事の失敗は雇い主の信用を失う。信用のない者を雇うことなどあるか、戦争となれば雇い主側も命が懸かっているのだ。


 そしてもう一つ、死人は金を使えない。幾ら稼ごうと、死んでしまえば意味がない。


「悪いことは言わないから、時期を改めろ。雪融けの後なら、幾らでも集まるさ」


 ロッサは自身の所属する傭兵団にこの話を持っていく気はなかった。クリスティーンのことは嫌いではない。面白い縁もあって、今も世話を焼いている。それでも自分や他人の命を賭けてやるほどではない。


「それでは意味がないのです。ただの小競り合いがその頃まで続いているとは思えません」


 尤もだとは、ロッサも考える。寧ろ、領主がこのやる気と正義感に満ちたコウルサイ娘を戦場から遠ざけるためにでっち上げた任務なのではないか、とも。そもそも、領主が必ずしも傭兵の風習やらを知っているかは別として、軍務に携わる人間がこれを知っているのが一人もいないということはないだろう。少なくとも大量の常備兵を維持できるほどの大領主でもなければ。


「悪いけどさ、そろそろ話を終わりにしてくれ。晩飯の配給がそろそろでさ」


 そう言ってロッサは立ち上がる。いい加減この場を離れたかった。砦でも名の知れたメイルライダーと、同じ顔がもう一人。いい加減悪目立ちし過ぎて、周囲の視線が鬱陶しくもあった。


 ついでに言えばクリスティーンの努力が、ロッサにとっていい加減鬱陶しく思えてきたというのもある。


「うっ、そんな時間ですか。すみません」


 流石にこれ以上は長居しても無意味だと感じたクリスティーンは、この日は退散することにした。


 そしていらないトラブルを避ける意味も含めて、ロッサはクリスティーンを砦の門まで送ることにした。そこにロッサにとって見慣れた人物が見えた。外から戻ってきたところだろうか、団の寮の方向に向かうフーゴだった。


 ロッサたちに気付いたフーゴは目を見開く。正確には、クリスティーンに。


 ロッサは挨拶序でに、クリスティーンを紹介した。彼女がこの場に来た理由も。


「傭兵の風習で冬を嫌うの聞き及びました。その上で願いします。我らに力添えを」


 貴族が平民にするには丁寧な態度。だがそれを横で見ていたロッサは、クリスティーンが断られると考えていた。だがフーゴは暫し考えるような仕草を見せた。


「申し訳ないが、ミス・スウィンドン、これは軽々しく決められることではない。正式な返答は後日しよう」


 即答で断らなかったのが意外だった。孫娘と同じ顔の相手に、無碍に扱うのに抵抗があったのか、とロッサは考えた。


「配慮に感謝します」


 クリスティーンはそう返して、帰路に就いた。


「爺ちゃん、よかったの?あんな期待が残る言いかたしちゃってさ」


 どうせこの仕事を受けはしないのだ、きっぱり断るのも優しさだろう、と。


「考えてからな」


 フーゴはただ、一言だけ返した。去っていくその後ろ姿にロッサは眉を顰めるが、夕食の配給を受けるため、すぐにその場を後にした。





 傭兵に供される食事は、兎に角量が大事である。楔の団を例にとっても、一気に百人以上の分の食事を作らなければならない。そのため献立は、味の良し悪しより、一気に大量に作れることと、腹持ちの良さである。結果シチューやスープが多くなり、外から買ってきた黒パンと果物が付いてくる。


 これが何かしらの立場が付けば、別個で焼いた肉や白パンが出る。


 ロッサのようなメイルライダーも当然特別待遇される。皿いっぱいのシチューに白パン、香辛料塗れの牛のステーキという少女らしからぬ、ボリュームあるメニューである。それでも彼女は余裕を持って平らげる。


 傭兵は体が資本の仕事である。日々の鍛錬もあって、女性であっても食わねばやっていけないのだ。というより、食える体が出来上がっているのだ。


 さて、多くの場合傭兵の炊事班はこの後食器や調理道具を片付けて終わる。だが、機甲巨兵を有する組織は、この後がある。


 傭兵団の場合、団の女たちが一度調理道具を洗浄し、改めて湯を沸かして大量の肉を煮込む。肉の種類は様々。痛みかけた古いものや残り物のくず肉など、とにかくあるものをぶち込んでいく。これに味など考慮しない。よって調味料で味を調えるなんてこともしない。必要もない。何故ならこれらは食べるものではないからだ。


 とことん煮込み続け、やがて肉が溶け、油と共にどろどろの液体となる。これを今度は温くなるまで、固形化しないようにかき回し続ける。


 出来上がったドロついたものは機甲兵器の元まで運ばれ、8メーター前後の巨体の後ろ腰の装甲に隠れている、鉄の栓に塞がれていた穴に流し込まれていく。


 ドラグメイルは竜種の、ジャイグメイルは他の巨大生物の一部臓器を使用している。生きた脳を演算装置とし、生きた心臓を動力としている。そして生きた臓器には当然相応の栄養を与えねばならない。


 機甲兵器は生きたパーツを持った兵器なのだ。食わねば生きていけない。生きるには食わねばならない。故に、わざわざ馬鹿みたいに長い腸をスペースをとって内蔵しなけらばならないのだ。


 作業の様子は、直接参加しないものの、それぞれメイルライダーの監督の元に行われる。自分の命を預ける物なのだ、当然と言えるだろう。


 さて、この作業若干時間が掛かる割には、内容は単調である。なので監督する非常に暇である。そしてどれだけ暇でも、メイルライダーたちがこの作業に参加することはない。してはならない。彼女たちの仕事を奪うのは、例え親切心であろうと団に於ける存在意義を奪うことに他ならない。


 故にメイルライダーは各々で暇潰しの用意も必要となる。ロッサの場合、同じく監督に来たニアを、ものすごく自然に抱きかかえ自分の膝の上に乗せてベンチに座る。


「いい加減やめろ、ラ・コート・マル・タイユ」


 子供かぬいぐるみでも抱きかかえる要領で、同年代の少女に膝に乗せられるのは、ニアにとって喜ばしいものではない。羞恥心的に。


「いいじゃない。減るもんじゃなし」


「減ってるからな、私の理性の箍が」


「情欲にか。ならばそれに身を任せてもいいよ。私は歓迎する」


「怒りにだよ!」


 極々自然体で女性にセクハラを働くロッサ。ニアに頬づりしようと顔を近づけると、抵抗されると大人しく抱きかかえているだけにした。


 普段は団の兵士の女たちにまで手を出さないロッサであるが、今のように非戦闘員の女たちに暇がない時は周囲に被害がいくことがあった。それでも根本的の部分で嫌われないのは彼女の仁徳か。それでもニアのように苦手意識を隠さない者もいるが。


「第一手を出すなら男にしろよ。女同士なんて非生産的な」


「ん~、爺ちゃんには昔っか結婚までは貞操は守れって言われててさ」


 貞操守るのが何故そう繋がるのか、ニアは頭が痛くなった。


「男相手だと雰囲気で流されるかもだし?女同士なら安心でしょ。だから私乙女」


 聞いてもいないことを、楽しそうに語るロッサ。ニアは、同じく自分の機体の作業を監督していたフーゴに目を向ける。彼女らの方に目を向けてはいないが、目元を指で押さえている。聞えてはいたようだ。


 ロッサを育ててきたのはフーゴだ。今は自活できるくらいには成長したロッサだが、その人格形成に最も強く関わってきた筈の人物である、厳格かつ寡黙なこの老戦士からどうすればこんなのが育つのか。


 暫くして作業が終わり、それぞれが自身の機体を軽くチェックする。漸く解放されたニアが機体のチェックを終えると、ロッサが早速団の女たちに声を掛け始めたのが見えた。あの不真面目な性格で、やることは手際が良いのが、ニアに何とも言えない気分を抱かせる。


 だが、そんな陽気なロッサでさえも笑えない事態が、翌日起きた。


「我ら楔の団はスウィンドン伯爵家の依頼を受け、海を越えヘントに向かう」


 傭兵が嫌う冬の戦争、それを受けるとフーゴが決めたのだ。



 中々外出できない今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。


 今回は単語の修正、改変に加えて少しだけ描写の追加を行いました。当時は問題ないと思っても後年読むと粗が目立つ。色々と足りないものが多いなあと。


 それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。

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