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ドラグメイル戦記  作者: 郭尭
ラ・コート・マル・タイユ編
2/5

第二話





 赤き竜の国、ブリテン王国。


 エウロペ大陸の北西に位置するブリテン島に本拠を置き、大陸の一部にも領地を持つ国である。


 その大陸側の領地が、白百合の国、フランク帝国と国境を接したのは僅か数年ほど前の事である。


 今のエウロペ大陸に於いて、フランク帝国は最大の版図を持った比類なき大国である。女帝ジャンヌ・フランクの号令の元、拡張主義を掲げ、四方に領土を広げ続けてきた。


 そして多くの戦場で女帝は自らドラグメイルを駆り、時には自ら敵将を討ち、時には策謀にて敵を追り、勝利をもぎ取ってきた。それに加わり有能な臣下と、十二聖機と呼ばれるドラグメイルを力の象徴として有している。


  だがどれほど強大な国であろうと、永遠に戦を続けることは不可能である。急速な領土の拡大は戦線の拡大とイコールであり、必要とされる兵力や糧秣、物資が加速度的に増加していく。


 また、新たに手に入れた領土を安定させるにも時間は必要である。


 女帝ジャンヌの即位から僅か四年で国土を倍近く膨らませたフランク帝国は、暫しの休息を必要としていた。


 だが、その事実が周辺国に安寧を齎すことはない。時を経て、帝国が充分な物資の貯蓄を完了すれば、その侵攻は再開されることは明らかだった。


 特に帝国と国境を接する地の領主は、定期的に続く小競り合いに悩まされていた。





 ブリテン島の南西部に領土を持つスウィンドン家。ブリテン王国建国の戦い、ブリテン島統一戦争の頃より、現王家であるペンドラゴン家に仕え続けた、歴史ある貴族である。


 そのスヴェンドン家の居城、シュリーベラム城は慌ただしく動いていた。エウロペ大陸側に領土を持つブリテン領主、ヘント辺境伯の救援要請に応えるために軍を編成している所だった。


 忙しなく駆け回る官僚たちを余所目に、一人の少女が廊下を歩いていた。楚々とした立ち振る舞いで、貴族の娘に相応しい洗練された所作を見せている。


 そしてその容姿も優れている。


 腰まで伸ばされた、金糸の如き長髪。エメラルドのような色合いの、怜悧な瞳。それを清楚な青いドレスで身を包み、誰の目から見ても恥じない貴族の令嬢そのものの姿である。


 だが、彼女の纏う空気は、そんなものではなかった。私不機嫌です、を全身で表していた。仮にこの場が舞踏会の場でも、これだけの怒気で身を包んでいれば、声を掛けられるのは相当に剛毅な者か底抜けの馬鹿くらいだろう。


 少女の名はクリスティーン・スウィンドン。この地の領主の娘である。


 クリスティーンは父親がいるだろう、執務室までいくと、ドアをノックする。ドアの向こうから、落ち着いた男の声で入る許可が出る。


「失礼します、お父様」


 努めて穏やかにしようとしているのが、声色で怒りが聞き取れる、そんな声色だった。


 クリスティーンが父と呼んだのは、彼女とはあまり似ていない初老の男だった。ふくよかな体付きと柔和な顔つきは、人を安心させる雰囲気があった。


 スウィンドンの領主、ヘンリー・スウィンドン、シュリーベラム伯爵その人である。


「予想はつくけど、一応聞こう。何かね」


 執務机で羊皮紙に何かを書き込み続ける作業を止めずに、ヘンリーは問いかける。


「此度の戦、何故私を編成に入れて頂けないのですか?」


 ああ、やはりか。予想通りの言葉に、ヘンリーは困った顔になる。


 クリスティーンは、優秀なメイルライダーであり、スウィンドン家の有するドラグメイル、ディナダンの乗り手である。ドラグメイルやジャイグメイルは貴重であり、例え一機だけでもそれは戦の勝敗を左右する。


 そしてドラグメイルは原則、血筋に従う。入婿のヘンリーは当然として、スヴィントンの正統を引く母親は既に亡く、同じ両親から生まれた弟はまだ十歳にも満たないため、ディナダンを動かすことはできない。


 つまり、ディナダンを操れるのはクリスティーンしかいない。そして彼女は彼女なりに家のために尽くしたいという想いが逸っていた。


 スウィンドン家は現国王の覚えが悪い。クリスティーンの生まれて間もない頃に国王の勘気を被り、他の円卓の連なる家系が侯爵である中に於いて唯一伯爵への降格を受けている。


 スウィンドンに限らず、円卓の家系は何れも王家の剣であり、盾であることを求められる。だが現当主のヘンリーに戦の才覚は乏しく、降格の際に領地の一部を召し上げられ、常備できる兵力も減った。


 ならば自分にできることとは何か。戦場にてディナダンを駆り、武功にて名誉を挽回すべきではないか。


 実力はある。機体の性能もあるのだろうが、領内の騎士たちとのジャイグメイル相手ならば負けなしだった。それが余計に焦燥感を煽る。能がなければ諦めもついたのだが。


 クリスティーンの気持ちはそうとして、ヘンリーは娘とディナダンを戦場に連れて行く心算はなかった。それは娘の安全を願う父親としての情だけではなく、領主として事のメリット、デメリットを考えた上の判断でもある。


 フランク帝国に十二聖機と呼ばれるドラグメイルがある。対してブリテン王国にも円卓の機兵と呼ばれるドラグメイルが存在する。三百年余以前にあった、ブリテン統一戦争にて活躍した機体群を指す名称である。


 そしてディナダンはこの十三機の一機である。


 乗り手のクリスティーンの実力以上に、この格の高さが戦場では有力な威圧となるだろう。例え性能は十三機の中ではダントツに低くとも。


 だが、その格の高さが仇ともなり得るのだ。


 最悪、相手も十二聖機を投入してきてしまうこともあり得るのだ。領主と領主の争いレベルで落ち着いている現状が、国家同士の戦争に発展することだけは、ヘンリーは避けたかった。


 結論として、クリスティーンの参加は見送ることに決められたのである。だが、血気に逸って、勝手に出撃することも考えられた。若い騎士には間々あるのだ。


 だから、任務という建前で彼女の到着を遅れさせ、その合間に戦いを終わらせるのが最良だろうと考えた。なにせ、国境を挟む者同士の定例会のような、程度の低い戦である。ヘンリーとて援軍の理由は貴族としての体面と、万が一があった場合を考慮したくらいしか戦う理由がないのだから。そんなことで損害を出すなど馬鹿らしい。


「話がいっていなかったかね?お前には別行動で任務を任せることになっている筈だけど」


「私に任務……」


 父の言葉にクリスティーンの表情が少しだけ明るくなる。


「お任せください、どのような任務でも必ず達成し、王国の勝利に貢献いたしましょう」


 少女は胸を張り、領主としてのヘンリーに宣誓した。





 そして数日後、クリスティーンはスウィンドン領を越え、南のエイムズベリーに向かっていた。


 乗機である淡緑のドラゴンの背に乗り、尾を振りながら地を歩み進んでいた。飛んでいないのは、その後ろに続く数人の騎兵が理由だった。鎧兜に身を包み、盾とランスで武装した、スウィンドンの正規の騎士である。任務の供である彼らを置いて飛んで目的地に向かう訳にもいかなかった。


 彼女が向かうのはエイムズベリーの傭兵砦。より厳密にはその近くにある街に、である。


 傭兵砦は元々大昔の放棄された砦を、複数の傭兵団が拠点として共有し、人数が膨れ上がるに任せて色々と増築が繰り返され小さな町のようになり、周囲からそう呼ばれるようになったのである。


 そこに何をしに行くのかといえば、当然傭兵を雇いにいくのだ。スウィンドンの領地では人口、財政双方の理由で多くの常備兵を持てない。兵の嵩を増やすために傭兵を雇うのは珍しいことではない。


 真っ当な軍務、ではあるだろう。だがクリスティーンは不満を隠せなかった。これなら別に自分である必要はないだろう、と。


 だが如何に不満があろうと、正式に下された軍令である。正当な理由なしに、逆らわない程度には分別はある。


「お父様はいつまでも私の事を子供扱いします」


 クリスティーンは鎖の手綱でディナダンを操りながら溜息を吐いた。


 淡緑のドラゴン、ディナダン。全体的に曲線的なシルエットと、比較的重厚な装甲を持った機体である。その右肩には、中央にサイの角のような衝角がついた、菱形の吊盾がつけられている。そして左腰に剣、右腰にメイスが。


 乗り手たるクリスティーンは、メイルライダー特有の軽装、布鎧の上に美しい装飾のあるプレートメイルとゴーグル。背に盾を背負い、ディナダンと同様の武器を装備している。


 一方供の騎兵たちは鎖帷子の上にプレートアーマーという、典型的な騎士の姿である。


 尋常な身分でないこと、持ち得る戦力が分かり易いこともあり、野盗が襲ってくることもなく、順調に街に到着した。


 通常、傭兵の徴募は街の大通りや市場などで担当者が募集の条件を読み上げ、それを聞いた傭兵たちが自分たちで現地に赴く。そこで査閲を受け、合格と判断された者が正式に雇われ、戦列に加わる。


 だが今回はその方法は使えない。条件に合った傭兵を、確実に連れていくというもの、通常の不確実な方法では意味がないのである。


 有力な傭兵団はわざわざ徴募に参加せづとも、雇う方から指名を受ける事がある。拠点の近くの街に、窓口のようなものを設けていることもある。彼女の今回の役割がそれに近い。雇う傭兵は指定されていない。だが、最低でも二機以上の機甲巨兵を所持している、というのが条件だった。


 今や傭兵の街と呼ばれるその街は、周囲は低い壁で覆われている。堅牢な城塞とはお世辞にも言えないが、横にある砦の存在で手を出すバカはいない。傭兵連中からすれば、この街を潰されては日常生活が大分不便になる。経験豊富な傭兵の群れを好き好んで敵に回す人間はいない。


 街に到着したクリスティーンたちはドラグメイルと馬を街の役場に預け、街に入った。


 街では食料品を積んだ馬車が大量に行き来している。収穫の季節を終え、じきに冬がくる。冬での活動を考慮している傭兵団は、略奪や狩りでの食糧自給が難しくなるのを見越して、大量に買い貯めを始めていた。


 事前に役員に聞いておいた傭兵団の窓口や、顔役が集まる酒場などに手分けして向かうクリスティ-ンたち。


 機甲巨兵という騎馬以上に金の掛かる兵科を雇うため、給金は高くなるだろう、クリスティーンはそう考えていた。だが、実際には門前払いに近い形で断られたのである。話をどこからか盗み聞いて言い寄ってくる連中もいたが、そのどれもが機甲巨兵など持ちようもない小規模な傭兵団ばかりだった。


 結局その日は騎士たちと合流後、街の官舎に部屋を用意してもらい、次の日は酒場を中心に回ろうと決まった。





 人の数は即ち希望の数である。下手な弓も数を撃てば当たることもある。探す相手の内容にもよるが、人が多い場所で探そうというのはあながち間違いではない。


 問題があるとすれば、クリスティーンが傭兵の立ち振る舞いというものを十分理解していないことだった。


 酒場で絡み酒の酔っ払いに絡まれてしまったのだが、その対応がよくなかった。いや、貴族が平民に対してとる態度としては決して間違っていない。クリスティーンを、誰か知人と間違えている様子の男を無礼者と叱責しただけなのだから。


 だが酔っ払いにそんな理屈は通らない。そも本気で人違いをしているのだから余計に面倒な事態となっている。


「てめえ、何処で拾った戦利品だが知らねえが、態度までお貴族様か。冗談にしても笑えねえぞ」


「だから貴方は誰と勘違いしているのか。私はスウィンドン家の娘、この街に来るのだって初めてだ。」


「アホか、冗談で他所の領主の名前を名乗るな!この街でラ・コート・マル・タイユの顔を覚えてねえ奴がいるか!」


 酔っ払いの男の言葉に、酒場にいる傭兵稼業の連中は、全員首を縦に振る。本人も機体も、独特の外見からラ・コート・マル・タイユと呼ばれる少女は街では名が知れている。


 更にその浪費癖は商いをする者には乗客であるし、大儲けすれば店に居合わせた全員に酒を振る舞ったり。


「そうそう、何時も奢ってくれる相手の顔を忘れるかよ、ラ・コート・マル・タイユ」


「何時ものコートを着てないの見たのは初めてだけど、流石にそれだけで分からなくなったりはな?」


 他の客まで野次馬に加わり、何故か聞き分けのない子供クリスティーン諭しているかのような空気が出来上がっていた。


 だんだんといたたまれない気持ちになってくるクリスティーン。そんな彼女に救いの手が現れる。


「やあ、店の外まで私を呼ぶ声が聞こえたんだけど、私の武勇伝か何かで盛り上が……って……おや?」


 現れたのは質のいい素材を使った男物の服の上に、ブカブカのコートを羽織った金髪緑眼の少女。少女はクリスティーンの顔を視界に収めると、目を見開いて驚きの表情になる。それは少女を目にしたクリスティーンも同じであり、周囲の野次馬たちもそうだった。


 同じ顔の少女が二人。不意打ちのような驚きに、全員の時間が止まった。そりゃ、驚きもするだろう。街で名の知れた傭兵と、近隣の領主の娘を自称する少女が同じ顔なのだから。


 最初に我に戻ったのはコートの少女であった。


「困ったな、この街一番の美少女が二人になってしまった」


 まるで本気で言っているかのような真顔で、冗談を飛ばした。彼女も冷静さを取り戻せたわけではないようである。





「先ずは自己紹介ね。エイムズベリーの傭兵砦の一画を使ってる、楔の団のメイルライダーだ。人にはラ・コート・マル・タイユって呼ばれてる。言い難けりゃ砦一の美少女傭兵ロッサちゃんでもいい」


 両社にとって驚きであった出会い、ロッサと名乗ったコートの少女は面白く思い、クリスティーンを一席に誘った。


 対してクリスティーンも打算あってこれを受けた。


 彼女が名の知れた人物というのはさっきまでの騒動で理解できた。両腰の剣も、着ている服も、上質な素材を使った良い物だ。貴族の会合などに来ていくには些か質素だが、少なくとも恥はかかないくらいには。中々に羽振りがよさそうに見えた。何故上にサイズの合わないコートを羽織っているかは知らないが。


 加えて、ラ・コート・マル・タイユと呼ばれるこの少女がこの街で、良い意味で名の知れた存在であるのは先の様子から見てとれる。


 一定以上の金銭と立場を併せ持った人物だ。人脈も相応にあると、クリスティーンは期待したのだ。


 予期していたわけではないが、彼女自身傭兵と自己紹介し、希望は更に大きくなった。


「ご丁寧に。私はクリスティーン・スウィンドン。この地より北に領を持つヘンリー・スウィンドンの娘です」


 互いに自己紹介を終え、タイミング良く飲み物が運ばれてくる。ザクロの果汁を使ったエード。誘ったロッサが注文した物だ。


 ロッサは給仕の女性に銀貨一枚をチップとして渡すと、女性は慣れた様子でロッサの頬にキスをした。ロッサはだらしなく表情を緩める。クリスティーンは自分と同じ顔がそんな表情を浮かべていることに少し苛立ちを覚えた。


 それぞれエードで喉を潤し、ロッサはクリスティーンがこの街に来た理由を尋ねた。傭兵の募集に騎士が来るのは珍しくない。だが、領主の娘が来るなど聞いたことがない。


 クリスティーンはただそういう任務を授かったとだけ答えた。単純に他人に教える必要があるとは思わなかったからだ。ただ、理解できないのは募集に応じる傭兵団がいないことだ。ジャイグメイルを保有している、という条件は些か厳しいものかもしれないが、噂に聞く傭兵砦に条件を満たす傭兵団がいないとは思えない。応じる傭兵団がいない理由を、今度はクリスティーンが尋ねる。


 それまでの経緯を聴き、ロッサは納得し、クリスティーンの疑問に答える。


「結論から言うと、時期が悪かったね」


 多くのブリテン人傭兵は冬の戦争を嫌う。これは経験を積んだベテランほどこの傾向が強い。「冬の戦争はうまくいかない」と。


 ブリテン王国の領土はエウロペ大陸の北西、寒冷な気候であり、雪の降らない冬はないと言っていい。凍え、手足が悴んでは実力など発揮しようがない。厚着にも限度がある。寒さへの耐性は体質で、鍛えて克服できるものでもない。結果、実力に劣るひよっこに実力者が敗れることも珍しくない。


 ベテランの喪失は傭兵団全体にとっても、単純な兵隊一人に留まらない意味がある。そのリスクは目先の給金で果たして割に合うか、と。


 故に言うのだ。「冬の戦争はうまくいかない」、と。


「それにもう一つ、冬は性悪な氷雪の精霊以外ほとんどの精霊どもが隠れちまう。そんな時期はアレが出る」


「アレ、とは」


 思い出すのも嫌だと言わんばかりにロッサは表情を歪める。それは却ってクリスティーンの好奇心を刺激した。


「『黒騎士ベイラン』、聞いたことくらいあんだろ?」


 ロッサの言う通り、聞いたことのある名だった。同時に少し苛立った。


「下らない噂を。まさかそんな与太話が怖くて歴戦の傭兵たちが尻すぼみしていると?」


 ドラグメイルを肇とした機甲兵器が投入された戦場に乱入し、誰彼構わず破壊していく黒いドラグメイル。破壊した機体の臓物を喰らい、死人を乗り手とし、数百年もの間彷徨い続ける呪われた機体。荒唐無稽な与太話。


「ああ、そんな与太話が怖いのさ。黒騎士は実在する、それが私ら傭兵砦に属する傭兵団の共通の見解さ」


 苦々しい表情で、ロッサはエードを口にする。クリスティーンも苛立ちを隠せない。ロッサの言葉を信じた訳ではないが、本当なら冬が終わるまで、この地での募兵は不可能に近いことになる。


「仮にあなたの言う通りだとして、どうにかならないか?」


「……金に困ってる連中なら背に腹変えられないだろうから、そういうのいないか声掛けてみるくらいならしてもいいぜ?期待されると困るけど」


 同じ顔の誼だ、とロッサは席を立った。残されたクリスティーンは頭を抱える他なかった。





 傭兵砦は元々大きな砦ではなかった。それを傭兵たちが拠点として住みつき、人数が増えるに連れ、自分たちで拡張していった。無計画に拡大した砦は奇怪な形状となり、本来の面影は余り残ってはいない。


 砦の施設の多くは、砦に属する傭兵団の共有財産だが、幾つかの規模の大きい傭兵団は独自のスペースが割り当てられている。


 但し、同じ砦を共有しているとはいえ所詮傭兵。向かった先の戦場で敵味方、ということも珍しくない。そのために奥の手を隠しておくか、相手を牽制るためのブラフを拡散したり。他の傭兵団は最も近い僚友であり、最も近い敵でもあるという複雑な関係を築いている。



 砦に戻ったロッサは、道中砦の娼婦たちに声を掛けたりしながら、団の宿舎に向かう。


「爺ちゃん、ちょっといいかな?」


 訪れたのは団のチーフ、フーゴの部屋。だがチーフとではなく、彼女はそう呼んだ。


「なんだ」


 フーゴは自室の机で羊皮紙に手紙か何かを書いていた。古い友人宛だとロッサは聞いたことがあるが、どんな相手かは知らない。


 傭兵の部屋というより、書斎といった方が納得するような部屋だった。余計な装飾はなく、複数ある本棚に、大量の書物が収まっている。ブリテン島とエウロペ大陸全体の地図なども飾られていた。


「私の両親ってさ、両方とも傭兵やってたんだよな」


 ロッサは両親の顔を知らない。両親は早くに他界したと聞いており、物心ついた頃にはフーゴに育てられてきたからである。


 文字に算術、武器の握り方も何もかも、フーゴから学んだものだ。


「そうだ。それがどうかしたか?」


 筆を止めて、フーゴはロッサに目を向けた。


「ん~にゃ、別に。会ったことない両親だからさ、ちょっとね」


 それだけ答え、ロッサはフーゴの部屋を後にした。


「流石に考え過ぎだよな」


 物心ついた頃には自分の側にあったドラグメイル。顔も知らない両親。同じ顔の少女。


「っとに何だかな」


 ロッサは漠然とした不安を募らせていた。


 そしてフーゴは、ただ黙ってロッサの出ていった扉を見つめていた。




 桜が咲き誇る今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。


 今回はラ・コート・マル・タイユ編のメイン二人の出会いです。後ちょっと伏線を。


 この世界のブリテンのモデルは当然イギリスです。地名もほぼそのまま持って来てますので、地理関係は実際のヨーロッパの地図で大凡把握できるかと。


 それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。



 PS、今回も主に単語レベルの変更で若干描写の変更があります。

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