08 顛末 ▲エルセリアさん視点
なんだか面白くありません。
ああ、申し遅れました私エルセリアと申します。スタックハウス子爵家の娘であり、栄えある勇者の眷属をやっております。以後お見知りおきを。
さて、冒頭で申し上げたとおり私は面白くないのです。
原因としては勇者のレオ周りの事で色々とありまして……。先程レオがミコの事で悩んでいた事を打ち明けたのですけど、そこからみんなの歩調が揃わなくなったからなのです。
王城での祝宴パーティーの後に語られたレオの衝撃発言はある程度気付いていた私でも驚きを隠せないものでした。
曰く、自分の名を一度も呼んでくれずいつも肩書きで呼ぶから、段々と話すのも嫌になってしまった。
曰く、ミコとはもう心が通じ合えない。
曰く、屋敷の中で一緒にいると思うと心が痛む。
だから屋敷から出て行ってもらいたい。
この話を聞いたときみんな揃って反対しました。しかしレオの決心は固く、更に心の奥深いところまで傷が出来ているから一緒にいると自分が参ってしまうと……。
私達はその言葉に沈黙が漂い、誰一人として言葉を発する者はおりません。それを肯定ととったレオがひとつ頷くと最後に更にこれは自分とミコの問題だから他のみんなは口を出さないでくれと釘を刺して話は終わりました。
あーあ、私も薄々はと思ってましたが、まさかここまで事態が切迫していたとは思いませんでした。もう、ここまで来てはふたりを同じ場所に住まわせる事の方が事態を更に悪化させてしまうとそう思った私は仕方が無いと賛成の立場に回りました。
ミコにはたくさんのご褒美をあげて、あの故郷の村へ帰るにしても、どこへ行くにしても困らないくらいの便宜を色々と図って送り出したいとそう考えていましたし、そうするつもりでした。
まあ、当の本人は、祝宴でお腹いっぱいになって別室で眠りこけていましたが。
◇
先程のレオの話が終わり王城から宛がわれた一室のソファに座って、ルーデロータとコロンと一緒にお茶を飲んでいたらノックのする音が聞こえてきました。
その音に扉へと近づく私。
「あーらエルセリアさん。ごきげんよう。貴女達もこちらへ来てくださらない?」
「え? はい。これはシャーリン様。ごきげんよう。どうなされましたか?」
両手で扉を開けると銀色のドレスを着た可愛らしい人物が立っていました。口元は羽扇子で覆い、キツそうな目で私を見ている。この人はシャーリン様。スタージス侯爵家の令嬢で私達勇者パーティーのメンバーのひとりです。私達の中では一番の家柄のメンバーなので面と向かって逆らえる人はまあ、いません。
中でも私は子爵家の出なので社交界やその辺の家格などで色々とありますので一番逆らいにくいのです。
ですから、一緒のメンバーですけど苦手なのであんまり関わりたくないのです。向こうもそれが判ってる筈。ですから不意の訪問にくるなんて思いもしなかった為、ちょっと驚いてます。
それでも私は貴族の娘の端くれ、黄色のドレスのスカートを摘んで軽くお辞儀をします。するとシャーリン様も同じ様に返礼をします。礼儀は大事ですね。
「ええ、少しお話をね。したいと思いまして……。私の部屋でお茶を用意させます。是非いらして下さい。ルーデロータさんとコロンさんもご一緒に、ね?」
扉から顔を覗かせたシャーリン様はそう言い残し、別のメンバーの居るところへと歩いていったのでした。仕方ありません。彼女のお部屋へと行きましょうか。
◇
「……ですから、これはレオ様とミコさんの問題なのです。私達が口を挟む権利はありませんのよ?」
集まった十人の眷属たち。ここでミコに関する話し合いが行われています。
まず口火を切ったはシャーリン様。前から彼女はあまりミコを快く思っていないようでした。これはレオと常に一緒にいたからでしょう。レオの行動に感化され過ぎているのではないかしら。
「それはそうだけどさー。ミコだってあたし達の大事な仲間じゃん。一緒に戦ってきた仲間じゃん」
「私だってそれは判っております。ただ、公事と私事は分けて考えねばなりません。ですから……」
ルーデローテの言葉に一瞬怯んだ表情を見せるシャーリン様。しかし、それはそれ、これはこれ論で押し通そうとします。
本当にこの人はレオの役に立ちたいんでしょうね。レオの言ってる事が全て正しく、それに対する事柄は何でも間違っているのでしょう。彼女の中では。
このところレオの近くにはいつもシャーリン様とアリアさん、それにティルカが居ます。いつのまにか出来上がったのか事あるごとにこの三人はいつでも結託しているようです。
ですから当然この集まりもシャーリン様が主催している為、アリアさんとティルカも『全てレオ様に任せて脇に居る私達は口を挟まない様にしましょう』と異口同音に言い張るのです。そんなにミコが目障りなんでしょうか? アリアさんなんて最初の頃はミコの事を妹の様に可愛がっていたと言うのに、この変化はいったいなんなのでしょうか?
結局このヘンテコな会議は、一応レオに任せて我々は口を出さないけど、目に余る様ならどうなるか判らないと言うそんなところを落としどころに解散しました。
はあ、勇者関連の古文書等の書物も読み漁りましたが、こんな心もとない勇者パーティーなんて昨今聞いた事がありませんわ……。二五〇年前の勇者様の記事にはこんな話はどこにも書いてません。なんで今代になってこんな面倒な話になっているのでしょうか……。
ああもう、頭が痛い。
◇
ここは私達の屋敷の門の前。佇んで下を向いているレオ。足にしがみついて泣いて懇願しているミコ。そしてそれを眺める事しかできない私達。
ミコの悲痛な叫びだけが物静かなこの高級住宅地を覆っています。
「うぐっうぐっ、嫌だー。勇者様っ、あっレオ様ー! お願いします。もうこれからレオ様って呼びますから、ですからここへ置いて下さい!! お願いします! 捨てないでー!」
ああ、見てられません!
「レ、レオ……。許してあげてはダメなのですか……?」
「…………」
私が声を掛けてもレオは揺るぎもしません。拳を握りじっと下を見て唇をかみ締めています。
「レオ様……」
「レオ様、ミコだって悪気があったわけではないのです。ですから」
コロンと異国の侍ガールの美衣が口を揃えてミコの事を取り成そうと頑張ってくれます。
でも、その意図は逆にレオをイラつかせてしまいました。
「もう決めたんだ。これ以上は口を出さないでくれ! ミコ! 君も……達者でくらしてくれ」
そう言い放つと足に絡まっているミコを引き剥がして屋敷の中へと入っていってしまいました。
「あああぁぁ、ひっく……ああ、ヤダぁぁぁ、ひっくひっく……やだぁ……」
もう声にもならない声を出して、必死に片手をあげてな何かを掴もうと頑張るミコ。
あまりの悲惨さに、もう一回レオに取り成してやろうと私も続いて屋敷の中へと入り話しかけようとしましたが、彼が先に声を発してしまい機先を削がれてしまいました。
「これは俺とミコの間の話だ。部外者は黙っていてくれ」
この言葉に私達の間に何か大きな亀裂が入ったそんな気がしたのです。
「もう、ミコの事は忘れてくれ」
唖然としているとレオは振り返り最後にこんな事まで言ったのです。なんて人なんでしょう。この人は。私もミコと同じく悲しくなってきました。人間関係と言うものを軽視しすぎているんだわこの人は。
しばらくして窓から門の方を見たのですけど、門柱の辺りにまだミコの姿があります。
私は居ても立ってもいられなくなり、門まで向かおうとしたのですが、途中でシャーリン様達に会ってしまいました。シャーリン様達って言うのは他にアリアさんとティルカの三人です。
「あら、エルセリアさん、ごきげんよう」
「これはシャーリン様。ごきげんよう。少し急いでまして用件でしたらまた後程」
互いに挨拶を交わすと私はすぐにお辞儀をして玄関へと急ぎました。
急ぎ足で廊下を曲がろうとそう思った矢先、後ろから思い出したかのようにシャーリン様が私へと語りかけてきた。
「ああ、そうそうエルセリアさん? ミコさんの事、あんまり派手には動きません様に」
「……どう言う事ですか?」
「あはっ。では、ごきげんよう」
……。なんなのでしょう。あの態度。本当にミコの事が嫌いなんですね。
まあいいです。とにかく門まで向かいませんと。
急いで門まで向かったのですけど、そこにはもうミコの姿はありませんでした。
はあ、ごめんなさい。私がもう少しみんなの気持ちに気付いていてあげればこんな事にはならなかったのに。もっと深刻化する前に気付いてあげられていれば……。
悔やんでも悔やみきれないです。
次の回は人物情報です。