06 エルフ
「今帰ったぞ」
結局朝まで呑み明かして、ふらふらになりながらやっとの事でおっさんの家まで辿り着いたんだ。
まあ、わりかし広そうな家だねー。前世の仲間に農家のやつがひとりいて、そいつの家に行ったことがあったけど無駄に大きな家だったからねー。
周りが田んぼや畑ばっかりなのは前世もこの異世界も変わらないな……。
「んま、ローレンス。朝帰りかい?」
家の玄関の前では横に広い体格をしたビッグママが生ゴミを漁って……いや、処分していた。いや違うか。顔が似てるからたぶんおっさんの母親じゃないかな?
って言うか、ローレンスって名前なんだね。ローレンスと言えばアラビアのしか出てこないのはオレもわりといいおっさんだったからか……。
「え……っと。その娘さんは? ま、まさか嫁かい? この子ったらやっと嫁を連れてきたんだね!」
「え、違っ、私はただ……」
早口にまくし立てるおばちゃんにたじたじになりながらすぐさま否定の声を上げる。いや、上げようとしたんだけど全然聞いちゃくれねー!
「こりゃあたまげた! さあ、こうしちゃいられないよ! こんなめでたい話はみんなで分かち合わないとねぇ。だからあたしゃ親戚を周ってくるからね」
「ち、違うよお袋! 酒場で会って意気投合したから連れてきただけだよ」
あまりの早合点にオレはともかくおっさんまでも慌ててしまう。このおばちゃん凄いな。
「照れなくてもいいんだよローレンス。それに娘さんも、こいつは優しいいい人間なんだから絶対あんた幸せになるよ!
いやー、よかったよかった。もう嫁も来てくれないのかと思ってたからこんなにも若い別嬪さんが来てくれるなんて……」
急いでエプロンを外すとオレに目をくれながら機関銃の様に言い放ち、こちらの話なんて何も聞かずに矢みたいに駆けて行った。なんちゅうバワフルなおばちゃんなんだろう。
そのおばちゃんの姿が見えなくなるまで立ち尽くしていたオレとおっさん。中々迫力があったよ。うん。なんであんな凄そうなおばちゃんからこんなに頼り無さそうなおっさんが……。
ん? 何か違和感があるんだけど……いや待てよ? おっさんの母親ならもっと年をとっていてもいいはずだよね?
なんでまだおばちゃんくらいの年齢なんだ?
四十歳のおっさんの母親なんだから、二十歳で産んだとしても六十歳。どう見てもあのおばちゃん、そこまでの年齢には見えないよなー。
ちょっと不思議に思ったのでおっさんの顔を不審そうに見あげる。
養子? 貰い子? いやいや、あれだけ顔の作りが似てれば親子意外にないと思うし。うーむ、よく判らない。
すっげー若作りなおばちゃんなのかな? まあ、所詮はおばちゃんだけどさ。
「どうしたんだい? 不思議そうな顔をして? まあいいか。じゃあ、着いてきて」
「は、はい。ではお邪魔しますね」
まあ、いいか。とりあえず、酒のせいで眠いから早くベッドに入りたい。
はあ、こんなところまで着いてくるなんてオレも危機感足りてないなー。たぶん心の奥底で誰かと関わっていたかったからなんだろうね。
そう思うとおっさんの後を着いてったのだった。
◇
ベッドの上で上半身だけ起き上がりまわりを見る。知らない部屋だ……。ああ、そっかおっさんの家かー。
部屋にある掛け時計を見ると午後の五時を指している。カーテンの隙間から洩れる西日がもう夕方なんだと認識させてくれた。寝たのが朝の七時頃だったから十時間は寝たのか……。疲れてたからなあ。
ぼーっとした頭でとりあえず頭を掻いて、そのままごそごそと下着に手を突っ込むと指先で筋をなぞって確認してみる。うん。何もされてはいないな。
おっさんを信用していないわけじゃないけど、とりあえずは睡眠って無防備だからさ、確認だけはしてみたんだ。
本来なら起き抜けにいじって遊ぶんだけど、ここは他人の家だし、何があるのか判らないからやめておこうかなー。で、でもいじりたいなー。うう、ダメだ。いじってる最中に誰か来たら恥ずかしさで死ねるレベルだからやっぱりやめよう……。
さて、おしっこおしっこ……。オレはベッドから起き上がり、部屋から出ると寝る前に聞いておいたトイレへと急いだ。
部屋へと戻って、いくらかの時間を考え事に費やしている。やっぱり考え事の内容は勇者様の事。
まさか捨てられるとは毛ほども考えていなかったから、やっぱり絶望感はすさまじい。戦力外通告を受けたのが昨日の朝。あれからまる一日も経つのかー。
ううぅ、泣けてくるなぁ。
思い出すと目に大粒の涙が何度も何度も出来上がり頬を伝って流れ落ちる。
美少女の涙なんだぞ! 値千金なんだぞ! そんな事を考えたんだけど頭でイメージした勇者様は一言も答えてはくれなかった。
やっぱりまだまだ心の傷は癒えてはいないみたいです。
ドンドンと部屋の扉をノックする音が聞こえる。誰だろう? おっさんかな?
「はーい」
「俺だけど、開けてもいいかな?」
「はい。どうぞ」
そうオレが言うと『がちゃり』と扉が開いておっさんが入ってきた。昨日とおんなじ格好だなー。服装のセンス無いよね。このおっさん。
「おはよう」
「おはようございます」
おっさんを見ると今朝のおばちゃんの嫁云々の話が横切ってなんだか意識してしまうのか中々話をする事が出来ない。おっさんの方も似た感じなのか目がキョドってるし。
でも考えてもみてくれよ。オレ十三歳、おっさん四十歳。これでくっついたら年の差なんてもんじゃないぞ!
って言うかありえない! オレはまだまだ勇者様のことが気に掛かっているからそんな事はまずありえないんですよ!
ま、まあいいや。とにかく何か話そう。えーっと……何を話そうかな。
「おじさん、どうかしましたか?」
「え、いや、食事が出来たから呼びに来たんだよ」
おおお、お昼御飯ですかー! そう言や昨日もお酒ばっかりでまともなご飯なんて何も食べてなかったから、食事の話なんて聞くと急にお腹が反応しはじめましたよ。
「ああ、ありがとうございます。お腹も空いてたところでした!」
「そっか、じゃあ食堂へ行こうか」
「はい!」
食堂に辿り着くと中くらいのテーブルにパンとスープ。それと真ん中に鶏肉の蒸し焼きがデーンと鎮座していた。美味そうです。お腹の虫が何かを言いたそうですけど我慢我慢。
こんなところでお腹が鳴ったら、早く食べさせろって言ってるのと同じですから。
「ミコちゃん。朝は早とちりしちゃって悪かったわねー。あっ、ミコちゃんって呼んでもいい?」
「あ。いえ。どうぞ好きに呼んでください」
おばちゃんは椅子に腰掛けるようにと手で勧めるとそんな事を言ってきた。オレはちょっと遠慮しながら椅子に座るとハンカチで昨日の汚れている服を隠す。だって恥ずかしいじゃん! 年頃の女子が汚れた服をそのまま着てるって最悪だと思うんだよね。元のオレがそんな女子を見かけたらゲンナリするし。
「じゃあ、揃った事だし頂きましょうか?」
待ってました。お腹ぺこぺこなんですよ! うはっ、このスープうめえ! 鶏もうめえ! パンと一緒に食べてもうめえ!
ぎゃあああ、思考が変になってる!! でもうめえ!
「とても美味しいです! おばさん料理お上手なんですね!」
「そうかい。ありがとう。そう言ってくれると嬉しいねー」
とても和やかな時間が過ぎていく。
食事中に聞いてみたんだけど、今はこの広い家にはおっさんと、母親のおばちゃん。それと執事にメイドしか住んでいないんだって。
それとおっさんには妹がいたんだけど病気をこじらせて十代の若さで亡くなってるんだって。だから実質家族はおっさんとおばちゃんだけ。ああ、おばちゃんの連れ合いも十年前に亡くなってるんだそうな。
この和やかな時間を利用してオレは朝に疑問に思った事を聞く事にした。おっさんの母親ならもっと年をとっているのが自然だろうから不思議不思議で。
聞いてもいいのかと戸惑ったけどやっぱり好奇心には勝てないんだ。
「ああ、その事かい。それはねー。あたしがエルフだからだよ。ほらこの耳で判ってもらえるかい?」
「え? えええ!?」
あまりの事に驚いて椅子を『ガタン!』なんて言わせてしまいました。エルフってもっとこうスマートで美形で繊細な心な生き物じゃないの?
ハーレム要員のひとり、アリアさんがまさしくその類だったから。
でも、おばちゃんはスマートの逆のビア樽で、美形……は年を重ねているから判らないし、繊細とは程遠い様に見えるんですけど。これでも耳が尖がってるからエルフなんだ……って事は! おっさんもエルフだったりするの!?
そう思い起こすと首が風を切っておっさの方を向く。その視線にびっくりしたおっさんは手を振り回して『違う違う』って大げさにアピールする。
「ああ、ローレンスはハーフエルフだよミコちゃん。あたしの連れ合いが人間の男だったからね。この子も半分はエルフなんだよ」
「で、でも耳が普通です……よ?」
恐る恐る耳について聞いてみる。
「この子は父親似だったから」
「父親に? 超、おばちゃんに似てるんですけど! 体型から何から!!」
「そんなにうちの子を褒めないでおくれでないかい。照れるじゃないか」
顔を真っ赤にしておばちゃんがデレてるんですけど。どうすればいいんでしょうか。
それとさおばちゃん、褒めてはいないんですよ?
話は変わって今は街中で話題の勇者様のお話。魔王をやっつけて凱旋したのが一ヶ月前。王宮に招かれた勇者様はそこで恩賞に領地と爵位、それとお屋敷を頂いたんだよね。そしてそのお屋敷で楽しい日々を過ごしていたんだけど、昨日の祝宴会の帰り道に……。ううぅ。
ちょっと涙目になるけど『グッ』と堪えるんだ! よ、よし悲しみの波を堪えたぞ!
「そうそう、なんでも勇者様のところの眷属様がひとり追い出されたなんて噂が立っていたねー。その眷属様が中央通りを泣きながら歩いている姿を見た人がいるんだってさ」
あー、それオレの事だわー。いやー、もう噂にもなってるんだねー。
「眷属様って大陸各地から来た女の子なんだろう? それをほっぽり出すなんて勇者様も鬼だねー」
あは、あははは……。田舎にも帰ろうかとしたのですけど、この間顔見知りの行商人さんに会った時、オレの居た孤児院が無くなっちゃったって話しを聞いたからねー。オレの居場所なんて無いんですわ。
◇
「あ、あのお願いがあるのですけど聞いて頂けませんか?」
夕ご飯が終わってお茶を飲んでいる時、とりあえず行く宛ての無いオレはこの家族にお願いをする事にしたんだ。
たぶんこのエルフのおっさんとおばちゃんは悪い人ではないみたいだからちょっとの間、仕事と住む場所を確保するまでの間、部屋を借りられないかと思って。
「いいよ。言ってごらん?」
「ご迷惑でなかったら、しばらくの間部屋をお借りできませんでしょうか? 仕事と住む場所が見つかるまでの間でいいので。家賃だって払います。だから置いては頂けませんか?」
「なんだ、そんな事かい。自分の家だと思って住めばいいよ。遠慮なんてしないで!」
「うんうん。そうだぞミコちゃん。ここに住めよ」
「あ、ありがとうございます。助かります! じゃあ、当座の家賃は金貨一枚でいいですか?」
そう言って勇者様のくれたお金袋から金貨を一枚取り出しておばちゃんの前に置く。金貨一枚は日本円にすると十万円くらいの価値。手付けとしてはこれくらいあればいいんじゃないかな?
「あらやだ、そんなお金なんていらないのに……でも、そうかい? じゃあ遠慮なく頂いておくよ」
お金を受け取ってくれてよかった。このままずるずると好意に甘えてると、いつの間にか嫁にされかねないからね。
「じゃあ、部屋はさっきの部屋に住んでおくれ。あとは家事も少しはやってもらおうかしら?」
「はい。家事は得意です! いつでもやりますので!」
オレは笑顔でそう言うと、食べ終わった食器類を食堂から台所へと持って行くのだった。ちなみに台所は食堂の隣にありました。
後で聞いたのですけど、掃除や洗濯、食事の用意や後片付けなんかは雇っているメイドさんがやってるから『あんまり仕事を奪わないように』なんて言われてしまいました。
じゃあ、家事って何? って思い聞いてみたらゴミの処理の事を言うんだそうです。これだけは家族の者がやるんだって。そこまでしてもらってるのなら全部やってもらえばいいのにね?
あっ、ちなみに今晩のご飯はメイドさんじゃなくておばちゃんが作ったんだって。
◇
夕食後お風呂からあがると、スリッパをペタペタさせながら大きな階段を昇って二階に宛がわれた部屋へと入る。
先程もここで休んでいたから判るのですけど普通の寝室ですね。十二畳くらいの広さの中には木のタンスと姿見の大き目な鏡台、こじんまりとしたベッド。それに明るい色をした木目の綺麗な机と古いピアノ。窓には水色のカーテンが掛かっている。
ちょっと女性的な部屋の名残があるからたぶん妹さんの部屋だったんじゃないかな? 十代で亡くなったって言ってましたけどどんな娘さんだったんでしょう。あの母親にあの息子だからなー。娘さんも……いやいや、娘さんは可愛い。娘さんは可愛いかったんだよ! 自分で自分に言い聞かせる。
もう、娘さんに失礼だ!
んで、今は汚れた服はメイドさんに洗濯してもらっているます。だからパジャマがわりに大きめな白いワイシャツを着ているんです。ああ、下着は風呂場で容赦無く洗いましたよ! マナー違反だけど二日もはいていたから匂いとか移ってると恥ずかしいから。
あーあ、お屋敷のオレの部屋のモノ。どうしてるかなー? 下着とか普段着はあそこに置いてあったんだけどなー。
明日は普段着と下着を買いに行こうかな。
そんな事を考えながら部屋を歩き回っていると姿見に辿り着く。姿見に映るオレは風呂上りで上気している様でほのかに色っぽい。クリーム色の髪がまだ濡れているせいかな?
うーむ。自分の姿を見てるんだけどなんだかすっげーエロいわ。ワイシャツ以外はお又に三角形の白い布をはいてるだけだもんな。しかも、その白い三角形がワイシャツの裾からチラチラと見えて特にエロい。
うーむ。どう見てもいい女だよなー。可愛いよなー。なんでこんないい女を捨てちゃうんだよ勇者様ー!
それから時間を掛けて髪を乾かすと、ようやくベッドに横になる。目を瞑ると昨日の事が映像とともに蘇ってきた。思い出したくも無いのに……。
ううぅ、勇者様ぁ。
ぐすぐす言いながらしばらくするといつの間にか意識を夢の中へとシフトしていったのだった。