05 続・続・酒場
おっさんの背中に隠れて顔だけ出すオレ。そして四人組に向かって『べー』って舌を出して挑発する。普段はこんな挑発行為なんて絶対にしないよ? 恨まれるのも嫌だから。
でもさ、今のオレってば酔ってるからね。仕方ないね。
「お、おいおい。君困るよ。そんな風に挑発したら収まるものも収まらなくなるじゃないか」
地味な白シャツに地味な皮のベスト、そして更に地味な茶色のズボンのおっさんが言う。
うーむ。全てが地味だねー。
「いいの、いいの。だっておじさんが私を助けてくれるんでしょ?」
背の低いオレが上目遣いにおっさんを見上げながらお願いをすると、おっさんは仕方ないなーって顔でオレの頭を撫でてくれた。
おおぉ、なんだかちょっぴり嬉しいぞ!
「いや、まあ、そりゃあ助けるって言ったからね……」
こんな風にオレに向かってつぶやくと、おっさんは頭を掻きながら肩をすくめて見せたのだった。なんだか余裕は無さそうに見えてたんだけど、じつは余裕があったりするのかな? ……いや、違うね。ただ、どうしていいのか判らないから淡々と言葉を出しているだけだね。
「てめえ、俺達に向かってそんな態度をとるとどうなるのか、判ってやってるんだろうなー? あー、お嬢ちゃんよー?」
蚊帳の外の四人組がぎゃあぎゃあと吼える。実力的にはオレに遠く及ばないけど口だけは一丁前ですね。
吼えれば吼える程、負けフラグが立つんでないかな? ケッケッケッ。
「別におじ様達が普通に楽しく呑んでれば私だって嫌がらなかったんだよ? でも、おじ様が私の体を触ってくるから。だから逃げたんだもん。私は悪くないもん!」
これは本当の話。
いくらオレが元男で、男は女子の体を触りたいのが判るって言っても限度があるからね。触りたい衝動を我慢してこそ女子ってのは男に対して体を開くもんなんだよ? たぶんね……。
あー、オレにはあんまりその事に関して自信は無いけど、たぶんそうなんだと思う。たださ、こちらの世界に生まれ変わって十三年も経つんだけど、まだまだオレってば男が抜け切れてないから、どうにもそう言った女子思考が苦手なんだ。なんとかしなきゃとは思っているんだけどね。
それでも去年の春に初潮が来てからはだいぶ変わって女子寄りな思考に変化したって思う。まあ、アレを体験しちゃうと大きく変わるのは仕方ないよね……。
そうこうしている内にこの店の中でちょっとした戦いが始まった。
オレを筆頭にみんな酔っているからね。大暴れするにはもってこいの環境なわけです。
奥の方では、店の中を壊さないかとさっきのマスターが心配そうにハラハラしながらこちらを見ている。ごめんね。店は極力壊さないようにするからさ。
「コラッ、おっさん! 姫を守るナイトのつもりだろうが、木偶の棒は木偶の棒らしく一発で沈めってのっ!!」
浅黒がおっさんに殴りかかろうと突進してくる。そしてそのままおっさんの顔を殴りぬいた。
突進のパワーとパンチ力で目の前のおっさんが吹っ飛ぶ。吹っ飛んでカウンターに並んでいる椅子へと背中から勢いよく突っ込んでいった。
太めのおっさんが吹っ飛ぶんだ。そのパワーは相当なものだろう。
うっわー。このおっさん弱いなー。ケンカなんてした事も無いんだろうから当たり前なんだろうけど、やっぱり弱いわー。
「おい、お嬢ちゃん。お前を守ってくれるおっさんはいなくなったぞ。今なら俺達の相手をしてくれるって言うのなら水に流してやってもいいけど…………ああ? 何だ? 何が可笑しい?」
「あはっ、あははは、あはははー! あー、可笑しい。ねえ、おじ様達。私を守ってくれるおじさんはまだまだスタミナ十分みたいだよ?」
オレの後ろの方でのっそりと起き上がるおっさん。その体にダメージはほとんど無く、ケロリとした態度だ。そしてそれを見た四人組の男達はちょっとした戦慄を覚えたようで、顔が引きつっているのが判る。
「あれ? 頭から突っ込んだのに全然痛くないぞ? 感覚が麻痺したのか?」
おっさんも不思議そうに自分の体をさすって確認してる。
じつはさー、事前にちょいと光の精霊の力を借りてダメージ遮断八〇%の上級魔法をこのおっさんに掛けていたんだよね。だから今のこのおっさんは、ちょーっと強いかもしれないよー?
直接ダメージ八〇%もの遮断だからねー。ここまで強力な魔法だと一分くらいしか持続はしないけど。
えっ? 重ね掛けすればいい? そりゃそうだけどこの四人組はそこまでする相手じゃないと思うから、いらないんじゃない?
まあ、でもここで暴れられると店にも迷惑が掛かるから、もう一つくらい精霊魔法でおっさんをフォローしますか。
そう思うと誰に聞かれる事も無い程の小声で呪文をつぶやく。そしてその完成した魔法を対象に掛ける為、四人組の目を射抜く様に見る。
するとオレの魔法に掛かった四人組はいっせいに震えだし恐怖に引きつった表情を浮かべながら後ずさり始めた。
「ひ、ひいいぃ! ま、待ってくれ。俺達はもう何もしない! だから……帰るーー!」
「おおい! 待ってくれ! 置いてかないでくれー!」
「俺達が悪かったー」
「うわああああぁぁぁ!」
四人組は算を乱すと我先にと店から逃げていった。
ポツーンなんて音がしそうな店の中。おっさんとマスターの二人は呆然と今の光景を見ながら何かに化かされたのではないかと思うくらいに拍子抜けをくらっていた。
「ど、どうしたんだ彼らは?」
「たぶん、おじさんのタフさに恐れをなして逃げてったんじゃない?」
一応はそう言ってあげた。でも、今のはオレの精霊魔法だったりします。闇の精霊の力。相手の心に恐怖を一時的に植えつけるとてもやっかいな魔法です。
どんなに強くても恐怖に心を覆われたらいつもの力なんて出せるわけがない。それで四人組に何だか判らない恐怖を植えつけてパニック状態にして追い払ったとこう言うわけ。
まあ、その場でおしっこ洩らさなかっただけ偉いんじゃないかな?
四人組の対精神力・対魔力でオレの魔法をレジスト出来るのならこの『恐怖』に打ち勝つ事も出きるんだけど、どう考えてもオレの精神力と魔力の方が上なので、哀れ四人組は全員恐怖のずんどこへと落ちてしまいましたとさー。あはははー。
◇
あれから三時間くらいは経ちました。もう午前様だね! この酒場のマスターは二交代制なのかさっきとは別の人がやっています。そして未だにこの酒場のカウンターで呑んでいるオレ。そして隣にいるおっさん。店の方もこれまた賑やかになってきまして、今は満員御礼な状態です。
ワイワイガヤガヤと騒々しいけど酒場ってのは得てしてこんなものだからいいんじゃないかな。
なんで隣におっさんがいるかって? そりゃあ、おっさんに助けられたお礼にとオレが奢るって事になったからですよ。って言うかさ、この店に入ったのがお昼過ぎだからもう彼此半日くらいは滞在している計算です。酔ってはいるんだけど眠気はまだ全然こない。魔王討伐の祝宴の晩にたっぷりと寝たからかなー?
ううぅ、それ関係を思い出すとすっごく落ち込んでしまう。だから笑顔でおっさんに何度も話をしてるんです。嫌な事を忘れる為に。
「おっさんはさ、なんでそんなに太ってるの? 裕福なの?」
「いや、裕福……なのかな? 一応実家は農家の差配をやってるからそれなりには食べていけてるよ」
汚れたキャミとスカートが恥ずかしいのでハンカチをその部分に置いて隠しながら会話中なのです。もうさ、汚れが気になって気になって。どうせならあいつらにクリーニング代を請求すればよかったな。もう遅いけど……。
「へえ、農家ですかー。牛とか馬とか羊とかいるの?」
おっさんの話に殊更驚いてあげると気を良くしたのか口が滑る様に饒舌になる。
男の人は女子が興味深げに聞いてきたり、オーバーに驚いてやると、すっげー嬉しそうにするから単純なんだよね。でも、今のオレにはその単純さが羨ましかった。
それに、このおっさんが喜んでくれるとなんだかこっちも嬉しくなってくるからお相子なんだろうね。
「酪農はしてないから耕す時に使う牛と馬が少しかな。あと鶏とか。そんなに大規模な家畜業はやってないな」
「じゃあ、作物一本なんだね」
「ああ、そうなるね」
どうでもいい楽しい会話は宛も無く続いている。
んで、まあ、オレには判るわけだ。男はみんな一緒だって事が。だって、会話中にも何度も視線が動くんだよ。オレの胸とかスカートの裾から見える太もも辺りにさ。それも一度や二度じゃない、何度も何度も。おっさんはチラっと気付かれない様に見てるんだろうけど、それ、女子からするとすっげー気付いてるから! ガン見と一緒ですから!!
でも、オレも見たい気持ちも判る性別だったんだからとやかくは言わないけどね。さっきの四人組とは違って好感を持てるおっさんだから。
◇
「あー。あのさー、ミ……ミコちゃん? えーっと……と、泊まるところは決めてるのかい?」
「うーん。じつは決めてないんですよね。どこかいい場所あります?」
名前は呑み始めたときに教えておきました。設定としては、田舎からこっちへ出てきたばかりでこの街の事は何にも判らないって体です。勇者様云々は隠してますけど。
「あー、じゃ、じゃあ、うちへ来ないかい? わりと大きな家だから寝泊りするスペースもあるからさ?」
「えー、どうしよっかなー?」
こちらをチラチラと見ながら恥ずかしそうにそうオレに言ってくれるおっさん。このおっさん、絶対童貞だろう。だって昔のオレ臭がプンプンするもんな。
まあ、いいか。ちょっとこのおっさんにも興味出てきたし、実力で考えるとオレのが圧倒的に強いから悪さも出来ないだろうしね。
「い、嫌かい?」
「判ったよおっさん。一晩ご厄介になりますね」
「え……? お、おおっしゃー!」
周りの事も見ていないのか、大きな体をゆすりながらガッツポーズをするおっさん。
オレがいる事がそんなに嬉しいのか? そんな風に考えると必要とされているんだって思えるから途端に嬉しくなる。嬉しくはなるんだけど冷や水を浴びせられた様な嫌な事も同時に思い出してしまうんだ。そう言えば勇者様ってあんまりオレの前では嬉しそうな顔を見せた事が無かったな……って。
ハッとして頭を大きく振って嫌な事を消そうとする。
はあ、おっさん……? じつはオレさっき捨てられたんだよ? 拾ってきた猫みたいに……。こんなんでも一緒に呑んでていいのかなぁ?
嫌な事を思い出すと、そのまま気分まで落ち込みそうになる。
だから明るい声を出して気分を上げよう! うん。そうしよう!
「でもまだ呑み足りないから付き合ってくださいね!」
「判ってるって!」
そう言うと同時にオレとおっさんはブランデーの入ったグラスを『カチン』って重ね合わせるのだった。