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03 酒場

 この酒場のマスターに何杯目かになるエールを注文する。

 もっともっと呑むんだ! 今のオレは心が痛くてとてもつらいんだ。だからバカになるくらい呑まないとこの気持ちを静める事が出来ないんですよ。


 下を向いてさめざめと今迄の事を思い起こしていくんですけど、やっぱりちょっと理不尽だよなーって心の奥底では思ってしまう。まあ、勇者様には重要なのかもしれませんけど名前を呼ばずに称号で呼んでいたからって『出て行け』はないですよねー。

 勇者様本人が嫌だって言うのですから諦めるしかないのですけど、『これからは名前で呼んでくれよな! キラっ!』でいいんじゃないか? それでもわざわざオレの事を追い出すなんてよっぽどオレが目障りだったのかなー。ううぅ……泣けてくるよもう……。


 んー? 頼んだエールがまだ来ないんですけど? マスター、サボっていやがりますね。もう!


「あのー。まだ私の頼んだエールが来てないんですけどー! ほらこのコップ見てよー。何にも入ってないんだよー。えーっと、何か? この店は客にエールのひとつも出さないんですかー!?」


 カウンター越しにマスターの方を見ると、オレはニヤニヤしながら飲み干したコップを裏返しにして何も入って無い様を殊更にアピールする。

 管を巻いているオレの呼びかけに応じたマスターは少し眉をひそめるとカウンターの内側からオレにやさしく諭す様に言葉を紡ぎ出した。


「お客さん。悪いことは言わないからもうその辺にしてはどうだい? 顔も真っ赤になっているし目だってとても眠そうだよ? それにさ、お嬢ちゃんみたいな別嬪さんがひとりで酔いつぶれちゃ、この後何をされるか判ったものじゃない」


「へーきへーき! もーっと、じゃんじゃん酒をくだしゃいよー。今日は色んな事があったから呑まないとやってらんないんだよー!」


「しかしなー」


「だからへーきだってば。早くエールを頂戴よ! 大盛りでね!」


「まったく最近の若いもんは……」


 しかめ面で文句をひとつ呟くと、エールをコップに注いで『お待ちどう様』なんて言ってからオレのカウンターの前に置いてくれた。


「うはー。キター!」


 そう言って両手でコップを落とさない様にして口先へと持ってくると、そのまんまゴキュゴキュゴキュと呑み始めた。


「っぷはーーー!」


 っぷはーーー! 美味い! 五臓六腑に染み渡るよー!


 オレの体質が変なのか判らないんだけど、じつはオレってすっごく酔っ払いやすい体質なんですよ。だからすぐに顔が真っ赤になるし酔うとへべれけになって気が大きくなるんだ。でもね、それだけじゃないんです。酔っ払うんだけど酔いつぶれる事はあんまりないんですよ。だから酒に強いのか? それとも弱いのか? 意外と判断の難しい体なんです。


 まあ、オレの体質の話はいいや。それよりもこの店だよね。

 わりと良さそうな店だなー。古い建物だからピカピカじゃあないけどさ、ところどころシックな趣があって薄暗い店内の雰囲気をよく出せてると思う。

 そんなに広くもないしオレが座っているこのカウンターも椅子が……ひーふーみーよーいつむー……。六席しかないし、テーブル席だって四人掛けのテーブルが三っつしかないから満員でも二十人ってところだね。


 んで、今この店にいる客はオレと、カウンターの反対側に居る常連らしい太めのおっさん。それにテーブル席の冒険者らしい中年の四人組の団体さんの三組だったりする。しかも女子はオレひとりだよ。オレひとり。もうこのシチュエーションは逆ハーって奴ですか!?

 まあ、そんな事はないんだけどさ。

 

 そのテーブル席の四人組がやたらとオレやおっさんに聞こえる様に武勇伝を肴に呑んでいるんだ。西にある古代の塔を探索した時に付けた傷だとか。魔物との戦いで受けた傷だとか。たぶん四人組はおっさんじゃなくてオレに聞いて欲しいんだろうなー。女子に俺たちの凄いところを聞いて欲しい。そしてあわよくばお持ち帰りしたいってか?

 オレがそんなに単純に見えるのか? って言うかお前ら傷の話ばっかじゃないか。戦い方が下手なのではないんですか?


 ずーっと無視を決め込んでいたら、痺れを切らした四人組の浅黒い肌の奴がこちらへと近づいて来た。ニヤニヤと笑いながら来たそいつは、オレの座っている椅子を強引に回転させて自分の方を向かせてから話しかけてきた。

 なんちゅう強引な奴だ。


「おいお嬢ちゃん。おおぉ、可愛いじゃねーか! な、なあ、どうせ俺達の話聞いてたんだろ? どうだ一緒に呑まねーか? もっと色んな冒険の話をきかせてやるぜ!」


 うわー、面倒くさそうだー。こう言う時は店側に何とかしてもらおうとマスターの方を向く。でもマスターは面倒な客が来たと思ったのか、顔をこちらには向けずに一心不乱にグラスを磨きに磨いている。そんなに磨いたらレーザー光線でも射てる様になるんじゃないのか?

 しかし男はいつまで経っても男だよね。中年くらいのいい大人が、自分の子供くらいの年齢にしか見えないオレにご執心なんだからさ。まあ、オレだって元は男なんだから判らないでもないけどね。


 だとしても面倒なのはかわりが無い。だから……。


「いえ、結構です」


「えー、いいじゃねーかー。お嬢ちゃんだって俺達みたいな冒険者が守っていれば怖い事なんて無いんだからさ」


 やんわりと断るんだけど見事に食いついてくる浅黒。

 守ってくれるなんて言うんだからと、ためしに浅黒の装備品を見てみる。えーっと、使い古された皮のヨロイと普通のロングソードですか。まあ、装備品でとやかくは言いませんけど街で売ってるレベルなんですね。

 あちらの三人の装備品も市販品ですね。この浅黒が戦士で残りの三人全員が暗黒魔術師……って、なんと言うバランスの悪いパーティーなんでしょう。攻撃特化過ぎますよ。


 バランス悪いんだろうなー。魔物と戦う時大変なんだろうなー。

 暗黒魔術師が三人もいれば高火力なのですから一撃でやっつけられるくらいの敵だったら連戦連勝で、これ程楽なパーティーは無いと思うんだけど、そうは上手く行かないのが世の常。なんか同情しちゃう。

 彼らの事を思うとなんだか人事ながら泣けてきちゃいました。はあ、少しくらいは話を聞いてあげますか……。ただ酒呑めそうですし。


「はいはい。勿論おごって下さるんですよねおじ様?」


 まあ、オレだって元は男だ。女子が一緒に呑んでくれるだけですっごい楽しくなるのは判るよ。だから感謝して下さいよ。貴方達と一緒にいてあげるんですから。


「よっしゃー。そうこなくちゃ! ささ、こっちだこっち」


 浅黒はそう言うと凄い満面の笑顔を浮かべてオレを自分達のテーブル席へと誘導してくれた。あははは。なんだかこうまでしてくれるとお姫様になったみたいだよ。なんだか嬉しくなるなー。


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