23 魔王討伐隊の初日
うっすらと寒々しい冬の天気。雪は降ってはいないけどビュービューと吹き付ける北風は厚着をしていても肌に染み渡ります。寒む寒む寒む。
もう、王都から南東へとつづくこの峠道の周りの森は雪が積もっていて凍えてしまいそうですよ。でもここを通らないと『ヒノモト』国へは行けないから無理を通して突き進んでいるのです。
ホントに魔王の弟もよくもまあこんな時期を選んで新魔王になんてなったりしたもんですよ。まったく! こっちの身にもなって欲しいよ。もう。
文句を考えながら更に峠道を突き進んでいるとようやく街道らしき道へと出る。ザクザクザクと新雪を踏みしめていた音もいつの間にか土の上を歩く音へと変わっていた。
『ヒノモト』へはこうして峠道を何度も何度も越えて行かなきゃならないから大変なんです。はぁふぅ……。
「よし。今日はこの辺りでテントにするか」
先頭を歩く勇者が立ち止まって周りを見渡しながらそんな事を言う。周辺は街道を挟んでわりと広い平地みたい。周辺の森は雪景色だけどまあ、ここらへんが無難な場所みたいですね。
こんな風に思いながら彼の言葉を再確認する様に魔法の腕時計を見てみた。えーっと今は午後の三時だね。冬場だし四時半にはもう真っ暗になるからこのくらいの時間から用意するのは間違いじゃないね。
って言うか、準備するのが三十分くらい遅くね? 一時間半しか猶予が無いじゃん。余裕を持って二時間は欲しかったなー。
でもまあ、一応はその判断は勇者に任せているので普通に従う事にしました。オレも鬼じゃないから何でもかんでも否定する気はないしね。
「じゃあ、ラルガさん、テントの組み立てをお願いします」
勇者はラルガさんにそう言って頼みます。年長の二十一歳のラルガさんには勇者だとしても下手に出る。流石は年の功です。本当はエルフのアリアさんの方が断然年上ですけど、これは言わぬが花。
「よしきた! ルーデとアナスタシア、手伝ってくれ」
「ハイハイ、判ってますって!」
「判った……」
防寒装備の軽鎧を着たラルガさんを先頭に、これまた暖かそうな黒いダッフルコートを着たアナスタシアさんが一緒に広場の中心へと歩いていく。その後ろから上半身は温かそうなコートを着てるけど下半身は緑色のミニスカートを履いたルーデロータさんが着いていきます。
エミカさんの魔法の皮袋から大きなテント用の袋をひとつ。小さめのテントの袋を三つ取り出すと三人で手分けしてテントを作り始めた。
それにしても寒そうなのはルーデロータさん。下半身がミニスカだけってのはどう見ても寒そうです。
前世での冬場の女子高生も太ももを真っ赤にしながら寒さに震える足で短いスカートを履いてたから、女子ってのは強いんだなーなんて思ってたんだ。もしかすると今のオレだって女子なんだから、寒さを我慢しながらおしゃれに気を使って短いスカートでも履いてやらないとダメなのか? なーんて考えるんだけど、寒すぎて白のロングスカートで妥協しちゃいました。てへっ!
まあ、おしゃれは我慢って言いますし、ロングだとしてもスカートならおしゃれのうちに入るよね!
「美衣さん達は薪を拾ってきて」
「はい。じゃあ行きましょうかエミカ」
「んだな。したら森ん奥のあたへんまで行ってみっか」
東方組も勇者に薪拾いの任務を言い渡されるとそのまま広場の奥にある森まで入っていった。
仮にもこの『魔王討伐隊』のメンバーですし滅多な事でやられる事はないでしょう。
テントの組み立てに薪拾い。先回までは鹿とかの動物を狩るメンバーも必要だったのですが今回は冬。まあ、動物はだいたい冬眠中でしょうから狩りなんて無理でしょうね。ですからアリアさんみたいな狩人はやる事が無さそうです。
他には……。
シャーリン様とエルセリアさん。このおふたりは貴族令嬢様なのでまず生活の知恵とかそういった類の事は出来ませんし……。先回の旅では、実質このふたりは『食べて寝て戦う、食べて寝て戦う、食べて寝て……』の繰り返しでしたから……。
コロンちゃんは先回、採集してきた薬草とかきのこや山菜を賢者スキルで鑑定してくれてました。でも今回は冬場。やはり何も出来そうにないですね。
そしてティルカさん。じつはこの人って結構大雑把なんですよね。大雑把なのであんまり旅路の役にはたってくれません。どっかんばっかんするのが好きみたいですし。ですから高火力の暗黒魔法のエキスパートになれるのかもしれません。
って事で、アリアさん、シャーリン様、エルセリアさん、コロンちゃん、そしてティルカさんは今回の旅の生活面ではあまり役にたたなそうです。
貴族令嬢様方と大魔道士の三名は元から役には立ってませんでしたけど……。
あとは炊事当番ですか……。
「ミコ?」
「はい。なんでしょうかレオ様?」
そら来た! どうせ今回もオレが炊事当番なんでしょ? 前回も調理から洗い物まで全てやらされていたからね。他のメンバーの誰もが調理が出来なかったから仕方無いって言えば仕方無いんだけど、今回もやらされるんでしょうねー。
そうそう、洗い物と言えばみんなのパンツとかブラジャーの洗濯も請け負いましたから個人的には役得でしたよ。ちょっとシミとか付いてる下着はハアハアしながら洗濯したものです。
「あー、えーっとミコはいつもの様に夕食の支度をしてくれないか……?」
「……はい。判りました」
勇者パーティー総勢十二名。その中で調理の出来るメンバーはひとりだけ。
もちろんオレの事ね。
ああ、ラルガさんだけはほんのちょっと調理は出来るみたいですけど豪快で大味な食べ物になってしまってみんなからは不評でした。
オレはあの豪快な串焼きとかわりと好きだったんだけどなー。
前回の旅では炊事洗濯、勇者の身の回りの世話……全てオレがやってたからね。
でもあの時は愛しの勇者様に色んな事をするのが嬉しくてせっせと世話を焼いてたし、調理だってみんなに喜んで貰おうとやる気は十分だったんだよ。
今はどうかって? 調理はしますよ。ええ、調理は。でもそれはパーティー間の義務でそうするのであって勇者の為でもなんでもないんで、その辺り勘違いはしないで下さいって話ですよ。
「……どうしたんですかレオ様?」
判りましたって返事をしてからずーっとこちらを興味深そうに見てる勇者。なんだ? まだなにか用事があるのか?
「ああ、うん、ちょっとな。嫌がってる様に見えてたけど俺とも普通に接するんだなって? いや……なんでもない。忘れてくれ」
「……はぁ」
普通に接してるって言うか、ただ外面で話してるだけなんですけど。
本当のオレを前面に出していた頃の感情なんてもう無くなっているのは判っているんでしょうか?
「じゃあ俺は行くから、調理頑張ってくれ」
そう言って勇者はにっこりと微笑むとそのまま別のメンバーのところへと歩いていった。
うーむ、嫌いなオレとそんなに喋るなんて、いったい何のつもりなんでしょう。ちょっと意味不明すぎて不気味です。まさか縁りを戻そうとか思ってるんじゃあないだろうなー。
今更嫌ですよ。オレは。
◇
「じゃあ、私が火をおこしますわ」
オレと美衣さんとエミカさんで火をおこす準備をしていたら、何を思ったのかいきなりティルカさんが東方組のふたりが集めてきた木の枝や枯れ葉に向かってファイヤーボールを…………って待ってー! そんな強烈な魔法を使ったら!! ああぁっ!
そんなオレの心の悲鳴などまったく意に返さず、物凄い音と共にティルカさんのファイヤーボールはせっかく集めた葉っぱに着弾し、そのまま放射状に爆発が広がっていった。どっかーん! ばっかーん! なんて爆音を出しながら。
案の定、木の枝や枯れ葉どころか辺り一面が真っ黒焦げになってしまいました。
どうすんだこれ……。
「ティルカ、こう言う器用な作業はミコに任せる事に決まっていたじゃないですか。それがどうして貴女の分担になったのですか?」
「ご、ごめんなさい。私も役にたちたかったんです」
エルセリアさんに叱られたティルカさんは放射状に焦げ跡のついた辺りを眺めてしょんぼりとしゃがむ。おしい。この角度ではスカートの中が見えない。こんな時でもスカートの中身が気になるオレって、もしかすると凄いのかもしれない。
って言うかさ、暗黒魔法のファイヤーボールで火をおこそうとしないでくれって言うんですよ!
火力が強いなんて表現じゃきかないくらいに大きな火球になるからさ!
ティルカさんの失敗からすぐに火をおこしたラルガさん。やっぱサバイバルの名人は凄いなー。流石はAクラス冒険者です! 頼りになるお姉さんだなー。
惜しむらくは背が高くて大人でナイスバディなところかな。これで小柄で背が低くてお子様体型ならオレのドストライクだったんだけど。
仕方ないね。
さて、では火もついた事ですし調理を始めますか。
「今日は野菜のスープと鹿の干し肉にしますね」
寒いから温かいスープと体力を付ける為の蛋白源たる鹿の干し肉。メニューとしてはわりと簡単ですしそもそも定番ですよね。
鹿の干し肉は冷たくなってますから堅さが一層増してると思います。でもその辺は火に炙ったり、スープに入れて柔らかくしたりと各自でやってもらいましょう。
そこまでオレがするのはさすがに面倒だし。
「こんな冬の真ん中じゃ獲物もいないだろうしな。ミコ、それでいっちゃってくれ」
「はい。ジャガイモとかニンジンみたいな根菜はたくさん持ってきてますからね。それで作りますよ」
ラルガさんにそう言われるとオレは返事をしてから魔法の皮袋の紐をゆるめてまな板と包丁、それに大きな鍋なんかを取り出す。
そして精霊魔法で生み出した水を使って一通りそれらを洗う。それらを一通り終わらせると、左手で持った丸々としたジャガイモの皮を剥きはじめた。
うう、寒い寒い。手が凍えそうだよ。でもなー、皮を剥くなんて事、この中のメンバーは誰も出来ないんだろうなー。仕方が無い、オレがやるしかないな……。
くぅぅ、水作業だから手の感覚が! いくら焚き火があるって言っても外気が寒いからどうしようもない。たまらず火と水の精霊に頼んでおなべにお湯を並々と浸してもらうと凍える指先と手をお湯の中へと突っ込んだ。
「はあぁぁ。いいわぁ。お湯いいわぁぁ」
うん。声まで出てくるくらいに温かい。意識せずに声が出るのはオレが女性だからなのかな。夜中にひとりで布団の中で弄って遊んでる時も勝手に声が出るもんなー。
だいぶ温かくなったのでおなべのお湯から手を取り出してタオルで手に付いている水分を拭き取る。水気が付いてるとまた冷たくなるから全部拭き取らなきゃ。
よっし、じゃあジャガイモと人参も素早く皮を剥いてしまおう! もう凍えるのは嫌だからね。
◇
夕方をとっくに過ぎてとっぷりと暮れた夜の星空。星が見えるって事は雲が無いんだから放射冷却現象で更に温度が低くなるね。これは温かくして寝なきゃ風邪を引きそうだ。
ことことことこと。
おなべで煮えているのは、具がジャガイモと人参だけの塩とバターの野菜スープ。そして鹿の干し肉。まぁ、こんなもんかな。
「じゃあ、みなさん野菜のスープも出来上がりましたので各自でお皿に……ああ、コロンちゃん! ダメダメ。もっと深いお皿に……そうそうそのお皿がいいです。はい! 各自でお皿に盛り付けて下さいね」
「うう、ごめんなさい。ミコお姉ちゃん」
「いいんだよ、コロンちゃん。そんなにしょんぼりしないで。怒ったわけじゃないんだから、普通に笑顔でいきましょうねー」
「うん。判ったー! ミコお姉ちゃんのお料理好きだからー」
「ありがと。もう少し材料があればもっと美味しく出来るんだけど、今はこれが精一杯なの。ごめんねー」
コロンちゃんと何気ない会話をしてるとみなさんスープを盛り付けたみたい。
じゃあ、オレも貰いましょうか。木のお玉でスープをお皿に酌んでっと……うん。シンプルだけどいい匂い。自分で作ったんだけどね。
焚き火を囲んで鹿の干し肉をもしゃもしゃと食べる。硬いからスープに浸けて。もしゃもしゃ……まあ、美味しいかなぁ。贅沢を言えば切りがないからこんなんでいいんじゃない?
みんなの顔を見ると美味しそうに食べてるんだけどオレの料理なんてまだまだなんだよなー。『白雪の仔牛亭』のマスターの牛肉料理に比べたらまるでなってないからなー。うん。もっと腕を磨かなきゃ。
「うん。さすがはミコだ。この少ない材料でここまでやってのけるんだからたいしたもんだ」
「そうですわね。私の屋敷で料理係のひとりとしてなら雇ってあげてもいいですわよ」
もったりとしながら食べていたラルガさんに褒めらる。
それでちょっと頭を掻いて照れ笑いを浮かべるとすぐさまシャーリン様から本気なのか皮肉なのかよくわからない事を言われた。うーむ、とっても反応に困るんですがどうしましょう。
「まーた、シャーリン様ってば、ミコに対してそんな問題発言をするんだからー」
眉毛をハの字にして困っているオレを見かねてか? 脇に居たルーデロータさんにちょっとだけフォローしてもらった。まあ、とりあえずは料理したスープで文句を言われてるわけじゃないからホッと一息。みんなの口に合うのかを確かめるのも包丁人の務めだから不味いなんて言われなければ無問題ですわ。
傍らに居る勇者の方を見ると彼も普通に野菜のスープを飲んでいますし、うん。全体としては問題は無いみたいですね。よかったよかった。
食後のお茶も終わって各自それぞれ割り当てのテントへと入る。オレも六人用の大きなテントへとよっこらせと入ります。この六人用のテントにはオレとラルガさん、ルーデロータさん、アナスタシアさん、コロンちゃん、それにエルセリアさんが入ります。
あとの三つの小テントはふたりづつ入って休みます。勇者とたぶんシャーリン様。アリアさんとティルカさん。最後に東方組の美衣さんとエミカさん。こんなフォーメーションになると思いますよ。
ただ、ひとりは交代で見張るから誰かが三時間交代で起きてなきゃいけないんです。獣とかアクシデントは怖いからね。
腕時計を確認すると今は午後の九時。三時間おきなら朝の六時だとして三人交代だから、たぶん勇者・エルセリアさん・ティルカさんが今日の当番かな。オレは明日の二番手になりそう。
ああ、だいぶ眠気が強くなってきました……。そろそろ寝ようか。
さて、テント内の布団と体の置き所も確保しましたし、それじゃあ寝ますか……明日も早いですし……おやすみローレンスさん……。おやすみオレ。
魔王討伐の旅の一日目はこうして過ぎていった。




