20 ビーフジャーキー
正月明けた一月五日の朝。
ローレンスさんの家にさよならをして、お日様ぽかぽかの道をとことこと歩く。
周りはまだまだ寒いから所々に前に降った雪のかたまりなんかが残っているね。
ここの気候は前の世界で言うところの東京みたいなもんじゃないかな? たまに雪は降るんだけど滅多に積もりはしない。そんな感じ。かと言ってまるっきり降らないわけじゃないからそこまで南の街でもない。
だから鹿児島やその辺ではないけど札幌ほどでもない、じゃあ東京かな? っと。オレなんかはその程度の知識で言っております。
それにしてもまたあの勇者との旅かぁ。今は前の旅とは違ってはっきりと言える! 嫌だなーっと!
だってさ、せっかくのオレの好意を全て悪い方へと昇華させて、後半になればなる程オレとは話すことが無くなり、最後は屋敷から追い出した……。こんな人と一緒に過ごすのってすっげーストレスなんですけどー!
オレが名前を呼ばなかった事が遠因だってのは判ったよ。うん判った。でもさ、それでオレを遠ざけたりするかって話だよ。やっぱ、アレかなー。十一人も可愛い子が側にいたから天狗になったのかな? だってさ、絶対オレとのふたり旅だったらそんな事なかったよね?
セクロスチャンスがオレだけしかいないんだったら、どう考えてもオレに冷たくなんてするわけが無い。元男のオレが言うんだ間違いない。
だからあの勇者は天狗になってしまったんだ。『こんなに俺を好きだと言っている女の子がいるなら、気に入らない子のひとりやふたりは追い出してもかまいやしない』ってこう考えたんでしょう。
その筆頭がオレだったわけで、最初はすっげー泣いたけど今になってみれば本当にこれで良かったと思える不思議。あんな勇者とはもうビジネスパートナー以外にはなれないね。いや、ビジネスパートナーも本当は嫌だけど……。
「おっと!?」
考え事をしながら歩いていると道のあぜから一匹の三毛猫が飛び出してきた。こちらも驚いて声をあげたけど、相手も不意の遭遇だったらしく『ググッ』って四本の足で踏ん張って立ち止まりこちらを伺い見る。
うーむ、さてどうしようか。このままオレの前で警戒されても困るんだけど…………あっ!?
オレと対峙してるのも飽きたのか、猫はそのまま道の反対側のあぜに入るとどこかへと行ってしまった。まあいいや猫は気まぐれって言うからね。
天気が良いとなんだか猫の歌を歌いたくなりません? 特に目の前を猫が過ぎ去っていくとさ。
「ねっこだよー♪ 猫は猫だよ♪ ねっこだよー♪」
他の人がどうかは知りませんけどオレは歌いたくなるんだ。だからさっき考えた猫の歌をニコニコしながら歌う。上手ではないんだけどね。それにへんな勇者の事で頭をいっぱいにさせるよりもよっぽど有意義です。
そう言えば三毛猫ってこっちの世界にもいるんだねー。はじめて見たかも。確か三毛猫って日本以外にはあまり見ない種だったっけ。だからかは知らないけど縁起物なんだよね。
……っと、そんなどうでもいい事を考えながらそのまま猫の歌を歌って王都の城門まで目指して歩くのだった。
◇
「はい。これ」
「おう、お嬢ちゃん買い物かな?」
城門の門番へとオレは身分証を渡す。まあ、十二月の三十日から今日まで正月休みみたいなもんでしたから久しぶりっちゃあ久しぶりです。
で、この年若い門番さんなんですけど、オレのカードを見るとそのまま奥にある屯所へと走って行ってしまった。
この人あんまり見ない顔だなー。新人さんかな?
しばらくして戻ってくるとすまなそうな顔をしながらペコペコと頭を下げてくる。
「し、失礼致しました! 身分のある方とは存じませんでした! 無礼の段、平にご容赦を!」
「いえ、そんなに畏まらないで下さい……。では通りますよ」
「はっ! では街内をお楽しみください」
門番さんは敬礼をしてくるけど、こちとら軍関係者じゃないから敬礼する気にもならなくて微く笑って軽く頭を下げて中へと入った。
って言うか、そんなにオレは偉い事をしたわけじゃないんだから、畏まらなくてもいいんですよ?
いや、偉い事はしたか。魔王を倒したんだからね。
でもね、それをされると小心者なのですっごく恥ずかしいんですよ!
なんだかんだともっさりこってりと考えながらオレは街の中へと入る。中は朝の喧騒にまみれていた。牛の引っぱる荷車やら朝市の屋台やら露天。そしてそれに群がる主婦達。正月は明けたとしても生活はしなきゃならないからねー。買い物だってしなきゃならないんです。
そのまま白雪の仔牛亭へと向かった。
バン!! って白雪の仔牛亭の扉を開けて中に入る。『閉店』って看板が出てるけどお構いなしさー!
中に入るとマスターは仕込みの真っ最中です。今日の分の牛肉の切り分け、それに特製ソースを煮ているところみたい。ぐつぐつと煮ているからなのかいい匂いで店の中がいっぱいだ。
「おっ、ミコか! 久しぶりだなー。そうそう、昨日はお城から迷惑料とかミコの休んだ分の手間料とか色々と貰ったんだが、これは一体どうなってやがるんだ?」
「お久しぶりです大将。それについて今説明しますので……」
ああ、言いにくい! 言いにくいったら、言いにくい。
じつはオレって勇者パーティーの一員だったんですよー! とか言いにくい!
「えーっとですねー」
「おう、ここはひとつ俺に言ってしまいな」
ここで一区切りついたのかマスターは包丁を置いてこちらへと顔を向けた。
「じ、じつは私はですねー、勇者パーティーの一員だったりするんですよー。あははははー」
「え……? それは本当か!? そりゃ凄いな! ミコがねー、ほうほう」
マスターはその言葉に興味津々って表情でオレを眺めてくる。でも、その表情は嫌悪のそれではなく誇らしげだった。
「大将! そんなにマジマジと見ないで下さいよ! これでも一応女の子を十三年もやっているんですから! それに、そんなに見られるとちょっと恥ずかしいんですよ……」
「や、悪い悪い。ついなミコが勇者様の眷属だったなんて思うとな。悪い……」
マスターはそんな風に言って頭に手をやると『悪い事しちゃったなー』って表情をすると、材料の仕込みに戻った。
なんて言うかな、えーっと、そうそう、おっさんが若い娘を見すぎてそれがバレた時のあの表情だ。それはオレにも経験があるからそこまで悪そうにされるとかえってこっちが恐縮してしまう。やっぱ、オレの元がこんな風だったからなのか。
「それでどうした? こんなに早く。まだ出勤まで時間があるぞ?」
「ああ、はい。それでですね大将。すみませんが今日付けでここは辞めさせて下さい! すみません! 魔王が復活しちゃったので!」
「お、おう。それじゃあ仕方ねえな……。でもよ、俺もそうじゃないかとは思ってたぜ。魔王の復活の話と、昨日の城の話。それと今聞いた勇者の眷属の話。これが合わされば俺でなくとも判ろう話しよ!」
そっかー、話の筋を組み合わせればそう言う結論にはなるよね。なんとなくは判ってたんだ。
こう言ってはなんだけど、マスターはじつは頭がいいのかもしれないねー。
「はい。そう言うわけで……じゃあ、私は行きますね」
あーあ、名残惜しいな。まだ働き始めて少ししか経ってないんだけどなー。
やめるのが勿体無いよ。本当に。
「そんな顔するなって、ミコ。とりあえずお前は長期休暇って事にしておいてやるから存分にやって来い! 死ぬんじゃねーぞ!」
そう言って別れ際、袋を渡される。なんだろうこれ?
「これは?」
「そりゃあ、うち特製の牛肉の干し物だ。非常食にもなるし酒のツマミにもなろうよ。選別だ。それと今日までの分の給金。当日欠勤があったからな。その分差っぴいておいたから!」
「あははは。大将、そう言うときは給金に色付けておいたからって言うんですよ!」
「何をいってやがる。長期休暇扱いだからこれでいいんだよ!」
渡された大きい紙袋の中にはたっぷりとビーフジャーキーが入っていた。こ、これって袋が破けるんじゃないか?
マスターに見送られて店を出た。
最後まで手を振ってたなー。マスター。じつは世話を焼くのが好きだったり?
それは無いか……。
色々と帰り際に貰ったけど、このビーフジャーキーは日持ちもするだろうしちょっとづつ食べる事にしますか。でも、酒のツマミになんてしたら一晩か二晩で無くなりそうな予感もする。
うーむ、使いどころが難しいなぁ。




