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19 旅立ち

おっさんルートへとシフトしました。

 王城からの帰り道。

 みんながオレにお屋敷へと戻ってきてくれないかと提案してくれます。そりゃあ、オレの為に言ってくれているんだから嬉しいんですけどね。でもなぁ、そう言うわけにもいかないんだよなー。


「ミコ? これからどうするの? よかったらお屋敷に戻らないかしら?」


「そうだぜ。どうするも何もお屋敷に戻って来いよ。レオには私が言うからさ」


 オレと並んで歩いていたエルセリアさんの言葉に、前を歩いていた上級戦士のラルガさんが後ろを振り向いて元気に言う。どう考えても近くで歩いている勇者に聞こえるように。


「むぅ……」


 すると更にその向こう側にいた勇者が面白くないって表情を顔に浮かべた。


 たぶんラルガさんはわざと判っていて言ってるんだろうね。これからオレも含めたパーティーで旅をしなきゃならないんだから、勇者も面と向かって屋敷に住む事を反対は出来ないみたい。勇者の苦虫を噛み潰した顔を見てると何だか気分がスーっと晴れそうになるんだけど、やっぱりこんな事じゃあ気持ちが本当に晴れるわけじゃないからね。


 それにラルガさんやエルセリアさん達、みんなの好意は嬉しいんだけど……でも……オレにはもう戻るところがあるからなぁ。


「いえ、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど私にはもうお世話になっているところがありますので。それに……レオ様(・・・)も私が同じ建物にいたら嫌でしょ?」


 ハイライトを消した、まん丸な黒だけの瞳で勇者を見て感情を交えずに淡々と話します。

 オレだって、くだらない事でいちいち腹を立てて追い出す様な人とは出来るだけ一緒にはいたくないですから。


「あ、ああ。そ、そうだな……」


 オレの迷いの無い言葉に面食らったのか勇者はとてもやりにくそうです。

 あったりまえですよね。こっちは怒ってるとかそんな感情は通り越していて、もう彼に対しては氷みたいな表情でしか見れませんから。


 あー、でも、そうは言っても……勇者の顔を見てると何気に黒い感情が浮かび上がってきますねー。


 今のオレが、街から出て行けと言われて泣いて走り出した時のオレと思わないでくださいね。あの時はまだ好意の方が勝っていた為のやるせなさで泣いたのであって、今はまるっきりそんな感情はありませんから。

 一旦最低ランクにまで評価の落ちた男とたくさん話せるほどオレは出来た女じゃありませんので。


 だから、これからの旅でも出来るだけ会話はするつもりもありませんよ。







 城門をくぐりとぼとぼと歩いての帰り道。太陽が西の方向で黄色から赤色へと変わろうとしている。もう夕方だなー。

 オレはアレからすぐに勇者一行とは別れて、考え事をしながら歩を進めていたらもうローレンスさんの家に着きそうです。




 考え事していると時間の経つのが早いなー。だってもう玄関前だよ。

 ローレンスさんの家の玄関前に辿り着くと周りを見渡してみる。目に入ってくるのは玄関の扉や家の造り、農場なんかだ。

 何だかそれらが夕日に当たっているのを見ると感慨深くて泣きそうになってしまった。泣いてはならないって頭を振って感情を吹き飛ばす。そして玄関から家の中に入った。

 あーあ、しばらくこの家ともお別れかぁ。嫌だなぁ。


「どうだったんだい?」


「変な事されなかったか?」


 家の中に入って食堂で帰宅の報告をするとおふたりは心配そうにこちらを向いて訪ねてきた。あはっ、やっぱりこの家は暖かくていいなー。勇者のお屋敷とは段違いですよ。


「あははは。あのですねー、やっぱり魔王が出たのは本当だったみたい。だからね私も討伐隊に選ばれちゃった……あははは」


 ううぅ……ここから離れたくないよぉ……。

 国の命令だからおふたりは行くなとも言えないんだよね。判ってるんだ。オレにだってこれは仕方がないって事くらいはさ。

 そんなオレをローレンスさんは優しく抱きしめてくれた。あはっ、お腹が当たって気持ちいいな。







 夜。

 ベッドの中に入ったはいいけど中々眠る事が出来ない。

 色々考えても、今までやってきた事に意味が見いだせないから。だって魔王を倒したその後に一ヶ月かそこらで有無を言わさずに勇者から屋敷を追い出されたんだぜ? それなのに三ヶ月余りでまた一緒に旅をしなきゃならないなんて……。

 これはとんだ喜劇じゃないのですか?

 ああ、オレの意思なんてどこにも無いんだなぁ。


 こんな旅で、もしオレがまかり間違って死んでしまったらエルさんとローレンスさん泣くだろうなー。


 そんな事を考えるとビッグボディ家の家族を思い浮かべた。

 エルさん、絶対オレをローレンスさんの嫁にしようとしてるよなぁ。エルさんの仕草やら何やらを見てるとさすがに鈍感なオレでも判ってしまう。

 あははは、腹黒いなーエルさんは。

 でもさ、オレがこの旅で死んじまったらたぶんローレンスさんにはもう嫁は来ないんじゃないかな


 嫁かー。うーむ。オレがなれば丸く収まるのか?

 あははは。なんだ? この思考は?

 あまりにも変な思考回路にだんだんと心が締め付けられていく。


 くそっ、心が不安定すぎてすっごく辛い。誰かの側にいたい。誰かと同じベッドで眠りたい……。




 いつの間にかオレは寝間着のダボダボワイシャツのままローレンスさんの部屋の前に立っていた。

 だれも居ない廊下。冬の寒さだけが染み渡っている。

 こんな夜中だけど、余裕が皆無なオレは扉に何度かノックをした。


「誰だい?」


「…………私です。ミコです」


「どうしたんだ? こんな夜中に?」


 中に入れてくれたローレンスさん。とっても眠そうです。

 オレは部屋へと入るとそのままローレンスさんのベッドに座る。そして聞かれもしないのに大袈裟に話し始めた。気持ちが不安定だから何でもいいんだ。何でも話したかったんだ。




「……ですからローレンスさん、前より弱っちいやつが出て来たのでちょっとだけ行ってきますね」


「ああ、前よりも弱いのなら安心だ」


 ごめんねこんなにどうでもいい事をたくさん喋って。これはオレのわがままなんだから眠いのならそう言ってほしい。そうじゃなかったら、どうかオレの話を聞いて下さい……。

 ローレンスさんにはやるせなさとかもろもろの事を沢山沢山聞いてほしい。どうしてなのかは知らない。でも聞いてほしいんだ。


「それでねローレンスさん?」 


「うん?」


 口が勝手に動く。

 頭の中の内容をそのまま表に出す様に。


「嫁……なってあげようか? 他にいい人がいるって言うのなら出しゃばったりはしないけど……」


 言った。言っちゃった……。

 その瞬間オレの心臓はこれまでの生で一番大きな音を出した。ああ、そっかー。オレってローレンスさんの事わりと好きだったみたいだわ。

 そう思ったら顔も真っ赤になって、冬だというのにものすごく体が熱く煮えたぎり始めた。


「え? そんなの、いないいない」


 オレの問いにローレンスさんは一生懸命、手を横に振って否定する


「じゃ、じゃあ、私……嫁に……なってあげようか?」


 体が熱い……。眩暈がしそうなくらい頭がボーっとしてくる。


「待ってくれ! ミコちゃん。今君は魔王討伐でいっぱいのはず。だからそんな気分になってるだけだよ!」


「え? 私が嫁じゃ……嫌ですか?」


 そっかー、否定されたかー。こんな捨てられたり命令で拾われたりする女はやっぱり拒否されるよなー。

 仕方無いね……。ううぅ……くぅ……。

 急激にオレの体が冷め始めた。言葉ひとつで体の熱が変わるなんて、とても不条理だなぁ……。


「違うミコちゃんは魅力的だし、可愛い。俺だって大好きだよ! でも今のミコちゃんはちょっと違うだろ!」


 どういう事……?

 ローレンスさんの意図が判らなくてキョトンとしていると、彼は続けて言葉をゆっくりと紡ぎ出しはじめた。もう、この時にはオレの体の温度は平常に戻っていた……。


「……判った。ではこうしよう。君が魔王を退治して戻ってきてもまだ俺の嫁になる気があるのなら俺は喜んで受け入れるよ。でも君が一時の気の迷いで……」


 ああ、そう言う事ですか。今のオレは正常な判断力が無いって事がバレてるんだね。

 判ったよ。


「判ったよ。今は無理しない。その条件でいい。でも、でも、今だけは側にいてほしい。隣で寝させてもらえるだけでいいんです。お願いします。誰かが隣に居ないと……あはっ……心細くて……」


 オレってば、情緒不安定過ぎるだろう……。でもどうしようもないんだ。オレの言葉にローレンスさんは布団の中へと入れてくれた。そしてオレの頭を撫でると二人揃っていつの間にか寝息をたてていたのだった。







 朝。

 いやー、良く寝たー! ローレンスさんありがとね! この夜を乗り切ったらあとはたぶん大丈夫です。オレの女子力でなんでも乗り切ってやりましょうとも!

 そんな事を朝の伸びと一緒に考えた。そして隣のローレンスさんを起こすとふたりで食堂へと向かいエルさんも入れて朝食を頂いた。

 出発前に最後の食事だね。


 朝食後自分の部屋で荷物をまとめたオレは、ローレンスさんの妹さんに部屋を返してから階段を下りた。


 午前八時半。冬の朝は寒い。特にこう言う晴れた日は。

 外に出ると朝の日の光は眩しいんだけど寒さだけは残っていてぶるぶると震えてしまう。厚着はしてるんだけどなぁ。まあ、冬だから仕方ないね。   


「いってらっしゃい。気をつけていくんだよ!」


「気分を落とさずに見事魔王をやっつけて帰って来いよ。ここはミコちゃんの住むべき家なんだから」


「判ってますって。昨日の夜の件覚えていてね! 絶対に戻ってくるから!」


 そう言うとオレはとびっきりの笑顔で大きく手を振って、決意を新たにみんなのいる王城へと歩き始めました。

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