16 お屋敷の事情
今日はお店に来てからお客さんはまだひとりも入っていない。
あーあ、せっかく新しいウェイトレスの服にしたのになー。
今まではオレの私服にエプロンで仕事をしていたんだけど、やっぱ形から入りたいのでマスターに無理を言ってウェイトレス服を新規にオーダーメイドしてもらったんです。
新調するのはマスターの知り合いの服屋さんだったからそこまで高額じゃなかったみたいだけど結構な額は掛かったらしい。
まだ誰もお客さんは来ていないからカウンターへ背中をくっつけてボーっとしてるオレ。暇なのです。
暇なので、銀色のお盆を両手で胸の辺りに抱えて下を見る。見ると全体的に茶色なこのウェイトレス服なんですけど、ロングスカートからちょっとはみ出てる白いフリフリが可愛らしくていいんだよなー。何度見てもニヤニヤしてしまうよ。
服屋さんのセンスはオーソドックスだけど定番な部分は疎かにはしないんだね。さすがは職人です!
「大将? 今日はお客さんこないですねー」
今年ももうじき終わるのですが、働いている身としては年末年始にある休みの日以外はあんまり関係ないんです。
でも、このステーキ屋は年始の一月一日は休みですけどそれ以外は通常運転みたいです。
マスターは働くなぁ。まあ、オレは十二月三十一日から一月三日は強引に休みを取りましたけど!
「周りはみんな雪だからなー」
そ。雪なのです。この前冬物の服を買いにきた日から緩急はあるもののずっと雪は降り続けています。
オレも流石に雪道を歩くのはたいへんなので、もっぱら最近はここまで働きに来るのに馬を使ってます。准三等以上だから騎乗権もありますからね。
んで、この馬はローレンスさんの農場で飼っているうちの一頭で、とても頭の良い素直な子です。オレの言う事は聞いてくれるし、初心者のオレが背中に乗るのもそんなに嫌がったりはしません。
こんな可愛いお馬ちゃん。やっぱり名前は大事なので『黒王』にでもしようかと思いましたが、そう言えばオレは覇王でもなんでもないって思い出したのでやめました。
うーむ、どうだっていいな。こんな事。
時間もちょうどお昼に差し掛かってきてようしゃくお客さんも増え始める。ここしばらくは雪はチラチラして普段よりも客足は少ないのですけど、やはり味が評判なのかそれなりにお客さんは来てくれます。オレの大雑把な料理と違ってマスターはプロだからね。アマチュアとは所詮レベルが違うんです。
さて、じゃあ接客しますかねー!
「いらっしゃいませー! 何名さ……まですか……? って、エミカさんじゃないですかー! どうしたんですかこんな店に?」
「……。こんな店で悪かったなぁ」
オレの驚きの言葉に、マスターがぶっきら棒にぼそりと呟く。
マ、マスター! そう言う意味で言ったんじゃないです! 本当です! だから睨まないで下さい!
「あー、誰かと思ったらー! おめさんミコらねっかー!? 屋敷から出てからどんげらのー?」
冬だと言うのに膝丈くらいの真っ赤なゴシックロリータな服を着こなして、肩からこれまた赤色の小さなバックを掛けているミドルロングの茶髪で可愛らしい女の子が立っていた。そんな女の子から発せられた言葉はやはりとても可愛らしくて鈴の鳴るような声。
でも、その言葉はひどく訛っていて……。
「どんげらのーって、エミカさんは相変わらずですねー」
この人はエミカさん。勇者パーティーで共に戦った仲間のひとりです。勇者パーティーのひとりなんですから、とんでもなく凄くて、とんでもなく可愛い女の子の内のひとりなのですけど、彼女の場合はその口から飛び出る方言に全てを持っていかれてしまう。そんな人間なんです。
一応説明しますともっとも効果的にアイテムを使う事が出来る人です。魔道具使いって名前で、主にアイテム屋さんとかの人達にその名を冠する職業の人はやたらと多いのですが、その中でもエキスパートクラスなのがこのエミカさん。
例えばハイポーションの調合比率を変えてエクスポーションクラスの効果を持たせる事が出来たりとかなりの凄腕だったりします。
「そうらね。あたしはいつでもおんなじ、あんま変わらねてば。したろも……。ごめんね、あたしがもうちっとばかしレオに意見出切る立場らったら……」
基本的にオレはお人好しって言われる部類の人間らしい。らしいっての言うのは自分では自覚が無いから。でも他の人からはよく人がいいって言われるんだ。だからオレは自覚は無いんだけどお人好しなんだろうって思う。
で、何が言いたいかと言えば、オレは基本的に勇者パーティーのみんなは好きだったりします。例外は何人かいますけどね。
ですから、今目の前のエミカさんの心底悔いてる様な顔を見ると慌ててしまうんです。まあ、元々彼女の事は好きでしたからね。
「あわわわ、そんな事は気にしないで下さいよー。エミカさんが悪いわけじゃないんですから。基本、あの勇者と私の諍いなだけなんです。周りの人はそんなに気に病む事はありませんよ-」
「ごめんね。ごめんね」
わわわ、オレの言葉に目に一杯涙を浮かべてるエミカさん。オレの手まで掴んで上目遣いで見てくるのは反則だと思うんだよ。
エミカさん泣きそうじゃないですか! ここはフォローしなくちゃ!
「じゃあ、エミカさん!!」
「は、はい!?」
「ここでお食事をしてもそのまま帰らないで私に色々とお話を聞かせてください」
「話? どんげがん?」
笑顔でこんな風に言っておけば、エミカさんは罪滅ぼしにでもお屋敷の話を教えてくれるんじゃないかな?
「それは今のお屋敷の現状ですよ」
「ああ、それはちっと言いづらいろも、ここでミコちゃんに会ったのも何かの縁。どんげんでも聞いてくれればいいよ」
「あはっ、ありがとうございますエミカさん。それじゃあ仕事モードに入りまーす。今日のお勧めはこの牛肉とジャガイモの煮付けですよー。これはうちの大将が長年の腕でようやく自分の味にした力作です!」
テーブルのメニューに書いてある本日のお勧めを指差してエミカさんに言う。こう言われれば普通はそれを頼むよなー。
「そんじゃ、それをひとつとエールを一杯くんなせ」
「判りました。それでは少々お待ちください」
案の定エミカさんは牛肉とジャガイモの煮付けを頼んできた。よし、これは煮てあるものに火を通して出来上がるものだから調理の中でも比較的楽な料理なんですよ。ですからマスターも楽が出切るだろうね。よかったよかった。
あ、でも手を抜いてるわけじゃないよ。ちゃんと美味しいんだよ!
◇
お客さんの入りも一段落。あとはマスターに任せて、オレはエミカさんの待ってる席に着いた。
「すみませんエミカさん。お待たせしました」
「いやー、そんげに待ってねーって。むしろミコちゃんは働きもんだなーって見てたくらいらってばさ」
オレが自分の分の食べ物を持ってきて席に着くとエミカさんはニコニコしながら答える。この娘も可愛いんだよなー。他のメンバーに比例しても全然遜色が無い。
今日だっていつもの茶髪のミドルロングのサラサラ髪の毛だし、お目々パッチリで小顔で小柄。そして彼女の大好きな赤色のゴスロリ服ですから。毎日ゴスロリ服はちょっとクルものがありますけど、まあ、可愛いし似合ってるから良しです!
オレは持ってきた牛ステーキに少しだけ手をつけたところでエミカさんが話し始めた。
「へー。ミコちゃんはここで働いてるんだー。えーっと『白雪の仔牛亭』だっけ? 牛肉好きな巫女ちゃんに似合ってるかもしらんねー。やっぱ、アレだ? お店が終わるといっぺこと余った牛肉が食えたりするん?」
エミカさんは看板を横目で見ながらこの店の名前を言ってくれる。シンプルな店名だから覚えやすいとはおもうんだけどね。まだ一見さんだから見ないと言えないかー。
「それはないですよー。商品ですからねー」
「そっかー。ミコちゃんとしては残念らねー」
「うん。とーっても残念です」
マスターはケチですからね。たまにしか奢ってはくれないのです。
「それでね、今は大きく3つに分かれてんだわ」
世間話に花を咲かせていた私達だったけど、ようやく本題に入り始める。オレもお屋敷から離れて久しいから現状には興味があったりするんです。
三つに分かれてるって言うと、派閥とかの話かな?
「まずはレオとべったりのシャーリン様、ティルカさん、アリアさんの三人。
もうひとつがエルセリアさんを中心とした、レオに対して不信の感情を表に出してるラルガさん、コロンちゃん、ルーデロータさんの四人。
そんで最後になるろも、レオに対しての心情はそこまで上がりも下がりもしないけど、エルセリアさんとシャーリン様の冷戦に巻き込まれて追い出されると、遠過ぎて帰るのが面倒なあたしと美衣さんの東方辺境組らな」
「そんな事態になっているんですか……あれ? ひ-ふーみーよーいつ……うーん、なんだかひとり足りなくないですか?」
「え? そうだっけ? ……。あっ! ああ、アナスタシアさんがいたわ。でもあのしょはいっつもお屋敷の中庭で日向ぼっこらっけなー。そんげな感じだすけパーティー内のいざこざには全然興味は無えみてらな」
な、なるほどアナスタシアさんならそうかもしれません……。いっつも我関せずを貫き通していますからね。
でも、そんなに怒っているのならエルセリアさん達はなんでお屋敷を出て行かないのでしょう?
「エルセリアさんもだいぶ頭に来ているようですね。でもそんなにストレスに感じているのであれば早急にお屋敷を出ればいいんじゃないですか?」
「それは…………。これは内緒だっけな! 本当に秘密なんだっけな! 元パーティーメンバーのミコちゃんだすけ言うんであって、他んしょには決して他言無用だっけ!」
「わかりました。絶対に言いません」
口に両手を当てて口外しないってジェスチャーをする。子供っぽいけど十三歳って言えばまだまだ子供だからいいよね。
「じつは魔物が最近増えているみてなんだわ。だすけ極秘で国からあたしら全員臨戦態勢を申し付けられてしもうたんだわ。まあ、国からそんげ事まで言われてしもたら流石にエルセリアさん達も出て行くにいけないわなー」
エミカさんは一言で言い切ると疲れたのか一口水を飲む。そしてもう一言口に出した。
「んでさ、事態も切羽詰ってきてるっけ、ともすっと近いうちにまたあたし達は冒険の旅へと出るかもしらねー」
魔物ですかー。エミカさん、でもそれってもう市井の噂になっているんですけどね。オレもしばらく前にはその話は聞きましたし。もしかすると噂ってのはとても早く拡散するものなのかも。
「ミコちゃんはもう、戻る気は無えの? 冒険の旅に出てしもうた場合、ミコちゃんがいねと本の気出して大変だと思うんだろも」
戻るも何も、勇者に直接イラネって言われたんだよな。だからオレからはどうしようもないんだ。
だから勇者の方から頭を下げて謝ってきたらまだ判らないでもないけど、今のところは戻る気無しよー。
「その言葉は嬉しいんですけど、私はもうすでに勇者には追い出された身。今更戻る事なんてありませんよ」
「あー、うん、そう言うだろうとは判ってんだろも、ミコちゃんの口から聞くと辛れーなー。したろもレオと取り巻きの三人は知らないけど、あたし達はミコに申し訳無え気持ちで一杯だっけさ……」
上目遣いにエミカさんが言ってくる。
判ってますって。そんな顔しなくても私だってそんなに皆さんを嫌いじゃないですから。
「はい。みなさんにはミコがよろしく言っていたって伝えておいて下さいね!」
「うん。判った。したらあたしはそろそろ帰るね」
エミカさんはそう言うとエールの最後の一口をごくりと飲み干した。
「はーい、それでは牛肉とジャガイモの煮付けとエール五つと牛ステーキ一皿で、えーっと、白銅貨四枚と銅貨五枚ですね!」
「えっ!? あたしが頼んだのって煮付けとエール二杯じゃねかった?」
「あれれ? エミカさん、私への心付けにエール三杯と牛ステーキ一人前を奢ってくれるんじゃなかったのですか?」
オレは驚いた様に目の前で飲み食いしたコップと皿を見せる。
奢りだと思ったからこんなに食べて呑んだのに! って顔をしながら。
「い、いえ、判ってるわな! 当然らろ。ミコちゃんにはそのくらい払いますとも! どうぞどうぞ!」
「エミカさんありがとう。私嬉しい!」
「あはははは……」
すっげー引きつった顔のエミカさんの笑顔が眩しいです。眉毛もぴくぴくしてますし。
「またどうぞー!」
そしてエミカさんに着いていってドアから外へ出ると、オレは物凄い元気な顔で手をブンブンと振ってエミカさんを送ってやったのだった。
このくらいはしたっていいよね?
しかしあのお屋敷がそんな変な事になっていようとは思いもしませんでしたよ。これはどう転ぶんでしょうか?
とりあえずは勇者がちょっと酷い目にでも遭うと溜飲が下がるのですけど。




