第7話 魔王はやらかしたようで
遅くなって申し訳ありませんでした。
おそいながら新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
意識がぼんやりとしている。気持ち悪い。頭が割れそうだ。背中から伝わる硬い感触。僕はどうやら床で寝ていたようだ。身体の節々が痛い。
「酔い潰れた魔王て情けないなあ。」
視界がぶれながらも、ふらふらと窓の方に行き、嘔吐物をぶちまける。何か虹が出たっぽいけどね。多少はスッキリしたかな。
周りを見ると酷い有り様だ。生ける屍がたくさんある。昨日見たメンツから変化はないが、多少の血を流している。血って僕がやったんじゃないのか。ぐったりとした様子に焦りながら近くの血の流した人間から手早く脈を測り、瞳孔を確認、心臓付近に手を置く。
「生きてるね。助かった。」
勢い余って殺害とか酷すぎる。というか、現状僕を倒しうる存在は未だに分かってないのだ。これからはもっと気をつけないとね。
「そういや、部屋使ってないなあ。」
やっと思考がクリアになって、昨日の事を思い出した。念の為に全ての道具類を『異次元格納庫』に盗難防止に片付けておいて良かった。僕の所持品は中々周りには見せにくいものばかりなのだ。それでも折角とった宿なんだけどなあ。仕方ないか。
こんな有り様とはいえ情報は手に入った訳で。ここはラカマン王国の北東に位置する街、タールシェル市。近くに森があり、そこに魔物が発生するものの、道路が整備されているおかげで商業も盛んで、そのうえ容易く木材を採取できるのでそれを生かした木造建築が全体を占めるようだね。魔王復活により魔物の発生量が増えたお陰で冒険者ギルドに人が増えている傾向がある。因みにここから南に下ると僕が目覚めた洞窟があるようだ。
ここから更に東に行くと隣国の軍事国家エゼル・バーゴックがあるらしい。僕を襲った国だね。最近になって軍部の力が大きく上がったという噂があるそうだ。情報はこんなものかな。
あまり情報がなかった新魔王は魔族領にいるだろうし、そこに行くにはエルフ領を越えなきゃならないので結構面倒だけど行かなくちゃね。挨拶はしておこう。
問題は勇者だね。未だに召喚されたという様子が無いらしい。余り強そうだったらさっさと潰しておこうと思ったんだけどな。これからの目的は何故、僕をエゼル・バーゴックが襲ったのか誰の差し金か、まだ見ぬ勇者及び魔王の確認かな。おっと仲間も探さないと。
問題は山積みだ。少しずつクリアしていくとしていこうか。まずは、
「すいませんしたあっ。」
この惨状に驚きを隠せていない髭男とその妻らしき人に僕は土下座した。更に驚かれた。
「いや、別にいいんだぜ。これは事故なんだからよ。お前さんが気にする必要はないさ。」
「それでも、大変な出費になるでしょ。」
「それはそうだけどな。」
土下座をして謝りに謝りを重ね逆に引かれた僕だったが、主人のザックとその妻サロと現在交渉していたところだった。木材が突き抜けてしまったり壁に穴が空いているので急遽店を閉店し、僕以外の客をこの部屋から退出してもらっている。壁から風が吹き抜けてくるので少々寒いけど。
「僕は何とかしたいんですよ。手持ちの金も余りないので働いて返したいと思ってましてね。」
「とは言ってもよ。これを直すのに金貨30枚は下らんぞ。働くたってそんな大金を短期間に返せる訳ないだろ。」
この意見はもっともだと思う。例えば料理店なんかで働いても1日で精々、銅貨数枚がやっとだ。そもそも雇ってもらえるかも分からないし。ここで昨日得た情報で補足させてもらうと、
金貨1枚に相当する貨幣の量は
・銀貨10枚
・鉄貨500枚
・銅貨5000枚
となっている。
金貨が2、3枚程度あればひと月は生活できるらしいので30枚はかなりの大金だ。
それはともかく、交渉再開。
「僕はこうみえても腕に自信がありますんで大丈夫ですってなんなら僕が死んだら代わりにこの剣を差しあげますので。売るなりして下さい。」
といって僕は鞄に手を突っ込み、鞘付きの魔剣〈日陰〉を取り出して2人に差し出す。2人は鞘から少しだけ、剣を抜いてみてその赤く染まった刀身に驚いたようだ。そうだよね。僕も驚いたんだよね。
「いいんですか、こんな代物。恐らく魔剣なのでしょう。」
「僕も手放したくはないですよ。ただこうでもしないと信用してもらえないとおもっていましてね。」
僕の魔剣の価値を薄々感づいたのか妻のサロは僕の申し出を断りたいらしい。しかし夫のザックは違った。
「分かった。あんたのお節介を受け取ろう。実際俺達もかなり打撃を受けたしな。ただし条件がある。その剣の値段はどのくらいだ。」
何故か〈日陰〉の値段を聞いてきたのでそれなりの金額で答える。相場は大体この辺だろう。
「金貨50枚くらいですかね。」
「そうか、そのくらいの剣を持つ奴なら実力もそれなりにあるだろう。金貨20枚を資金として出そう。それで金貨50枚を返すという契約をしよう。」
思ってもいない好条件だ。金貨20枚までなら色々と出来そうだし、楽もしやすくなる。
「僕はそれでいいんですが大丈夫ですか。家計が苦しいのでは。」
「そうだな。だけどお前の目を見ていると何だか出来そうな気がする。それにもし、お前が死んでも元は戻ってくるしな。」
僕の目を見てか。今は何もスキルを発動していないので純粋にザックは僕を信用しているらしい。出会って1日も経ってない僕にだ。魔王である僕に。それと小声で元が取れるとか言っちゃってるけど、僕は地獄耳なので筒抜けだよ。
それはともかくこれを受けない訳はない。なんやかんやで即現金を資金としてもらえるのだ。頑張るしかない。
「それではお願いします。」
「契約成立だな。」
こうして魔王である僕の冒険者生活が始まろうとしていた。
時は同じくとある場所。
周りを高い壁で覆われた国の中に1つの黒塗りの城があった。その城の最上部。王族と選ばれた者にしか立ち入れない豪華な部屋があった。その部屋は恐ろしく家具が少なく、中央に椅子しかなくそれ以外は何もない。否、何も置けないの間違いだろう。光さえ差し込まないこの部屋にたった1つの家具、玉座に座る者がいた。そして数人の召使いを余所に最も玉座に近い女性がいた。
「何っ。我が国が誇る第2騎士団が全滅だと。あの女騎士のいる部隊がか。」
「そのように偵察部隊からの報告です。」
驚きと憤慨に満ちた声が響き渡る。それに対し眼鏡を掛けた女の秘書が淡々と答える。彼は王だった。軍事国家の王である。我が軍の兵力は天下を取れるとも思っていた。
それは事実だ。しかしこれがどうだ。この有り様だ。かなりの損害だ。玉座に座る王は怒りを抑えきれず大きくその足を震わせる。
「所詮は女。無理があったか。」
「予想外の出来事です。これほどまでに被害が出るとは思いませんでした。私の独断ですがこれは魔族の仕業かと。」
「何故そう考える。元々、隣国に攻め入るデモンストレーションを兼ねて出した部隊だぞ。」
彼女の言葉に王は舌打ちをし更に言葉が雑になった。その様子を見つつ更に気にする素振りもなく淡々と秘書は続ける。
「報告によれば偶然発見した洞窟に侵入し、何者かを発見。探索に突入。恐らく戦闘になったのでしょう。結果、部隊は全滅。日用品などが持ち去られたので賊かと思いましたが非常用の魔力拘束具がねじ切られた報告などから上級の魔人なのは確実でしょう。あの計画を進める必要があります。」
秘書の言葉には力があった。薄い水色の長い髪を揺らしながら眼鏡を少しずらす。秘書の目が怪しく紫色に光る。不自然な間の後に王は話を続けた。心なしか落ち着いているようだ。
「勇者を呼ぶ準備か。確かに勇者の力を持ってすれば魔物はおろか、魔王も殺せる。我が国の天下は限りなく近いものとなるだろう。だが、材料はどうする、時間が足りないぞ。」
王の言うことは最もだ。勇者召喚の上でネックとなるのがコストだ。これを1つ揃えるのに向こう10年の国の経済は大きく揺らぎ、材料となる生贄も100を越える数が必要となるのだ。
「ご心配は入りません。我が国には優秀な魔法使いがいます。材料も優秀な回収部隊がすぐにかき集めることができるでしょう。王が決定すれば全てが始まります。私にお任せいただければすぐに。」
秘書のその悪魔のささやきに王は悩みなどしなかった。
「よし、呼ぼうぞ。リゼの言うことに間違いなどないからな。」
「ありがたき幸せ。それでは王。私はこれから勇者召喚の準備の算段を付けに失礼します。全ては王のために。」
「うむ。」
王に一礼をし、王の間を後にする。長い廊下を抜け、小道に入る。周りに目がなくなった時に秘書リゼは本来の姿を現した。
「くぅ~。やっとこの時が来たわ。あたしたちの王が戻って来られた。世界でも屈指のこの国の軍を惨殺できる人なんて世界にあのお方しかいらっしゃらない。待ちくたびれたわぁ~。」
『●●●。本音が漏れてるぞ。』
「秘書なんて面倒な事をずっとさせてといて愚痴の1つや2つ、当たり前なのよ。後、この国では私はリゼなんだから気をつけなさいよ、◯◯◯。」
1人であったはずの彼女の影から人が現れ喋りだした。●●●に比べて20センチは小柄な影。人ではないのはひと目で分かるがその影から言葉が発せられそれが生きていると分かる。言葉こそ男言葉だが声の質から成人を迎えてすらいない少女だと容易に判断がつく。彼女はその不定形の身体を震わせることで言葉を発した。
『失礼。我が主が目覚めたと聞いていてもたってもいられなくてな。無論、聞いたヤツらは始末しといた。』
その瞬間、影が揺らめいた。そして人が倒れる音がした。王の秘書の立場である●●●の屈強な見張りが声も上げずに意図もたやすく絶命した。早業である。
「はあ~。◯◯◯この国の暗殺部隊隊長という立場でも後始末はあたしがしなきゃなんないだから、勝手に殺さないといてよ。理由付けも大変なの分かってるでしょ。」
●●●はため息をつき呆れた。
『そんなものは敵のスパイだとでも言えばいいだろう。それより本題だ。』
影が小馬鹿にした態度をしたので彼女は力任せに影を踏み潰そうとしたが、影がするりと抜けられて効果がなかった。尤も彼女にはそれに対する対抗策もあったのだが。影の主は彼女の数少ない同僚なのでぐっと堪える。
「ええ。あたしたちの主はまだ目覚めたばかりよ。だからあたしたちが起こしに行かなきゃならない。」
『そうだろうな。あの方は目立つからな。他の2人にも連絡しておくぞ。』
「おっけー。最近会っていないけど野郎共にも会わないとね。例の件も後一歩のところまで来たから後一押しね。また会いましょ。」
『勇者の件か。我々がこうして身を隠すのも勇者を呼び出すためだったな。』
◯◯◯はくぐもった笑い声を上げながら喋った。感情の薄い彼女のことだから作り笑いなんだろうと●●●は推測した。
「我が主のために盛大にいこうと思ってね。全てはあのお方のために。」
『そうだな。』
「『全ては我が主の為に』」
影は存在の主張をなくし、彼女は今の立場、秘書リゼに戻った。
「混沌のはじまりがもう、すぐ近くに。」
彼女達の願った舞台がもうすぐ開けようとしていた。
最後に出てきた、2人はそれなりに重要ポジションなので忘れないくらいにはまた出てくると思います。多分。