第6話 魔王は宿に辿り着いたようで
「呆気なかったなあ。」
僕は片手で悲鳴を上げる男を掴みつつ、心の声を漏らした。理由は単純明快。僕のせいだね。襟元を掴んでいた最後の1人を手刀を首筋に打ち込み気絶させた後、地面に落とした。多少、雑なのは相手が男なので気にしない方針で。
「ひい、ふう、みい…っと全部で15人か。」
少し倒れてる人を数えてみる。ちなみに全員生きている。路地裏とはいえ僕がこの人たち全員殺すとなると時間的に面倒なのと、流石に悲鳴なんか聞こえたら街を取り締まっている役人でも見つかったら大変だからね。最悪、魔王復活の生け贄だとかそういうことにされて死あるのみだ。
ということで素手で相手をしつつ相手に恐怖を与えてみた。腕を2、3本折ったりしつつなのでそれなりに時間がかかったよ。何故そんな面倒臭いことをしたのかというと噂が欲しかったんだよね。
「黒髪のガキは危険だ」こういう感じの噂を裏の方に流して貰って、僕が手を出すのが極力避けたいところだからね。目立つのが難点だけど黒髪の少年なんてこの街にはそれなりには居たので紛れるのは簡単だろうし、大丈夫だね。最悪、街を滅ぼせばいいしね。
しばらく目の前の人達にトラウマを生産しつつ、僕は考え事をする。こういう流れ作業をしながらだと集中力が捗るような気がする。五月蝿いのが少々難点だけど。
さて、そろそろ僕の手下も集めないといけないかな。流石にたった1人の魔王というのも滑稽だしね。一度、僕がやんちゃをして人間を滅ぼそうとした時に魔王軍を作ってみたりしたのだが、管理が面倒なのでリストラしまくって現在部下が4人しかいない。それなりの手練れだけどね。召集をするには簡単な魔法を使えば一瞬なんだけど、そうすると勇者が来る可能性が一気にアップするーこの魔法は辺り一帯に魔力を散布するので自分が此処にいると教えているようなものーのでもう少し場を考えようか。それに軍事国家エゼル・バーコックとかいう僕が洞窟を出る際に惨殺した国も不明なところが多いね。図書館なりで情報を集めたい所だね。
そんなこんなでトラウマ移植に成功したので裏路地を後にする。宿屋に向かわないとね。取りあえず今後の課題は情報収集、次いで仲間を見つけるって所かな。僕は足を早めた。
闇に沈んだ中央通りに位置する宿屋に僕はたどり着いたよ。念の為に転がっていた人から緑色のローブを拝借し頭を覆っている。血も雑嚢の水で念入りに洗っておいた。僕は建物を見上げて見る。木材で大部分で構成されているね。看板に何かの文字が黒く彫られていて、看板の右隅には蝙蝠が縁取られていた。この宿屋は居酒屋も兼ねているらしく、開けたままの扉から酒の匂いがした。ここにしようかな。
宿に入ると2つの通路があった。左手には酒の匂いと容器がなる音がする、こっちが食堂かな。そして右手には階段、上で眠れるようだね。真ん中には木製のカウンターがある。そこに従業員らしき恰幅の良い中年の親父がいた。髭がぼうぼうだ。
「よう、坊主。ここは、宿屋〈蝙蝠の羽〉だ。ここは飯屋もしている。用件はどっちだ。」
「宿泊を。」
「あいよ、どのくらいだ。一泊が銀貨2枚。朝飯、晩飯をつけるならプラス銀貨1枚を追加だ。」
「それでは一泊の飯付きをお願いしようかな。」
銀貨3枚か。安いか高いか分からないけど取り敢えず1日それくらいを稼げるように活動していこうか。僕は銀貨3枚を髭男に渡す。
「銀貨3枚確かに受け取ったぜ。宿は右側だ。鍵はこれだ。後は宿泊客ならこの札を見せれば飯が食える仕組みになってる。なくさないようちゃんと持っとけよ。」
代わりに渡されたのは金属で出来た棒型の鍵と木板だった。木板の厚さはそれなりにあってなかなかの重量感だ。表面には何か描いてあるがどんなことを描いてあるかさっぱり分からなかったよ。そのままポケットに突っ込んでおこう。
「ご飯は今からでも大丈夫かい。」
「ああ。だがこんな時間だからな。あんまり期待するなよ。」
髭男に感謝して、僕は左手の飯屋に入る。
「酒ばっかだね。」
ギルドに行って来たからそれなりに耐性が付いているけどね。内心すこし喜んでいるけどね。テーブル席とカウンター席があるのだけど数組あるテーブルは全て埋まっているのでカウンターに直行する。木製で素人目でもなかなか良い味を出しているのが分かるね。
「注文お願いします。」
僕の呼びかけでカウンターの奥の厨房から女性だ。僕のストライクゾーンから外れているが後2、30キロ痩せていればかなりの美人だと判断できる。昔は美人で通っていたことだろう。
「申し訳ないけど、晩ご飯のメインが材料切れでパンとつけ合わせしか出せないけどそれでもいいかい。」
これは髭男からの情報で予想通り、問題は次だ。
「構わないけど、酒はないの。」
「酒はエールしかないけど、それでもいいんなら。」
僕が一番欲しいもの、それは酒だったがエールか。エールは大麦麦芽を使い、短い時間で発酵させ、複雑な香りと深いコク、フルーティーな味が魅力の酒だ。結構好みかな。
「じゃあ、それを1つお願い。会計は札を見せればいいんだっけ。」
「そうです。札を拝見させてもらうよ。はい、これでよし。料理はちょっと待ってもらうよ。」
「分かりました。」
待つこと5分。その間に準備を進める。僕は|『我が見るのは真実のみ《マーベラアイズ》』の発動準備をする。目に意識を集中させ魔力を注ぎ込んだ。
『我が見るのは真実のみ』は発動している間は眼の虹彩が変質するのでそこに注意しなければいけないんだけど、僕は深くフードを被っている上に周り一帯は酒が入っているので露骨に眼の色を変えてもバレることは殆どないと思う。魔王が酒を飲もうだなんて誰一人分かることのないことだからね。適当な目標を見つけた所で丁度、木製のジョッキで出来た酒と皿に乗せられた数切れのパンが来たので作戦実行をする。
「ふぃー。」
僕は酒を一杯呷る。薄いアルコールが回ってきた。クラクラするね。それでも作戦には支障がないのでそのまま続ける。飲んで半分空になったジョッキ乱雑に置き、わざと鳴らす。それに反応した他の客がこちらをわずかに注目する。今だ。目的の人物相手に目を合わせる。
「錯乱しちゃってよ。」
青く輝いているだろう僕の眼を見つめて、頭が少しな薄めの中年男がこちらに寄ってくる。僕は身体を少しずらしてスペースを作る。そこに男が座った。
「よう。クロ、俺のソウルブラザー。久々じゃねえか何時ぶりだ。」
「数年振りかな。久し振り、ジョニー。」
肩を組み合いお互いにジョッキをぶつけ合わせる。ちなみに彼と僕は初対面だ。ジョニーかどうかも定かではない。
「この町は随分変わったね。何かあったの。」
「そうだな。最近、魔族領に魔王が新しく出たらしいな。それを倒す勇者を呼ぶ準備で国中、てんてこ舞いだ。」
「へー。」
僕はペラペラと話す、ジョニー(仮)の話に相づちを打つ。ここまで上機嫌に話しているのは酒だけが原因ではない。ジョニー(仮)は僕の術中にはまっている。
僕の持つ固有技能『我が見るのは真実のみ』は僕の眼に発動するスキルだ。普段は僕の虹彩は黒なんだけど、このスキルの発動中は様々な色に変化をしその色によって一定の能力を得られる代物だ。〈クロカシ草〉捜索時にも大活躍したモノだが、今回は自然相手ではなく人に使用したという訳だね。
青みを帯びるこの魔眼は「魅了」の効果を持つ。相手の気がゆるんでいる時、酒を飲んでいる時などに目を合わせる必要があるなど限定とはいえ相手の精神に催眠をかけを精神を操作するので劇的な効果を得られる「魅了」だけど、術に掛けるのに僕の眼の色が変わるのが絶対条件なので案外使いにくいんだよね。そこで僕に一瞬の間に掛けれそうな心の緩そうな人間を探していたのだ。魔王だから人の考えを読むのは得意でね。
何人か当たれば十分集まるかな。空になった酒の追加注文をしてジョニー(仮)の話を続ける。不自然さが出ないようにするのも必要なので大変だ。
さあ、ガンガン情報を集めよう。こうして僕の夜は過ぎていった。