不器用騎士と文学侍女
初投稿の小説です。
騎士と侍女とベンチの話。
軽快な足音とともに鼻唄が聞こえてくると、私の胸は否応なしに鼓動を速くする。
近づいてくる彼にバレないように、私はいつもどおりベンチに座り、何食わぬ顔で、手の中の本を読むふりをした。
…文字なんてほとんど入ってこないけれど。
「ふふーん…っあ」
私のすぐ近くで聞こえた低く通る声に、そちらを見てなくても笑いがこぼれそうになる。
(いつもあなたが先にいますもんね)
びっくり作戦大成功!です!
声は抑えたけど笑いが顔に出てたみたいで。
彼は軽く咳払いをすると、私とちょっと離れてベンチに座った。
私と彼の間にある、一人分の隙間。
その距離で、私は赤くなってる彼の横顔を盗み見た。
平常心を装っているのが可愛くて、彼に見えないようにほくそ笑んだ。
最初は私だった。
読書するのに絶好の場所として、この花壇の近くのベンチを見つけた。
ちょうど木陰になっているベンチに座って本を読むことが、私のお昼休みの日課だった。
そこに突然来たのが彼。
ある日私がそこに行くと、彼がベンチのど真ん中で眠りこけていた。
顔に本を伏せて。
(ここに気づく人がいるなんて…)
座らせて、とも言えない弱気な私は、泣く泣く帰路についた。その日、明日も座れないかもと思ったら悲しくて、ご飯も喉に通らなかった。
それから何度行っても彼がいて。
たまに起きてたり、たまに寝てたり。
けどいつも真ん中にでーんといたから、私はどうしようもなくて帰路についていた。
もちろん、彼より先に行くことも考えたけど、何故かどんなに急いでも彼が先にいて。
…というより、私が先に来ても彼が邪魔だと言ったら断れないし。
あのあと気になって調べたら、彼はなんと近衛騎士の一人だった。
我がエージェ王国の王太子を護る近衛騎士団副団長、アルフレッド様。
…文句なんて言えませんよ、えぇ。
相手は国と王子護ってるんですよ?
貴族だけど一介の侍女でしかない私に何が言えるっていうんですか。
そんなわけで、私はその楽園を取り上げられてしまった。
もう座れないだろうな、と半分諦めかけていた。
しかしある日の昼休み、アルフレッド様は何故かベンチにいらっしゃらなかった。
わーい久々の楽園だー!と喜んで座った私。
けれど久しぶりに座った楽園の心地良さ。
…寝てしまいました。
ぐーすかと。お昼休み終わりまで。
お昼終わりのベルで起きて、急いで侍女室に戻りましたよ。
その次の日から、何故かアルフレッド様はベンチの端に寄るようになりました。
それも、本を読んで。
誰か待ってるのか、時々本から顔をあげてあたりを見ては落胆して
影から覗いていた私は不審に思いながら、誰も来ないならと恐る恐るベンチの反対側の端に座った。
その時の彼の顔は、今でも笑っちゃうくらい面白くて。
バッとこちらを見て瞠目すると
私に何か言おうとして焦って
バランスを崩してベンチをひっくり返した。
ギリギリで気づいて立ち上がった私は、何とか大丈夫だったけど、彼は勢い良く後ろにひっくり返った。
私は思いっきり笑った。
「あっはははは!!」
「笑うなっ!てか助けろよ!」
「あはは、待って、お腹がよじれるっ、腹筋が痛いっ!あはははっ」
「助けろって!服引っかかって起き上がれないんだよ...って話を聞け!」
お昼休み終わりまで私の笑い声は響いた。もちろん、真っ赤な顔の彼の怒鳴り声も。
その日から少しずつ話すようになった。
彼も意外と本好きで、話も合った。
いつも彼が先にいたのは、外での稽古のあとそのままここに来るからだそうだ。
私は侍女室からくるから、先にこれないのも当たり前のことで。
でも今日はお庭掃除からそのまま来たから、先に来れた。
祝!初勝利!です!
「...冷徹と言われる騎士様が鼻唄とか」
「うるさい、騎士が鼻唄しちゃダメか」
「ダメではないですが、似合わないですよ」
「余計なお世話だ、大体一人の時しか鼻唄なんてしない」
「油断大敵ですよ、まぁ他の女の子が見たら【キャー騎士様かわいー】とかなるでしょうね」
あれですよ、ギャップ萌えというやつです。
「...他の女の子、な」
あれ、何故か落ち込みモードです。
てっきり憎まれ口で帰ってくると思ったのに。
私は本から目を離し、彼のほうを見る。
彼も私を見ていて、図らずも目が合う。
騎士特有な眼光の鋭さに恐怖を感じ、軽く身を引く。真剣な顔で、私を見つめる。
その顔のまま、彼は重い口を開いた。
「俺は明日、見合いを受ける」
彼の言葉が、ゆっくり、ゆっくり、時間をかけてわたしの中に浸透していった。
「...お見合い、ですか」
「あぁ」
震えながら出した声は、裏返っていなかっただろうか。本を持つ手に力が入る。
お見合い、なんて。
なんで私に伝えるの。
私の気持ちも知らないで。
あなたの不器用な笑顔も。
口癖みたいに出てくる憎まれ口も。
焦ると少し赤くなる顔も。
全部、ぜんぶ、大好きなのに。
「...お前も早く相手見つけろよ?選り取りみどりとまでは行かなくても、貴族なんだから大抵の男は大丈夫だろう。家事もできるし、断られる理由がないし、それに」
「黙って!」
彼の言葉を遮って、耳をふさいだ。
彼の憎まれ口は、普段なら平気。
私が特別みたいで、嬉しくなるくらい。
でも今は聞きたくない!
「黙って...下さい」
せっかく話せるようになったのに。
楽しいと思ってたのは私だけ?
昼休みが待ち遠しかったのは私だけ?
あなたと話したいと願っていたのは
...私だけなの?
「お、おい」
「そうですね、これでも貴族の末娘だもの。断られることなんてない...私は幸せもの、ですねっ」
そんなわけないじゃない。
斜陽貴族の末娘が、近衛騎士団副団長と結婚できるわけないのに。
気丈な言葉とは裏腹に目が熱くなる。
やだ、泣きたくないのに。
午後からの仕事で皆に心配されちゃう。
彼にだって心配かけてしまう。
あぁ、そう思うのに、苦しくて苦しくて。
涙が余計に止まらない。
「おい、なんで泣くんだよ」
「泣いてなんか、ないですっ!いいから、ほっといて下さい!」
「っ、いやそんなわけには」
「うるさい!アルフレッド様の馬鹿ぁ!」
伸ばされた手を払い、駆け出した。その瞬間、ベルが鳴り響く。
「おい待てフェリシアっ、うわっ!」
彼の制止も振り切って走り去った。
だから私は知らない。
彼が私を追いかけようとしたことも
焦りすぎてまたベンチをひっくり返したことも
彼が隠し持っていた
マーガレットの花束と指輪のことも。
なにひとつ、知らなかった。
...いかがてしたでしょうか?
初投稿の拙い文でお目汚ししましたが、楽しんでいただけたでしょうか。
読んでいただいた皆様、ありがとうございました。