カルテ4:可能性の方向と角度
キャラ図鑑3 マギアス・ストレーガ 17歳 160CM A型
趣味:可愛い物集め、読書
座右の銘「成せば成るという考えは非合理的で非効率です。普段から計画性のある行動を心がけましょう」
「取り敢えず中に入る?」
「いえ、この場で結構です」
物々しい雰囲気に包まれた半径5メートルは静寂が保たれる。秒速5センチメートルほど切なくない。
「あの男の先生から此処の場所を聞きました」
「oh、矢沢先生から?」
「はい・・その、えっと・・・」
マギアスは俯いて手をもじもじさせながら口をつぐんでしまっている。
どうやら勉強は出来るが、こういった人間関係の脳回路はからっきしらしい・・。
結局どうして良いか分からなくなってしまい、悩む少女を杏里は微笑んで見守る。
「ゆっくりで良いから、落ち着いて話してごらんよ」
「・・はい・・スゥウ――」
杏里に諭されてマギアスは一回深呼吸を行うとキリっとした表情で再度ベランダを見上げる。
「・・あの、その・・私、今日の事をどうしても謝りたかったんです」
「え、今日?」
杏里的には毎日関係各所へ謝る事こそ大いにあるが、反対に謝られる覚えなどない。?マークを遮ってマギアスは深々と頭を下げた。
「食べ物を粗雑にしてすいませんでした・・」
健康診断の時にまんじゅうを投げつけた事に関しての反省だろう。本当はそれを杏里に投げつけた事を素直に謝りたかったのだが、何分不器用な性格が災いして少し捻った言い回ししか出来ない。
「あ、いいよっ!頭を上げて・・ねっ!」
想像して無かった展開に杏里は一人で慌てふためき、身振り手振りでなだめるとコップの中のココアの雫がマギアスへと零れた。
「あわわわっ!ごめん!私の方が謝ってばっかだよ、今拭きに行くね」
マギアスは頭を上げると無表情のまま再びハンカチでココアを拭き取る。
「・・いえ結構です、では」
使命を果たしたかのように大人しく帰ろうとそのままとぼとぼ歩き始める。
「あ、ねぇ待って!」
「・・・?」
「ちょっと、そこに居て・・」
杏里はとっさに呼び止めるとベランダから消え、代わりにガタガタと忙しい音が窓越しに聞こえてきた。その慌ただしい気配にマギアスは致し方なく振り返ると小首を傾げながら細目でベランダを見つめて待つ。
『ゴツッ――』
「痛てっ!」
”きっと今のは杏里が壁の端に小指をぶつけた音”だとか、月の満ち欠けと共に夜風が寒くなってきたとか考えている内に入り口から急いで走って来る女性のシルエットが見えて来た。
「お待たせっ!」
声が聞こえるとそこに灰色のロングTシャツに濃紺のスキニーと簡素な服装の杏里が現れた。黄緑のアウターを手に抱え走って来るも、もう片方の手で右足の小指部分を摩っている。間違いなくぶつけている。
「いやぁ、急いでたら小指を壁にぶつけちゃってね・・そそっかしくて」
「フフ・・」
「んんっ?ま、いっかアハハ」
杏里もつられ笑いをして場の空気が収集されるのと同時に腕時計を見た。
「今9時だけど、マギアスさん門限は?」
「・・一応ありますが、まだ大丈夫です。本来この時間はまだ訓練場の方に居る時間なので・・」
癒えてはいない今日の傷・・蒙昧で後ろめたい状態に、やるせない思いがぶり返してきてマギアスは気まずそうに目を逸らす。 蒙昧=物事の通りを知らない事。
「じゃあちょっとお出かけしようか!」
「え?」
そういうと杏里は鍵を指に引っ掛けてくるくると回し始める。
・・・・・・・
・・・・
・・
・
『―――ブロロロロォオオオ』
高層ビルやマンションが立ち並ぶ摩天楼という言葉そのままの夜景街。
スピードを出す車が走り並び、街灯が照らす複雑な道路標識が溢れるハイウェイの上空を二人乗りをしているオレンジ色の原付が勢いよく走り抜ける。良く見ると下部にタイヤは付いておらず、スペアとして車体の横に固定されている。代わりに車体の下側とマフラーのそれぞれからもの凄い勢いで空気が排出されて走っているようだ。
「昔のスクーターって路上しか走れなかったんだって、便利な時代になったよね!」
「ハンドルの部分を使った作用反作用の法則の応用が実用化されたんでしたっけ!?」
「え?ごめん・・良く聞こえないや!!」
ヘルメットを被って声がこもる上、風に音が流され後部に座るマギアスの声は前方の杏里には届かない。
ちなみに今二人が乗っている乗り物はエアバイクと呼ばれる代物。
特徴として排気量区分で走れる場所の制限が付けられている路上の交通法律はそのままだが、空中走行時は高速道路であっても走れるので非常に便利である。
ただし条件として空中走行は普通自動車免許と同じで18歳からじゃないと運転資格は得られないと法で決められている。又、ヘルメットのゴーグル部分に走行できる道筋が自動表示されるため案内映像に従って空路を走る事が出来るのだ。
「…ボソ…何か危なっかしいな…」
「ゴホン、免許はちゃんと持ってますぅ!」
「…十分聞こえてるじゃないですか!」
疾走感に不安を感じながらも夜を流す冷風にマギアスの中の黒い鬱憤も水彩絵の具の様に流されていく。
建物の灯りや車のテールランプが残像としてどんどん隣を横切って行き、冷静な少女の心に学校生活では感じられなかった未知なる高揚感を与える。
「言われるがままついて来てしまったけど。一体どこへ向かうというの?」
不安を乗せたままバイクは走り続けるが、流れに逆らうように緊張感走る音が聞こえてきた。
『――――ピーポーピーポー』
サイレン音と共に下の道路の対向車線をを救急車が走り出す。
「・・インホス方向の車線に降りて行きますね」
「最近、一部の地域で内紛活動が激化してるらしいからね」
「・・怪我をしたのは加害者なのでしょうか?それとも罪の無い一般人?」
「どうだろう?でも、どちらも搬送されれば患者さんである事には変わらないです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
マギアスは黙り込んでしまうと車線変更をして下って行く救急車をただ眺めていた。
「…私も―――」
「え?ごめん。やっぱ聞こえづらくて――」
「・・何でも無い」
話そうとしてもすぐに引っ込んでしまう悪い癖が出てしまい、もぞもぞしたじれったい気持ちが残ってしまった。
「・・・あれ?通行止め??」
杏里が正面のバリケードに気付く。前方に警察車両が止まり、何人かの警官が交通整理をしている。上空路にも梯子に昇って旗を振る。
『キィイイイイ――』
ブレーキを掛けると原付ごと空中に浮遊したまま制止した。
「何かあったんですか?」
「この先に武装集団が居て、警察の機動隊と交渉中なので只今一般車両は立ち入り禁止なんです。すいませんが案内に従って下の別車線をお通り下さい」
「えぇ~、困ったなぁ」
「規則は規則ですので」
「・・・ふぁーい」
ふてくされた声を上げて杏里は徐々にエアバイクを下降させて、回り道を始める。
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
高速を降りて近くの人気の無い小さな公園にエアバイクを止めた。
静かな敷地内は街灯も少ないので星が良く見える。
『ガチャガチャ――』
「実はタイヤを付けて走った方が燃費が良いんだよね」
ワンタッチ式のパーツを杏里が手際よくはめ込み、取り付け作業を行っていく中、マギアスはそっとブランコに腰かける。
「一体私をどこに連れて行こうと思ってたんですか?」
「ンフフ、聞きたい?聞きたいんでしょ?」
「・・・いえ、そこまでは」
マギアスのノリの悪さにも気にしない様子で杏里はそのままタイヤをつける。
「ほほぉう?本当は気になってるくせに!」
「こんな遅くにどこへ連れ出すのか?って意味でですけど・・」
「う~ん、確かにもう良い時間かもねぇ。そういえば明日も学校でしょ?ご両親も心配するだろうしねぇ・・やっぱり帰る?」
「・・・・・・・・・・・・・」
取り付け作業の完了した杏里が軍手と工具をしまい振り返るとマギアスは俯いてしまっている。
「ん?どうしたの?」
「・・・そうですね。学校もあるし、親も・・」
「・・・なにやら訳ありですな??」
只ならぬ気配を察した杏里が俯くマギアスの隣の腰かける。
「・・あの、別に訳ありって程じゃないんです・・ただ時々、周りも自分も凄く狭いというか・・虚しく感じるんです」
「・・うん・・」
「・・元々喋るのは得意な方じゃないんですよね、その代わりに魔法で気持ちを具現化するところから始まったんです。でもそしたら専門学校に入学する事になって友達と離れ離れになってしまったし、いざ八芒星になったら学校でも完全孤立してしまいました」
するとマギアス胸元に掛けていたネックレスを見せる。
「このネックレスは魔力を制御するための装置でこの国の中で勝手に魔法を使えない様にするための拘束具みたいなもんです。無理に外そうとすると手に痛みが生じるので大の男でも勝手に取る事は出来ません。軍事で魔法を使う時だけ解除機を使わせてもらえるんですけど、その時は殺戮兵器として働く時です。いずれは先程の様な右翼団体なども戦う時も来るでしょう。そしたら当然怪我人や死人も出ます。」
感情が爆発してさっきまでの口下手が嘘の様に喋りつくし、気が済むと再び口を閉じた。
持っていたネックレスを強く握り手が震える。
「こんな事なら魔法の能力なんて無ければ良かった・・」
「うーんなるほど・・でもそういう能力、あってもいいと思うよ?」
虚脱感に満ちた怯える目でマギアスはそっと隣の杏里を見ると彼女はゆらゆらとブランコを動かしていた。
「自然の摂理から言って要らない機能って段々と淘汰されて消え去ってしまうと思うんですよ。でも、現にマギアスさんの能力って確かな形として存在するじゃないですか!それって神様がマギアスさんに与えた可能性だと思うんですよね。問題はそれをどう使うかですよ!」
「・・そんな簡単に言われても・・やっぱりこの感覚は誰にもわからないですよね・・・」
『ギュッ――』
こんな時でもニコニコ顔の杏里が俯いたままのマギアスの手を握る。
「大丈夫です!仮にマギアスさんが誰かを傷つけても、全員デア・サブマで治療して救ってみせます!なのでマギアスさんは殺戮兵器にはなりません。ただの可愛い魔法使いです」
「私、可愛くなんか・・」
「そういう所が可愛いんだよ!」
「・・・帰りますっ!」
急に立ち上がり、頭から湯気を出してづかづかとバイクへ歩いて行くマギアスを杏里がニヤケながら追いかけた。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
洋風の家が立ち並ぶ閑静な住宅街に差し掛かるとマギアスは「此処でいいです」といって自分から降りた。
「今日は色々とお世話になりました・・でわ」
まだ人見知りな部分が残っているので笑顔を見せる事が出来ないまま軽くお辞儀をして去って行った。
「バイバイ、また今度出かけようね!」
マギアスの背中が見えなくなるまで手を振り続けると杏里はエアバイクで路上を走り帰路を目指す。
一方マギアスは帰り道の途中、ネックレスの先端を見ていた。
『それって神様がマギアスさんに与えた可能性だと思うんですよね。問題はそれをどう使うかですよ!』
いかにも深い事情を知らない素人意見ではあるが、何でも人の言いなりになって生きて来たマギアスにとって、その力を自身の判断に委ねられたのは初めての事で、少しだけ素の自分を受け入れられた様な不思議な気持ちになった。
「私の能力の可能性か・・まずは魔法を出せるように元のコンディションを取り戻す所から――」
ネックレスを握ると少しこそばゆい感覚が胸の辺りを回り、何故だかおかしくなってにやけずにはいられない。
『――キィィィイイイイイイイイ』
「え!?」
遠くで聞こえる急ブレーキの音。
『ドガァアアアアアアン――』
振り返った直後に謎の爆発音が空に響いた。
「・・あっちの方向は!」
そう、杏里が向かった方向である。
「まさか・・そんな・・違うよね・・」
不安不安不安不安不安不安不安・・・。
「だって私に出来る事なんて・・・」
目を逸らそうとするマギアスであったが、数秒前まで胸に置いていた同じ言葉が蘇る。
『それって神様がマギアスさんに与えた可能性だと思うんですよね。問題はそれをどう使うかですよ!』
「くっ!」
マギアスはネックレスを服の中にしまうと、音のする方へ走り出した。