カルテ2:ジレンマと頭痛薬
キャラ図鑑2 名前:矢沢・F・ブリティッシュ
年齢35歳 B型 9月14日生まれ 趣味:曲作り ギター 酒
座右の銘「成せば成り上がんだよ」
総人口900万人を誇る大都市エレオスブルグは巨大な防壁の中に多くの街が界隈し、中央に大きな城が聳える城塞都市国家である。貿易も盛んでIDさえ持っていれば隣国との国交も可能な上、国の管理下で鉄道も走るので実際は束縛された環境も昔と比べれば大分緩和されている。
それでも壁の外が見たければ展望台や山に登るか、魔術で空を飛ぶ能力を身につけるのが一番この世界では常識的な考え方だ。
特に魔術は使えれば便利極まりないが、勿論全ての人間が使える訳では無い。
文系頭、理数系頭、美術系アーティスト、スポーツ万能な人間などなど、何らかの能力に秀でた人間が世の中には大勢居る。それと同じ原理で魔術にも向き不向きが有り、努力という言葉の更に先に秀出たセンスという絶対的な運命の城壁が存在する。
この二つのバランスが優れている人間は魔術の専門校へと進学し、魔法使いとして就職するが国が要求する仕事の内容は様々で、物理学者に環境の研究家に運送屋や軍事目的まで多岐に渡る。
心優しきエコロジストから殺戮兵器にまで成りうる職業の対価となる報酬は非常に高く、魔法使いを志す者は後を絶たない。
それは憧れや尊敬のまなざしと共に妬みや僻み、恨み辛みの目線を受ける事を同時に意味している。
少女は17歳にしてその痛みの淵に居た。
マギアス・ストレーガ
エレオスブルグ内の魔術高専に通い、その若さで八芒星という魔法使いの上級階級を取得した類稀な才女である。
彼女に悩みなど存在しない。
悩みが生じる前に問題を消し去り、常に最良の選択を可決してしまうのだ。
突出した頭脳は有りっ丈の優越感と孤独を彼女の心に刻む結果となったが、約束された将来への地盤を固める作業の一つだと言い聞かせて来た。
何故ならそれすらも彼女にとって最良の選択だったからだ。
「この問題が解けたのは今日もマギアスだけだったな」
「凄いなぁ、マギアスさんは」
「マギアスさんに限って失敗なんて絶対ありえないっしょ。だって将来を担う八芒星なんだもの」
授業が終わると彼女は喧噪を掻き消すように一人、屋上でご飯を食べる。
市販の頭痛用鎮痛剤を飲み込むと柵ギリギリの所まで体を乗り出し学校の外の景色を眺める。
「外の世界を見てみたい・・」
正確には外の世界に出てみたいという事だ。
この街の城壁には他国から不法侵入されないように魔法の効果を打ち消してしまう結界が張られているので瞬間移動を唱えて外の世界に行く事は不可能である。自力で行こうにもマギアスは放課後も過密スケジュールなので自力で街の外へ行く時間など無い。
又、その様な願いは両親から愚問と言われるのが関の山。
マギアスはブレザーのポケットからデアサブマで処方された漢方薬の袋を取り出すと黙って見つめる。
悩みなど存在しない・・いや、許されない。
風に靡く長い黒髪を手で梳くと、薬と一緒に自由への憧れをポケットへしまい授業へ戻った。
・・・・・
・・・
・・
教室はにぎやかな空気に包まれる中、先生が教卓に立った。
「えぇ、それではみなさん。前から話していた通り本日の午後は健康診断を行います!魔法の詠唱を行うには心身共に健康で居る事が重要ですのでキッチリと検査をして気持ちの良い授業を迎えましょう」
クラス別に男女ごとに分けて測定会場に入る。決してやましい検査など無いのだが、思春期の生徒たちの抱える学校としては妥当な制度だろう。ちなみに男子は体育館、女子は保健室で診てもらう予定だ。
「それでは女子生徒の方どうぞ」
中からの呼び出しに応え、生徒たちが保健室へと入る。
『ガラガラ・・』
「・・・・え?」
マギアスは目を点にした。
「さぁ、らっしゃい、らっしゃい、今なら血圧測定もついてお得だよう!こんな良心的な診療所はデア・サブマだけだよぅ!」
そこに立っていた白衣の看護師はマギアスにとって本日二度目の再開となる杏里であった。
「何、あの人?」
「ちょっと、ヤバくない!!?」
朝の出来事などクラスメイト達は知る訳も無く身長、体重、視力など身体に関する測定をどんどん行っていく。
ちなみに男子を診ているのは矢沢先生である。
「あぁ、面倒くせぇな・・何で男の成長なぞ記録せねばならんのだ。どうせカルシウムとりゃあ、まだまだ大きくなるんだろ?・・ったく・・ぶつ・・ぶつ・・」
「うるせぇな!早く計れよ!後ろがつっかえてるだろ!!?」
「んぁあ?てめぇの視力は-1億で記録してやる。何をするにも眼鏡を義務付けられる運命に散れ!」
「うわぁ、目がぁ・・俺の視力がぁああ!!」
天邪鬼の矢沢先生が生徒たちとジャレ合っている間に杏里の方もどんどん生徒の測定を終えていく。
「はい、おめでとうございます」
「え?・・どうも・・」
生徒が測定を終える度に杏里が何かを手渡している事をマギアスは薄々感づいていたが、関わりたくないので知らないフリをしていた。
「お次はマギアス・ストレーガさんですね」
「・・・・・・・・・・・・・」
「さぁ、どうぞ!」
すっとぼけたイメージとは裏腹に杏里は手際よく身体検査を行っていき、マギアスの番になると更にボルテージは上がって視力検査用のボードを叩いて足元のラジカセのスイッチを入れる。重低音のBGMが保健室に鳴り響く。
「YOYO!検査値の偏差値♪視力に死力を尽くして微力ながら魅力を引き出してやるZE!」
「・・何言ってるんですか?っていうか今日はインホスのスタッフさん達が来て出さる予定では無かったのですか!?」
マギアスの言う通り、本日はインホスの内科と管理士達が5人以上の万全な体制で測定しに来る段取りだったはずなのだが、まさかの無関係なデア・サブマの看護師が一人という効率の悪さにマギアスの眉間にしわの三段山が作られていた。
「何だかインホス勢は前の仕事が予想以上に時間がかかってしまい、今急いでこっちへ向かっていますが、それまでのピンチヒッターとして召喚された次第でございます」
まどろっこしい言い回しだが、要は繋ぎとして都合がついたのがデア・サブマだけだったという事を悟った。何かトラブルがあった場合はどちらの機関が責任をとるのだろうか?無責任な対応にマギアスは大きな溜息を一つ吐いた。
「大丈夫ですよ!信頼と真心のデア・サブマですから!極上の測定をお約束いたします!!」
「いえ、普通の測定でいいです」
「そうですか?ではこれをどうぞ」
遮眼子という視力検査の時に片方の目を覆うために使う黒い棒を杏里はマギアスに手渡す。
勿論マギアスは何のためらいも無くその棒で片方の目を隠すが、杏里がニヤニヤして何か変だ。
「小さい頃から思ってたんだけど、その棒って海賊の船長が着ける眼帯みたいだよね!マギアス船長可愛い♡」
「はあ?訳のわかんない事を言わないで下さいっ!!!そもそもアナタ本当に看護師なんですか!?カラートレンカに健康サンダルを履いた看護師なんて見た事無いですよ!」
確かに杏里はこの日、ワンピース型の白衣の下に水色のトレンカを履いていた。
「このトレンカ、足のむくみに凄く効くんですよ!健康サンダルも含めて私が『エレオス健康大使』にならなくては」
「節度という物があるでしょう?だったら白や肌色のトレンカを探せば良いだろうし、黙々と医療業務に準じてればそれで職務は全う出来るわけじゃない!?わざわざ変なキャラ作りしなくてもいいです」
「・・ッてな事を言っている内に終わりましたよ」
「へ?」
杏里がバインダーへスラスラとデータ記入していき、特殊な機会に用紙を入れた。
「診た感じ、特に身体的な異常は見られないですね。一応インホスの方にもデータは提出しておきますけど、社外秘ですので個人情報は護ります。例え某国のスパイが来て私と恋愛絡みの切ない展開が発生してもマギアスさんの身体測定の情報だけは護り抜きます」
「だから、そういうのが要らないって言って――」
「はい、どうぞ!」
プンスカと顔を赤くして怒るマギアスだったが、杏里は物ともせずに彼女の手の中に他の人達と同じ物を渡した。
「!?・・これは何ですか?」
手の中には紅白まんじゅうが入っていた。しかも丁寧に『祝・健康優良生徒』というノシと水引まで付けられている。
「エヘヘ、本年度の健康診断も無事に完了しました!その記念品です」
グッドサインをする杏里の顔をマギアスはギリっと睨みつける、
『バンッ――』
乾いた音と共にまんじゅうはマギアスの手から杏里のナース服の腹部へと移っていた。
「健康じゃない人はどうするんですか!!?悪ふざけもいい加減にしてください!」
「え?」
「貴方みたいにチャラチャラしている方と接するとストレスが堪るんです」
そう言い残すとマギアスは勢いよく戸を開けた。
「あ、マギアスさん!!」
「・・もう、私に絡まないでください」
『ピシャン――』
冷めた怒りと共にドアが力の限り閉められて杏里は追いてきぼりを喰らった。
手元には
・・・
・・
・
その直後に辿り着いたインホススタッフ達がサブマ組を退けて次のクラスの測定をしている頃、マギアスは教室で何事も無かったかのように『攻撃魔法の参考書』に目を通している。
表面上は・・何事も無かったかのように・・
「ぐっ・・」
活字が思うように頭の中に入って来ないまま、妙な苛立ちだけが押し寄せてくる。
此処の所、こういった苛立ちが毎日続いていて不安定な心の迷路の中から抜け出せずに負の感情に悩まされていた。
何故ならこういった情緒不安定な状態では魔術の詠唱は非常に難航を極め、実際のところ最近は八芒星としての能力や輝きなど微塵もない。なので最初は風邪をこじらせたのかと思い、軽い気持ちでインホスへ行き、デア・サブマを紹介されて序盤の『自律神経失調症』の診断を下されたという道筋になったのだ。
薬を飲んだ所で症状は緩和されても現状を打破できない事実にマギアスは病院を出た後に酷く落胆し、何も出来ない現代の医療や未来に若者ながら失望してしまっていた。
その類稀な能力値地の高さからクラスメイト達からは距離を取られ、たった一つの自負と生きがいとしていた魔術も失いかけマギアスは何もない空っぽの自分に感じる不安を杏里にぶつけてしまっていた。
そうすれば、一時は感情を吐き出す事で気持ちは楽になる。
その後、気持ちが落ち着いた途端に八つ当たりをしてしまったという自己嫌悪が急激に心の中を締め付ける。
今、感じている苛立ちは簡単な参考書が読めない、そんな自分自身に対する不甲斐無さだろう・・。
(もう、私の価値なんか無いんだ・・・)
・・・・
・・・
・・
・
「おし、今日の健康診断はデータ上、失明表記の患者が人くらい居たが取りあえず無事に完了だな」
『成りあがり上等』と書き込まれたステッカーを勝手に貼りつけたローライダー型のレンタカーに健康診断で使用した機材を仕舞い込み、運転席に入った矢沢先生が車に乗り込む。しかし、杏里は車の外でボーっと学校を眺めていた。
「おい、杏里!早くしないと置いてくぞ!」
「わ、待ってくなんしょ!」
杏里は「ハッ!」とした顔をして車に乗り込む。
「今朝の患者の事が気になるのか?」
「・・・・・」
「此処から先は俺等が関わるべき仕事じゃない・・てめぇの足で動かねぇといけない事だってあるからよ」
矢沢先生は内情を悟り杏里をなだめるが、彼女は寂しげに振り返ると遠くなって行く学校をずっと眺めていた。