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旅立ちの日

 「有難う」と言ってお巡りさんの手を掴む。立ち上がりもう一度お礼を言った。お巡りさんは、ニコニコと微笑んで


「良かった。君を探していたんだよ。家族の元へ帰ろう。」


「え………。帰れるの……?」


「お母さんたち、君が帰って来るのをきっと待っているよ」


「私の事、知ってるの?」


 少女は自分の名前も、家族の事も、住んでいた場所も、よく憶えていなかった。このお巡りさんは私の事を探していたと言った。と言う事は私の事を知っているって事だ。そう思って訊いたのだった。でもお巡りさんは済まなそうな顔をする。


「ご免ね。名前は知らないんだ。でも住んでいた所なら、何となく憶えてる。…と言うか、近くまで行ったら君が思い出すかと思って。……どうかな。一緒に行くかい?」


 少女は少し考えて、お巡りさんと一緒に行く事にした。その事を女将さんに伝えると


「そうかい。いつまでもここに居てくれて良かったんだけどねぇ。……それじゃあ、お嬢ちゃんがここに来た時に着ていた服に着替えてくれるかい? ここの物は何一つ持ち出してもらっちゃ困るんだよ」


 と言った。少女はコクリと頷く。女将さんは、済まないねと言って店の奥に引っ込んだ。


 少女は自分が住まわせてもらつていた部屋に入り、自分の服に着替えた。廊下に出て部屋を振り返る。


「短い間だったけど、私のお部屋になってくれて有難う」


 と、深々とお辞儀をしてチューリップの絵が描かれたふすまを閉じた。


 長い廊下をゆっくりと歩く。そして、もう観る事の無い絵に別れを告げる様に、ふすま一枚一枚に触れながら進んだ。


 店へと続く扉を開けて店内に入る。お巡りさんはカウンター席に座り、女将さんが出してくれた食事に箸を付けようとしていた。


「あっ、お嬢ちゃんも、こっちにおいで。最後にここの料理を食べて行っておくれよ」


 と言いながら女将さんが手招きをする。少女はお巡りさんの側に行き隣にちょこんと腰掛けた。すぐに食事を用意してくれた。お巡りさんは少女が席に着くのを待っていてくれたようで、まだ箸を付けていなかった。


 「さあ、召し上がれ」の女将さんの言葉に、頂きます。と二人で言い食べ始めた。


 炊きたての白いご飯。ワカメと油揚げの味噌汁。里芋、椎茸、筍、鶏のぶつ切りが入った煮物。こんにゃくの田楽。野菜が沢山入った白和え。


「これは美味しいですね。こんなに美味しい食事は久しぶりですよ。」


「有り難うございます。そう言って頂けると、作った甲斐があるってもんですよ」


 そう言って女将さんは、ころころと笑う。この笑い声が聞けるのも今日までなんだ。少女は一品一品の味を噛み締める様に食事を続けた。


 少女が食事を終える頃に、あの男の子がやって来た。


「ここ出て行くの?」


「うん。お巡りさんと一緒に帰るのよ」


 少女はにっこり微笑む。


「そうなんだ。……又、会おうね」


「うん」


 きっとだよ。と男の子は言った。


 店の従業員や女将さん、男の子に見送られ、お巡りさんと少女は、店をあとにした。








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