赤提灯の宿
暖簾をくぐると目の前にカウンターがあった。カウンター越しに、狐の面を着けた人々が所狭しと動き回っている。店内を見回すと、カウンターテーブルも柱や梁も黒光りしていてかなり古い建物だと伺える。
「おや、可愛らしいお嬢ちゃんだねぇ。よく一人で来られたね」
と、その店の女将さんらしき人が声を掛けて来た。
「狐のお面の若いお兄ちゃんが連れて来てくれたの」
「そうかい。お狐様が導いて下さったんだね。ほら、ここにお座り」
そう言われて、大人しく目の前の古ぼけた椅子に腰掛ける。はいと小鉢と飲み物がカウンターテーブルに置かれた。
「さあお食べ。お腹すいただろ?」
少女はこくりと頷き、有難うと言って食べ始めた。
ここで働く人たちは皆狐の面をしているけど、お客さんたちは誰もお面を着けていなかった。なぜなのか訳を聞いてみると。
「ここのお客さんたちは皆お面を着けていないね。あの人たちは一年ぐらいで皆旅立って行くんだよ。私たちお面を着けた者たちは、何百年もこの地に縛られるんだよ… 粗末にしちまったからね…」
「何を?」
「一番、大事なモノさ…」
少女は意味が分からず首を傾げる。女将さんは小さく笑って
「寝る処が無いだろう? ここに泊まれば良いさ。お客さんは皆ここに寝泊まりしてるんだよ。いつまでも居て良いんだからね」
と言い、食事が終わった少女を店の奥へと連れて行く。広い長い廊下の両脇は、ずらっと奥までふすまが続いている。扉には各部屋ごとに違う絵が描かれていた。
立派な枝振りの松の絵。今にも飛び掛かって来そうなトラの絵。波一つ無く凪いだ浜辺。桜風吹が一面に舞い散る絵に、荘厳な観音様。どれもこれも見事で、迫力のある絵ばかりだった。その中のひと部屋に通された。
「いいかい。お嬢ちゃんの部屋は、このチューリップの絵が描かれているふすまだからね。間違えるんじゃ無いよ。分かったね」
少女はこくりと頷く。ひと部屋ごとにふすまの柄が違うので間違う事は無さそうだ。それじゃあね。と踵を返す女将さんに有難うと言ったら頭を撫でてくれた。
ピンクや黄色のチューリップが扉一面に描かれている。まるでお花畑のようなふすまを開けて中へ入ると、そこは少女の為にあつらえた様に可愛らしい部屋だった。
畳かと思われたその部屋は、一面フローリング仕様に成っていて、ふかふかのピンク色のラグが敷いてある。白いシングルベッドにはピンクの花柄の布団。うさぎやくまのぬいぐるみ。ハート型のクッションが二個。クローゼットの中には少女にぴったりのサイズの、お洒落な服が沢山掛けてある。床の上に積み上げられた箱の中には、バックや靴や帽子が入っていた。
「…これ…。私が使っても良いのかな…」