狐のお面
少女はヨロヨロと路地の中へ足を踏み入れた。その途端、ぱあっと辺りの景色が一変した。
遠くでピーヒャララと祭り囃子が聴こえる。賑やかな人の声、橙色の提灯がぶら下がり、路の両脇には出店が所狭しと奥の方まで並んでいる。浴衣姿の老若男女が楽し気に下駄を鳴らす。その顔には皆、狐の面を着けていた。
……今まで何も無かったのに…真っ暗だったのに…何でこんなに人がいるの?
少女はキョロキョロしながらゆっくりと歩き出した。
焼きイカ、ヨーヨー釣り、射的、金魚掬い、綿菓子、たこ焼き…。色んな店がある。砂糖醤油の焦げた香ばしい匂いやソースの薫り、飴細工の甘い香りが身体に纏わり付いてくる。少女もいつの間にか笑顔に成っていた。テキ屋のおじさんに手招きされてそちらに歩いて行く。首を傾げて立っていると、割り箸に刺された綿菓子を手渡してくれた。有難うとお礼を言って歩き出す。人々の顔は面の下で見えないけれど、とても楽しそうに笑っている様に見えた。
あちこちフラフラ観ていると、ドンと誰かとぶつかってしまった。
「あっ、ご免なさい」
そう言ってその人を見上げる。すらりと背が高くホッそりとした若者が、藍色の浴衣を着て少女を見下ろしていた。
やっぱり顔には狐の面がある。でも他の人の物より手が込んだ造りに成っていて、模様も色も艶やかだった。
その人は少女に手招きをする。どこへ行くんだろうと思ったけど、何となく気に成ってその人の後に付いて行った。その人は振り向き、嬉しそうに少女の手を取って歩き出した。透き通る程に白くて、しなやかな手だった。
林の奥へと路を進んで行く。やがて店は無くなり人々の姿も消え、あんなに賑やかだった喧騒も無く成った。それでも歩みを止める事なく灯りの全く無く成った林の奥へとその人は進む。
辺りは月明かりも射し込まず薄暗いのに、なぜかその人と自分の姿ははっきりと見える。まるで発光しているみたいだ。灯りが無くて怖い筈なのに、隣を歩く人から伝わる優しげな雰囲気が少女の恐怖を取り除いてくれる。
「どこに行くの?」と何度訊ねてもその人は何も応え無い。足元が暗いのにその人は迷う事なく真っ直ぐに、下駄をカランコロンと鳴らしながら、響かせながらゆっくりと少女の歩幅に合わせて歩いて行く。
そうする内に、紅い提灯の灯りが左右にポツポツと見えて来た。居酒屋の様な店構え、朱色の暖簾が掛かっている。そんな店が、細い路地の向かいに軒を連ねていた。その中の一軒の前で立ち止まったその人は、少女を見下ろした。
「ここに入るの?」
少女は見上げてそう訊ねると、その人はゆっくりと頷いた。繋いでいたしなやかな手を離れ、店に一歩二歩と歩み寄る。振り返り「有難う」と伝えるとその人は微笑んだ様に見えた。そして、光りの中へ消えて行った。