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推しの悪役(ラスボス)にプロポーズされましたが、解釈違いです

作者: 古沢樹
掲載日:2026/07/17

「俺と結婚してくれ、エルマ」


 薄暗い王宮の地下書庫。


 埃っぽい空気の中で、

 その男は信じられないほど美しく微笑んでいた。


 夜空を溶かしたような漆黒の髪。

 冷徹な光を宿す、冷たいサファイアの瞳。

 そして、すべてを拒絶するような傲岸不遜な佇まい。


 彼こそが、この国の若き宰相にして、

 乙女ゲーム『クリスタル・ファンタジー』の

 最凶にして最強のラスボス――。


 『終焉の黒公爵』こと、ルシード・フォン・ラディス様である。


 ちなみに私は、

 彼がラスボスとして主人公(聖女)に討たれ、

 美しく散っていく姿を画面越しに

 三日三晩泣きながら拝み倒した、ただの限界オタクだ。


 現在、下級貴族の書庫番として、

 ひっそりと「生・推し活」を楽しんでいたのだが……。


 なぜか、推しが私の目の前で、

 片膝を突いて最高級の魔石の指輪を差し出している。


「ルシード様……」


「あぁ、エルマ。返事を聞かせてくれ」


 うるわしい。

 顔面が国宝。

 声の低音の響きだけで白飯が三杯いける。


 だがしかし。

 声を大にして言いたい。


「――お断りします」


「……何?」


 ルシード様の美しい眉が、ピクリと跳ねた。


 周囲の人間が見たら、恐怖で失神するレベルの冷たい視線が私を射抜く。


 しかし、私の絶望は別のところにあった。


(違う!!! 違うのよルシード様!!!)


(ルシード様は孤独を愛し、全人類を見下し、『女など、ただの肉塊に過ぎん』とか言いながら冷酷に世界を滅ぼそうとするから尊いのよ!?)


(それが何!? 地下書庫の隅っこで、芋くさい書庫番の女に片膝突いてプロポーズ!?)


(解釈違いの極みだよ!!!)


 私のオタク魂が、

 大音量で警報を鳴らしていた。


 推しが、私の知っている「公式設定」から

 音を立てて崩れていく。この恐怖が分かるだろうか。


「理由を聞こう。俺の調べでは、お前に恋人がいるという形跡はなかったが」


 ルシード様が立ち上がり、

 すっと私との距離を詰めてくる。


 ひぇっ、と喉が鳴った。

 身長差が最高。見上げる角度が完璧。

 だけど、言ってる中身がストーカー一歩手前である。


「恋人がいないから、即結婚、とはならないかと存じます……!」


「なぜだ? お前は俺のことが好きなのだろう?」


「はぃ……?(素狂)」


 あまりのド直球に、

 素で変な声が出てしまった。


「隠さなくていい。俺の動向を、お前はいつも遠くから熱い目で見つめていたな」


「それは……その……」


(推しが視界に入ったら、ガン見するに決まってんだろ!)


「それだけではない。俺が激務で倒れそうになった夜、俺の執務室の机に、好物の『激苦ブラックコーヒー』と『夜間視力向上ポーション』を差し入れたのはお前だ」


「ギクッ」


(推しの健康管理はオタクの義務だからだよ!)


「さらに、俺が裏の仕事で着る漆黒の外套。あれのほつれを、誰も気づかぬうちに完璧な魔力縫製で修復していたのもお前だな」


「あ、あれは……っ」


(推しの衣装の作画崩壊ほつれを見過ごせるわけないだろ!)


 ルシード様は、勝ち誇ったような、

 それでいて少し切なげな、見たこともない微笑みを浮かべた。


「そこまで俺を理解し、陰から尽くしてくれる女は、後にも先にもお前だけだ、エルマ。俺も、お前のその健気さに……心を動かされた」


(健気じゃない!!! ただのストーキング気質のファンだよ!!!)



 場所を少し移動して、

 書庫の奥にある受付カウンター。


 ルシード様は、まるで自分の執務室かのように

 自然な動作でお茶を淹れ、私に差し出してきた。

 手際が良すぎる。


「……ルシード様。大変恐れ多いのですが、私はルシード様と結ばれたいわけではないのです」


「ふむ? 照れているのか?」


「いいえ、大真面目です。私は、ルシード様の『ファン』なのです」


「ふぁん?」


 ルシード様が、

 見たこともない猫のような顔で小首を傾げた。

 可愛い。でも解釈違いだ。


「ファンとは、推し――つまりルシード様を遠くから見守り、その幸せ、あるいは美しい破滅を陰から応援する存在のことでして……」


「破滅?」


「あ、いや、なんでもありません。とにかく! 私はルシード様の人生という名の『舞台』を、客席の最前列で浴びたいだけなのです! 舞台の上に上がって、共演者になりたいわけではッ!」


 身振り手振りを交えて

 必死に熱弁する私を、

 ルシード様はじっと見つめていた。


 そのサファイアの瞳に、

 じわじわと妖しい光が灯っていく。


「……なるほど。よく分かった」


「分かってくれましたか!」


 ホッと胸をなでおろした、次の瞬間。


 ルシード様がカウンターに両手を突き、

 私を完全に閉じ込める形で、顔を近づけてきた。

 いわゆる、カウンタードン、である。


「つまりお前は、俺を『見る』のが好きだと」


「ひゃいっ、そうです!」


「ならば、結婚すれば毎日見放題だぞ。朝起きてから、夜眠るまで、お前の言う『最前列』を永久に貸し切りだ」


 低音のハスキーボイスが、鼓膜を震わせる。


(顔が良い!!! 顔が良いけど、攻め方の癖が強い!!!)


「そ、そういう物理的な距離の話ではなくてですね! ルシード様はもっと、こう……冷酷で、女なんか一瞥もせず、孤独の闇に生きる男であられなくてはならないのです!」


「……お前の中の俺は、ずいぶんと生きづらそうだな」


「それがルシード様の美学なんです!!」


 思わず本音が炸裂した。


 ルシード様は一瞬呆気に取られた後、

 くくっ、と低く笑い声を漏らした。

 あ、今の笑い方はちょっと公式設定に近い。素晴らしい。


「面白い。お前といると、退屈しないな」


「退屈してください! そして私に興味を失ってください!」


「断る。これほど俺の心を掻き乱す女を手放すつもりはない」


 ルシード様は、私の手を取ると、

 その甲に優しく、しかし有無を言わせぬ強さで

 誓いのキスを落とした。


「外堀から埋めさせてもらう。覚悟しておけ、我が愛しのファン(エルマ)よ」


 そう言い残し、黒い外套を翻して

 風のように去っていくラスボス。


 残された私は、

 頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「どうしよう……推しのキャラ崩壊が止まらない……!!」


 こうして、

 冷酷なラスボス(私限定で激甘)と、

 推しの公式設定を死守したいオタクによる、

 絶対に噛み合わない攻防戦が幕を開けたのだった。

ご覧くださりありがとうございます!


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