推しの悪役(ラスボス)にプロポーズされましたが、解釈違いです
「俺と結婚してくれ、エルマ」
薄暗い王宮の地下書庫。
埃っぽい空気の中で、
その男は信じられないほど美しく微笑んでいた。
夜空を溶かしたような漆黒の髪。
冷徹な光を宿す、冷たいサファイアの瞳。
そして、すべてを拒絶するような傲岸不遜な佇まい。
彼こそが、この国の若き宰相にして、
乙女ゲーム『クリスタル・ファンタジー』の
最凶にして最強のラスボス――。
『終焉の黒公爵』こと、ルシード・フォン・ラディス様である。
ちなみに私は、
彼がラスボスとして主人公(聖女)に討たれ、
美しく散っていく姿を画面越しに
三日三晩泣きながら拝み倒した、ただの限界オタクだ。
現在、下級貴族の書庫番として、
ひっそりと「生・推し活」を楽しんでいたのだが……。
なぜか、推しが私の目の前で、
片膝を突いて最高級の魔石の指輪を差し出している。
「ルシード様……」
「あぁ、エルマ。返事を聞かせてくれ」
うるわしい。
顔面が国宝。
声の低音の響きだけで白飯が三杯いける。
だがしかし。
声を大にして言いたい。
「――お断りします」
「……何?」
ルシード様の美しい眉が、ピクリと跳ねた。
周囲の人間が見たら、恐怖で失神するレベルの冷たい視線が私を射抜く。
しかし、私の絶望は別のところにあった。
(違う!!! 違うのよルシード様!!!)
(ルシード様は孤独を愛し、全人類を見下し、『女など、ただの肉塊に過ぎん』とか言いながら冷酷に世界を滅ぼそうとするから尊いのよ!?)
(それが何!? 地下書庫の隅っこで、芋くさい書庫番の女に片膝突いてプロポーズ!?)
(解釈違いの極みだよ!!!)
私のオタク魂が、
大音量で警報を鳴らしていた。
推しが、私の知っている「公式設定」から
音を立てて崩れていく。この恐怖が分かるだろうか。
「理由を聞こう。俺の調べでは、お前に恋人がいるという形跡はなかったが」
ルシード様が立ち上がり、
すっと私との距離を詰めてくる。
ひぇっ、と喉が鳴った。
身長差が最高。見上げる角度が完璧。
だけど、言ってる中身がストーカー一歩手前である。
「恋人がいないから、即結婚、とはならないかと存じます……!」
「なぜだ? お前は俺のことが好きなのだろう?」
「はぃ……?(素狂)」
あまりのド直球に、
素で変な声が出てしまった。
「隠さなくていい。俺の動向を、お前はいつも遠くから熱い目で見つめていたな」
「それは……その……」
(推しが視界に入ったら、ガン見するに決まってんだろ!)
「それだけではない。俺が激務で倒れそうになった夜、俺の執務室の机に、好物の『激苦ブラックコーヒー』と『夜間視力向上ポーション』を差し入れたのはお前だ」
「ギクッ」
(推しの健康管理はオタクの義務だからだよ!)
「さらに、俺が裏の仕事で着る漆黒の外套。あれのほつれを、誰も気づかぬうちに完璧な魔力縫製で修復していたのもお前だな」
「あ、あれは……っ」
(推しの衣装の作画崩壊を見過ごせるわけないだろ!)
ルシード様は、勝ち誇ったような、
それでいて少し切なげな、見たこともない微笑みを浮かべた。
「そこまで俺を理解し、陰から尽くしてくれる女は、後にも先にもお前だけだ、エルマ。俺も、お前のその健気さに……心を動かされた」
(健気じゃない!!! ただのストーキング気質のファンだよ!!!)
◆
場所を少し移動して、
書庫の奥にある受付カウンター。
ルシード様は、まるで自分の執務室かのように
自然な動作でお茶を淹れ、私に差し出してきた。
手際が良すぎる。
「……ルシード様。大変恐れ多いのですが、私はルシード様と結ばれたいわけではないのです」
「ふむ? 照れているのか?」
「いいえ、大真面目です。私は、ルシード様の『ファン』なのです」
「ふぁん?」
ルシード様が、
見たこともない猫のような顔で小首を傾げた。
可愛い。でも解釈違いだ。
「ファンとは、推し――つまりルシード様を遠くから見守り、その幸せ、あるいは美しい破滅を陰から応援する存在のことでして……」
「破滅?」
「あ、いや、なんでもありません。とにかく! 私はルシード様の人生という名の『舞台』を、客席の最前列で浴びたいだけなのです! 舞台の上に上がって、共演者になりたいわけではッ!」
身振り手振りを交えて
必死に熱弁する私を、
ルシード様はじっと見つめていた。
そのサファイアの瞳に、
じわじわと妖しい光が灯っていく。
「……なるほど。よく分かった」
「分かってくれましたか!」
ホッと胸をなでおろした、次の瞬間。
ルシード様がカウンターに両手を突き、
私を完全に閉じ込める形で、顔を近づけてきた。
いわゆる、カウンタードン、である。
「つまりお前は、俺を『見る』のが好きだと」
「ひゃいっ、そうです!」
「ならば、結婚すれば毎日見放題だぞ。朝起きてから、夜眠るまで、お前の言う『最前列』を永久に貸し切りだ」
低音のハスキーボイスが、鼓膜を震わせる。
(顔が良い!!! 顔が良いけど、攻め方の癖が強い!!!)
「そ、そういう物理的な距離の話ではなくてですね! ルシード様はもっと、こう……冷酷で、女なんか一瞥もせず、孤独の闇に生きる男であられなくてはならないのです!」
「……お前の中の俺は、ずいぶんと生きづらそうだな」
「それがルシード様の美学なんです!!」
思わず本音が炸裂した。
ルシード様は一瞬呆気に取られた後、
くくっ、と低く笑い声を漏らした。
あ、今の笑い方はちょっと公式設定に近い。素晴らしい。
「面白い。お前といると、退屈しないな」
「退屈してください! そして私に興味を失ってください!」
「断る。これほど俺の心を掻き乱す女を手放すつもりはない」
ルシード様は、私の手を取ると、
その甲に優しく、しかし有無を言わせぬ強さで
誓いのキスを落とした。
「外堀から埋めさせてもらう。覚悟しておけ、我が愛しのファン(エルマ)よ」
そう言い残し、黒い外套を翻して
風のように去っていくラスボス。
残された私は、
頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「どうしよう……推しのキャラ崩壊が止まらない……!!」
こうして、
冷酷なラスボス(私限定で激甘)と、
推しの公式設定を死守したいオタクによる、
絶対に噛み合わない攻防戦が幕を開けたのだった。
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