2話 前世ADと公爵令嬢、気高き黄金儀式の前夜
公爵邸の執務室。
分厚いカーテン越しに差し込む陽光の下、私は机いっぱいに広げた『神代の予言書(※乙女ゲーム攻略本)』へ赤ペンを走らせていた。
執事セバスチャン。
前世は深夜バラエティを回す敏腕AD。
過労死寸前のテンションで転生したせいか、記憶はところどころ混濁しているが――
“番組制作の兵法”だけは魂に刻まれたままだ。
「……ふむ。明日の新入生歓迎会で、第一王子殿下がセシリアお嬢様を糾弾する“公開謝罪ロケ”が予定されている、と」
私は赤ペンで丸をつけ、深く頷いた。
「となれば、裏方の出番。演者の覚悟を引き出す“神具”の準備が必要だな」
私は企画書を抱え、お嬢様の私室へ向かった。
◆
「――というわけで、お嬢様」
私は恭しく一礼し、企画書を差し出した。
「明日の夜会にて、殿下が公衆の面前でお嬢様を非難する段取りとなっております」
「まあ。わたくしを辱めるつもりなのかしら?」
お嬢様は紅茶を置き、金色の瞳を細める。
その姿はまさに“気高さの化身”。
「いえ、これは殿下が“器の大きさ”を示すための壮大なフリ(儀式への導入)です。
そこで――前世の兵法書に伝わる《大いなる天罰の盆》を用いた覚醒儀式を施すべきかと」
私は設計図を広げ、胸を張った。
「タライとは、頭頂部の百会を適度に刺激し、魔力回路を強制活性化させる神具。
衝撃吸収スライム合金を純金でコーティングした特注品で、安全性は100%保証いたします」
前世のプロ意識にかけて、演者に怪我をさせるようなセットは絶対に組まない。
コンプライアンスは裏方の矜持だ。
お嬢様は設計図を見つめ、扇子で口元を隠して微笑んだ。
「なるほど……殿下は未熟ゆえ、あえて公の場で己を貶めることで覚悟を示そうとしているのね。
ならば婚約者として、その儀式を完遂させるのがローゼンベルク家の義務……!」
「左様でございます!
殿下から最高の覚悟を引き出してみせましょう!」
こうして、
完璧な意思疎通(致命的な勘違い)
が成立した。
◆
そして当日――
大広間の暗がりに潜み、私はストップウォッチ型魔導具を握りしめていた。
中央では、特待生リリィ嬢が怯えた演技をし、殿下がそれを庇うように前へ出る。
会場の視線が一点に集中し、空気が張り詰める。
『俺は、この可憐なリリィ嬢を生涯守り――!』
(よし、声量バッチリ!
ヒロインの子も最高のフリ!
オーディエンスの視線も完全にロックオン!
いまです、お嬢様!!)
お嬢様の扇子が、優雅に――しかし確実に――合図を送る。
私は迷いなくスイッチを押し込んだ。
◆
カァァァァァァーーンッ!!!
黄金のタライは完璧な軌道で殿下の頭頂を捉え、
美しい金属音を響かせた。
「ふぇ?」
殿下は白目を剥き、ゆっくりと崩れ落ちる。
会場は静寂と混乱の狭間で凍りついた。
ただ一人、セシリアお嬢様だけがコツコツと歩み寄り、
扇子越しに静かに告げる。
「……お静かに、殿下」
その一言で、場の空気が完全に支配された。
(安全性ヨシ!
落下タイミング完璧!
最高の画が撮れました!!)
私は暗がりでガッツポーズを決め、
『落下タイミング完璧! 安全基準ヨシ!』
と書かれたカンペボードを掲げた。
お嬢様は気高く微笑み返す。
こうして、
セシリアお嬢様の“第一回特番ロケ”は大成功を収めた。
まさかこの儀式を“おかしなドッキリ特番”だと正しく理解していたのが、
あの場でただ一人――リリィ嬢だけだったとは。
私もお嬢様も、知る由もなかった。




