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2話 前世ADと公爵令嬢、気高き黄金儀式の前夜

公爵邸の執務室。

分厚いカーテン越しに差し込む陽光の下、私は机いっぱいに広げた『神代の予言書(※乙女ゲーム攻略本)』へ赤ペンを走らせていた。


執事セバスチャン。

前世は深夜バラエティを回す敏腕AD。

過労死寸前のテンションで転生したせいか、記憶はところどころ混濁しているが――


“番組制作の兵法”だけは魂に刻まれたままだ。


「……ふむ。明日の新入生歓迎会で、第一王子殿下がセシリアお嬢様を糾弾する“公開謝罪ロケ”が予定されている、と」


私は赤ペンで丸をつけ、深く頷いた。


「となれば、裏方の出番。演者キャストの覚悟を引き出す“神具”の準備が必要だな」


私は企画書を抱え、お嬢様の私室へ向かった。



「――というわけで、お嬢様」


私は恭しく一礼し、企画書を差し出した。


「明日の夜会にて、殿下が公衆の面前でお嬢様を非難する段取りとなっております」


「まあ。わたくしを辱めるつもりなのかしら?」


お嬢様は紅茶を置き、金色の瞳を細める。

その姿はまさに“気高さの化身”。


「いえ、これは殿下が“器の大きさ”を示すための壮大なフリ(儀式への導入)です。

そこで――前世の兵法書に伝わる《大いなる天罰のタライ》を用いた覚醒儀式を施すべきかと」


私は設計図を広げ、胸を張った。


「タライとは、頭頂部の百会ひゃくえを適度に刺激し、魔力回路を強制活性化させる神具。

衝撃吸収スライム合金を純金でコーティングした特注品で、安全性は100%保証いたします」


前世のプロ意識にかけて、演者に怪我をさせるようなセットは絶対に組まない。

コンプライアンスは裏方の矜持だ。


お嬢様は設計図を見つめ、扇子で口元を隠して微笑んだ。


「なるほど……殿下は未熟ゆえ、あえて公の場で己を貶めることで覚悟を示そうとしているのね。

ならば婚約者として、その儀式を完遂させるのがローゼンベルク家の義務……!」


「左様でございます!

殿下から最高の覚悟(リアクション)を引き出してみせましょう!」


こうして、

完璧な意思疎通(致命的な勘違い)

が成立した。



そして当日――


大広間の暗がりに潜み、私はストップウォッチ型魔導具を握りしめていた。


中央では、特待生リリィ嬢が怯えた演技をし、殿下がそれを庇うように前へ出る。

会場の視線が一点に集中し、空気が張り詰める。


『俺は、この可憐なリリィ嬢を生涯守り――!』


(よし、声量バッチリ!

ヒロインの子も最高のフリ!

オーディエンスの視線も完全にロックオン!

いまです、お嬢様!!)


お嬢様の扇子が、優雅に――しかし確実に――合図を送る。


私は迷いなくスイッチを押し込んだ。



カァァァァァァーーンッ!!!


黄金のタライは完璧な軌道で殿下の頭頂を捉え、

美しい金属音を響かせた。


「ふぇ?」


殿下は白目を剥き、ゆっくりと崩れ落ちる。

会場は静寂と混乱の狭間で凍りついた。


ただ一人、セシリアお嬢様だけがコツコツと歩み寄り、

扇子越しに静かに告げる。


「……お静かに、殿下」


その一言で、場の空気が完全に支配された。


(安全性ヨシ!

落下タイミング完璧!

最高のが撮れました!!)


私は暗がりでガッツポーズを決め、

『落下タイミング完璧! 安全基準ヨシ!』

と書かれたカンペボードを掲げた。


お嬢様は気高く微笑み返す。


こうして、

セシリアお嬢様の“第一回特番ロケ”は大成功を収めた。


まさかこの儀式を“おかしなドッキリ特番”だと正しく理解していたのが、

あの場でただ一人――リリィ嬢だけだったとは。


私もお嬢様も、知る由もなかった。

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