悪役令嬢たちの進撃
それから——社交界は一変した。
ローザリンデ・フォン・シュヴァルツェンベルクと、クラリッサ・デ・ルナフォール。
二人の悪役令嬢が手を組んだ。
この知らせが王都を駆け巡るまでに、丸一日もかからなかった。最初に情報を掴んだのは銀の雫亭の給仕で、彼が馴染みの侍女に耳打ちし、侍女が主人に報告し、主人が茶会で隣の席の令嬢に囁き、囁きが部屋を一周して元の侍女に戻ってきたときには、尾ひれと背びれがついて「二人は血の契りを交わしたらしい」になっていた。
血の契りは交わしていない。紅茶で乾杯しただけだ。
社交界の反応は、大きく三つに分かれた。
一つ目は、恐怖。
「一人でも手に負えなかったのに、二人が組んだらどうなるの?」「もう終わりだわ」「辺境に引っ越す?」「そこローザリンデ様の領地」「詰んだわ」
二つ目は、興奮。
「歴史的事件よ、これは!」「私この時代に生まれてよかった!!」「画家を呼んで記録に残すべきよ」「肖像画の並び順で揉めそうね」
三つ目は、諦念。
「もう好きにしてくれ」
——最多意見だった。
二人の悪役令嬢コンビは、社交界に嵐を巻き起こした。まず、ローザリンデの圧倒的な声量による高笑いで場を制圧し、クラリッサの精密な嫌味で個別撃破。ドレスは漆黒と深紅の二色が常にセットで現れ、それだけで場の空気が凍る。
だが、怖いだけではなかった。
二人が並ぶと、不思議なことが起きた。空気が張り詰める代わりに、どこか活気づくのだ。
「あなた、今日の縦ロール、右が五ミリ長いわよ」
「ローザリンデこそ、そのドレスの襟元、辺境の風が吹いていますわよ」
「辺境の風って何よ。意味がわからないわ」
「三日後に気づきますわ」
「時限式はやめなさいと何度言えば……!」
傍目には険悪に見えなくもないが、空気を読める人間には、あれが友情であることは明白だった。というより、二人は嫌味以外のコミュニケーション手段をほとんど持っていなかった。
褒め言葉を直接言うくらいなら舌を噛む、というのが二人の共通見解。
そのやりとりが——社交界の令嬢たちにとっては、一種の娯楽になっていた。
「今日のローザリンデ様の嫌味、切れ味が甘かったわね!」「いえ、あれはわざと甘くしていたのよ。クラリッサ様の体調が悪そうだったから」「優しさを嫌味で包むの、もう芸術の域ね……!」
いつの間にか、茶会の出席率が過去最高を記録していた。
二人の悪役令嬢が何を言い合うかを聞きたくて、もっと正確に言えば、二人の関係性を観察したくて。令嬢たちが競って茶会に集まるようになったのだ。これまで社交界を支配していた退屈が、嘘のように消えていた。
だが表舞台のやりとりは、氷山の一角に過ぎなかった。
裏ではローザリンデが辺境で培った実務能力と、クラリッサの政治的頭脳が本格的に融合し、ルナフォール侯爵領の経営改革が着々と進んでいた。
まず手をつけたのは交易路の再編だった。
ローザリンデは辺境の薬草農家として商人たちと直接やりとりしてきた経験がある。商人が何を求め、何を嫌い、どういう条件なら首を縦に振るか。教科書には載っていない、泥臭い交渉の肌感覚を持っていた。
「この交易路、三つの商会が利権を分け合っているでしょう。でも実際に荷を動かしているのは末端の馬車組合よ。組合長を押さえれば、商会を通さずに直接取引できるわ」
「商会の面子を潰すことになりますわよ」
「潰すんじゃなくて、競わせるの。末端との直接ルートを見せつけて、商会に条件の改善を迫る。辺境では八百屋のおかみだってやっている交渉術よ」
「……八百屋のおかみ」
「馬鹿にしないで。あのおかみ、仕入れ値の叩き方は侯爵家の財務官より上よ」
クラリッサは最初、ローザリンデの泥臭いやり方に眉をひそめた。彼女の流儀はあくまで上流。書面と社交の場で交渉し、暗黙の圧力で相手を動かす政治だ。だが、ローザリンデの方法が実際に数字を動かすのを目の当たりにして、考えを改めた。
「……あなたの方法は、美しくないわね」
「美しさで領民の腹は膨れないわ」
「でも、効く」
「でしょう?」
逆に、ローザリンデに足りないものをクラリッサが補った。
商人との直接交渉は得意でも、貴族間の政治力学を読む目がローザリンデには欠けていた。どの家門がどの利権を握り、どの婚姻関係がどの同盟に繋がっているのか。社交界の裏地図を、クラリッサは完璧に把握していた。
「ブランシュタイン伯爵家の次男を味方につけたいのでしょう? 彼に直接話を持ちかけてはいけませんわ。まず伯爵夫人に接触するの。彼女は息子の政略結婚に反対していて……次男が自分の意志で誰かと組むことを応援したがっている。夫人を味方につければ、次男は自然とこちらになびくわ」
「……回りくどくない?」
「回りくどいのではなく、正確なの。政治は最短距離で動くと壊れますわ」
「辺境では、最短距離で動かないと日が暮れるけど?」
「ここは辺境ではありませんの」
水と油のようでいて、二人のやり方は噛み合った。
ローザリンデの直線的な推進力が膠着を破り、クラリッサの曲線的な根回しが反発を吸収する。一人では不可能だった速度で、ルナフォール侯爵領の改革が進んでいく。
「あなた、また徹夜したでしょう」
ある朝、クラリッサが呆れた顔でこう言った。マリエッタのアパルトマンに来ると、ローザリンデがテーブルに突っ伏して眠っていたのだ。手元には領地の会計帳簿が広がっている。
「……領地の帳簿に三カ所ミスがあったの。放っておけなくて」
「それは私の仕事ですわ」
「あなたは明日の茶会に備えて寝なさい。高笑いの音圧は睡眠時間に比例するって、ヘルミーネが言っていたわよ」
「ヘルミーネがそんな研究をしているの……?」
「高笑い鑑定士の学術論文に載っていたわ。あの人、論文まで書いているのよ」
「……あの人の情熱の方向性が時々わからなくなりますわ」
クラリッサはローザリンデの肩にブランケットをかけた。そのまま向かいの椅子に座り、帳簿の続きを開いた。ローザリンデが見つけた三カ所のミスの根本原因を追い始める。
マリエッタが朝食を買いに出て、戻ってきたとき——二人とも眠っていた。
ローザリンデはテーブルに突っ伏したまま、クラリッサは椅子の背にもたれて。二人の間に、帳簿が開いたまま置かれている。
マリエッタはブランケットをもう一枚持ってきて、クラリッサにかけた。
悪くない光景だと、マリエッタは思った。




