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食仙(しょくせん)  作者: 不病真人
第一部 穢中五穀輪回地 安此穢得見正真 第一章 福源酒楼

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第三話 聚気湯

「薪の火どうすんだろう...」

 厨房の火に困るも、少ししては火を消す。

(なんとかなった...薪...だから困った...)

人間なんとかなるものだった。

鄭傑は竈の火を消せば、鍋の底に残った粥を小皿へ移した。

彼は少し味が気になっていた、どうして肉とか魚のようなご馳走でもないのに、あんな大男が美味しそうに食べていたのか。


匙を持ち上げたとき、腹が鳴るのをようやく自覚する。

(もう好奇心以外にも食わなきゃならん理由できたな)


 湯気の立つ粥をひと口。


米は柔らかくほどけ、舌の上でほのかな甘みを広げた。そこへ干し菜の塩気が混ざり、素朴ながら奥行きのある味になる。


悪くない。


むしろ、旨い。


だが食べながら鄭傑は静かに眉を寄せた。


 (……俺が作った味、なのか)


確かに自分の手で鍋を回し、火を調えた。

それでも、鍋を扱う時の手つきが妙に自然だった。


 まるで、長年この店で料理をしてきた誰かの癖が、そのまま身体に残っているかのようだ。


転生。ではなさそうだ。

(エナドリがあるし)

鄭はエナジードリンクの瓶を懐に入れていた。


 ならこの技術....この身体の、どこからきてるのだろうか。



まぁ、料理には困らなそうだった。

(ならいいかにはならないけど...)


鄭傑は匙を置き、カウンターへ視線を向けた。

「そろそろだな、腹ごしらえもしたし。」

そう言っては体を動かして手を伸ばす。

 手を伸ばしたその先、そこに一冊の冊子が広げてある。


 黄ばんだ表紙。

擦り切れた角。


墨で書かれた三文字が、荒々しく目に入る。


「殺豚刀法」


筆跡は乱暴だが、妙に勢いがあった。


 鄭傑は冊子を手に取っては冊子を開く。

古紙の匂いが微かに立つ。

紙からかすかに墨の香りが立つ。


江湖を渡り歩いた書物特有の匂いだった。

そう、土と汗臭さが少しある。

「いかにもあれな見た目...湯浴びしてなさそうだし。」

王大虎を思い出しながらに、書物を開く。


 最初の見開きには、簡素な墨絵が描かれていた。


太い線で描かれた円筒状の標的。

(柱か。)

その前に立つ一人の男。


 男は腰を落とし、刀を中段にと言うべきかの構えで..構えている。

(ネットでしか見たことないし...実際刀とかよくわからない。)


ただ素人の彼でもその絵に何かを感じた、素朴で少し下手なのかと言うべきだが、妙に迫力があった。

まるで刃が次の瞬間に振り下ろされるような緊張がある。

(うんそうだな、線は粗いが、次の瞬間、切られる——そんな気配だってアニメの主人公が言いそうなこれ。)


そうして進めれば文字がたくさんだった

(読めて幸いしたわ。)

鄭には文字は読めていた。


 梁州の一肉商にあり。

名はあれど、知られるのは屠老七と。あだ名がこれ。

生業は豚を屠り、肉を売ることなり。

その手際、雷の如し。

しかし、全ての人より、愚弄されてばかり。

例え、一刀にて豚の命を断ち、血を乱さずとも。


(ええ..ベターすぎ...ってつっこんでるばいじゃねぇな)

 次から、少し長い逸話が続いていた。



ある冬の朝。


 屠老七は店先で豚を縛り、血桶を置いていた。

いつも見たくまず首を裂き、血を抜く。

血を抜いてこそ肉は臭わず、商売になる。

だがその時、隣家から悲鳴が上がった。


盗賊である。


十余人の賊が、貧しい一家の家へ押し入ったのだ。


屠老七は豚を見た。


そして賊の方を見た。


鼻を鳴らした。


 「……朝っぱらから騒がしい野郎どもだな」


彼は刀を持った。


隣家の戸口へ歩きながら叫んだ。


「おいコラ。騒ぐんじゃねえ。ここは肉屋の前だぞ。商売できんし、まともな奴らが」


「あああ!」


 「うっせぇ殺してしまえ!血だるまにしてくれる!」


「血の匂いが好きなら、俺がくれてやる」


賊が笑った。


「は、ただの屠夫が口出しするか」


屠老七は肩をすくめた。


「屠夫で悪いか。豚も人も、首の場所は同じだ、畜生の血がいらん奴らなんては畜生程度だな。」


三息。


それだけだった。


賊は皆、地に伏した。


刀は血を吸い、屠老七の腕から滴っていた。


彼はそれを見て舌打ちした。


「ちっ……仕事の前に汚れちまったじゃねえか」


そう言って屠老七店へ戻った。


豚はまだ縛られたまま、地面に転がっている。

屠老七はため息をついた。


 「お前も待たせたな」

血を抜こうとして、屠老七は気づいた。

豚の身体は——まだ温かかった。


賊を斬ったのは一瞬。


豚を屠ることより、ほとんど時間が経っていなかったのである。



冊子の余白に小さく書き添えがあった。



この話を見ていた旅の文人あり。


姓は不詳。


彼は後にこう書き残した。


「仗義なる人これ、多くは屠狗の輩なり」


義理堅き者の多くは、屠夫や狗殺しのような俗人ばかりである。


この言葉、やつの郷里に広まり、屠老七の名もまた知られる事となった。



鄭傑はしばらく、殺豚刀法のそのページを何度か見ていた。


肉屋。


屠夫。それでも義を通す男。

絶対作り話。

「でも...まぁいい話だな....いや...武術が先だ」

 実は鄭は結構満足した、彼は実を言うと懲悪勧善や、悪が痛い目に会う王道系が好きだ。

 

 (いいねぇいいねぇ)


だがこんな危ない世の中で、実際には逸話はどうでも良く、刃から生まれる武術がいかなるか。

(重要なのはそれだけだ。)

ザッ

 

 店の隅から箒を持ってくる。


構える。


足を開き、腰を落とす。


 墨絵の姿を思い出す。


振り下ろす。

だだ、それだけだ。

鄭傑はもう一度構えた。


今度は腰を意識する。


振り下ろす。


ガク

 体がよろめく。


息が上がる。


胸が苦しい。


(……弱いな)


この身体は虚弱だった。

少し動いただけで呼吸が乱れる。


 「やっぱブラックだとダメだな、休みないし。」

(と言うわけで秘伝書よ、もっと簡単なやつか、はっきりわかる大技はないのか)

鄭傑は冊子へ目を戻した。


次の頁。


型というべきか、技の名が書かれている。


「斬狗頭(いぬあたま斬り)」


墨絵では、男が柱のような標的を斜めに斬り下ろしている。

説明は簡潔だった。名前の通り。

 粗暴さも感じるほどの命名。

(気にいったわ、この世にはまぁ、犬畜生って暴言とか、その犬あたま切ってやるって罵り言葉あるし、素晴らしい。)


 思いこそいろいろあれど、修行中であり、根性を見せんと続けていく。


刀を肩の高さに置く。

「おっ!も」

腰を沈める。

丹田より力を起こす。本にはそうあったので力む。


 「むっ...?」

力もうとする。

(丹田ってなんだ!わからない!!!)


 読み合わせて動きを変えようとする。

豚首は硬し。

力のみでは断てず。

気を刃に乗せよ。


丹田。

気。

棚の奥からの古い包丁だが。

(気?)


 「あぐぅ」

 口から苦しそうなうねりが勝手に出てくる。


 形が肉切り包丁のこれを自在に振り回していいほどに強い体ではなかったから。

握った瞬間、ずしりと重さが来たのに肩と上がればこれ限りなし、じゃないかと、鄭は思う。


(……重い、昔買っては長らく握ってない10キロのダンベルより....かもしれない....いや怠けすぎただけかも....)


腕が震える。

三回。

五回。

十回。


 腕が上がらなくなる。


鄭傑は包丁を机に置き、息を整えた。


胸が上下する。


 「死ぬかと思った....」

包丁の持ち手、その柄こそ古いが、刃の部分は光を反射させているため、よく手入れされているのがわかる。

故に、彼、鄭が落としてしまえば、足に脚、どこを切ってもおかしくはなかった。


 

だから痛みと恐怖をもたらされた。

だから後悔した。あとになって。

だが、それをすぐに押し潰す奇妙な感覚があった。


腹の奥。

(丹田の辺りってここか?)



微かな温かさ。


 鄭傑は冊子の呼吸法を思い出した。


 「ふぅ」


吸う。


吐く。


吸う。


吐く。


やがて——


 体の奥で、何かが動いた。


それは温かさではない。

先ほどの感覚と違う、もっと巨大なもの。


嵐のような力。


 (ん?)

鄭傑がそれを探ろうとした瞬間。


衝撃が頭を貫いた。


「……っ!」


激痛。


視界が白く弾ける。


頭の奥を鉄槌で打たれたようだった。


鄭傑は机に突っ伏した。


吐き気。


眩暈。


呼吸が乱れる。


(痛い!痛い!)

やがてはそんな思考さえも消えるほどに痛みは増え続ける。


頭の奥底を、巨大な鉄槌が真上から振り下ろされたような感覚。

ゴォン……という、骨ごと脳髄を震わせる鈍い衝撃音が頭蓋内で反響する感覚


 脳が前後に激しく揺さぶられては、まるで前頭葉が圧縮され、後頭葉が壁に叩きつけられる感覚。

まるで頭蓋骨の中に、溶けた鉛の塊が放り込まれて暴れ回っているようだ。

 痛みは熱い。


 焼けるように熱い。

こめかみの血管が破裂寸前で脈打って、

頭頂から首の付け根まで、赤熱した鉄の針が何本も突き刺さり、ゆっくりと回転しながら抉っている。

ドリルが頭を削る気分。

耳の奥で、キーン……キーン……と、


 金属を高速で削るような甲高い音が鳴り響き続ける。


ドタ


「ゴッ!ウェ...あああ!!」


平衡感覚が完全に崩壊して、立っているのか座っているのかさえわからなくなる。

嘔吐が止まらない。

地面がぐるぐると回り、天井が床に変わり、自分の体が宙に浮いているような錯覚。

止まらない吐き気が、喉の奥から一気にせり上がってくる。


止めたくても止められない、ズキズキとする全身。

めまいとかそんなのじゃなくても、違う、違いがわからない。

胃が逆流して、酸っぱい液体が食道を這い上がる。

今は地面に伏せるべきだろうかと思いたくなるような痛みはくる。

それでもう伏せているかも鄭にはわからない。

例え寝て休もうとしてもおそらく彼は悶えるだろう。一日中寝ずに、そのまま徹夜した時には、ベットで寝ても、体は勝手に動く。彼の意思がなくとも続く痛みによって。


 「あぁ...」

息を吸おうとしても肺が縮こまって、空気が入ってこない。


 代わりに、喉が勝手に「うっ……ぐぅ……」と鳴る。

唾液が異常に増えて、口の中がべとべとになり、飲み込もうとするとまた新たな吐き気が襲う。

痰液や鼻水が止まらない時のような気分だ。

こういう時はなぜ片方の鼻は休んで動かしていない時があるんだと、自分の身体が憎くてたまらん。

頭が割れそうになり、涙が勝手に溢れ、歯を食いしばっても声が漏れる。

「━━あ……っぐ……ぁぁ……!」

 

 両手で頭を抱えても、指先が震えて力が入らない。

爪が頭皮に食い込んでも、その痛みすら今の激痛に飲み込まれて感じられない。

まるで脳が、自分の意志とは関係なく、誰かに握り潰されているみたいだ。


熱とか足が伝った時にしんどけばいい感覚を何千倍にされた気分だ。


数分後、ようやく痛みが引いた。


鄭傑はゆっくり顔を上げた。


 「うえぇあああああー!」


 (……痛い!痛い!あああああ!世界が憎い!!!....ッ今ッのは)

鄭には何か思うことがあった。

「う、口」

しかしそれよりも、大事なことが。


ペッ

 彼はすぐに口をなんとか濯いだ。


脳の考えがなんだろうと、彼の生物の本能はそれを許さない。

苦しみや不快を除く事が優先される。


 (しかし...なんだ?この本に...問題?それとも気とかいうのが危険...?いいや違う)


鄭傑は思う。

あれは気とかいうものではない。なんとなく...そうじゃうないかと思った。


もっと巨大なもの。この武術に書いていない、エネルギー


触れた瞬間、弾き飛ばされた。


鄭傑はしばらく黙っていた。


それから包丁を取る。それしか今は知るものがなかった。

 (あれだけのすごいことがあったんだ...もしかすると、ものほんか、これは)

殺豚刀法の力ではないかと鄭は考えていた。これにすごい力ないかを見抜こうと、再び練習する。


振る。


振る。


振る。


腕は震える。


 だが、動きは少し滑らかになっていた。


夕方の光が店内へ差し込む。


包丁から風を裂く音を出す、もっとも鄭傑はそれをすごく思ったりもしていない。

木の棒でも音が出ることあるし、彼はそれを何も考えずに一心に振り続ける。


 鄭傑は黙って振り続けた。


屠老七のように、一刀で命を断つ技を目指す

己が命のために。

(もっとも俺は生業のためだけじゃないがな...強くなりたい....だって超能力憧れちゃうもん♪)


ふざけたことを思うも着実に彼は練習をする。

好きなこと、あるいは憧れることがは人を変えるだろうか。

それとも鄭がただ自分のやりたいことならば諦めない存在だろうか。

 (でもこの気...に触れたおかげでなんだか頭の内に何かあるのを感じたような...まさか天眼を開けるとか!!!)

 

 鄭傑は目を細めて、口を曲げる。

彼はすぐにも顔に感情は出る。

この喜びもそうだった。

呼吸法で漫画のように気を練ろうとして、謎の力に触れた。

当然彼は喜ぶ。


自分は漫画とか、アニメの主人公のように秘めたる力があるではないかと喜びを示す。


 だがそれもすぐさまに怒りに変わる。

 (でも....でも...でも....!もしくはさぁ!いろいろ知識とか!あるいは頭の中におじいさん出てきて伝説の修行法とか世界観を...いやねぇ)


すぐ冷めるところもある男であった。

なぜか彼はすぐに怒る自分の考えに嫌気をさした。

 「強くなったらタンクトップにマント姿でも行こうかなぁ....」

(あれ、そもそもなんで...俺こんなにも痛みに強かったっけ?)

思考の変化が唐突であれど、鄭傑が、彼が疑問に思うのも仕方がない。

 

 なぜただのオフィスにいた現代人が激痛を経験して、未だに鍛錬をするか。

例え、これに何かの能力、力、そんなものへの渇望があったとしても、おかしい。

そのはずだった。


彼は今、おそらくはこう思っている。

(なんでだろうなぁ?)


 ギシ

「ん...?なんだ...?床が...緩いぞ?」

床の木の板の歩き心地に違和感があった。


ギシ

「やっぱりだ


鄭傑は、足の裏に引っかかった違和感をもう一度確かめるように、その場所を踏み直した。少し強く


 ぎし、と鈍い音が踏むたびに何度も。


普通の床板の感触ではない。

木がきしむというより、わずかに沈む。


「……ん?」


もう一度、ゆっくり体重をかける。

ぎ、と今度はもっとはっきり鳴った。

踏んだ場所の木が、ほんのわずかに上下する。

腐っているのか、と最初は思った、クソじゃないかとも思った。

鄭傑は膝をついて床を撫でる。

腐ってるなら治さないと、客が足引っ掛けかねん。

そうすると殺されかねん。と彼は思った。


(なんだこれは?)

 指先で木目をなぞる。

乾いている。腐朽の柔らかさではない。

おそらくは、これはしっかりしている。


「……隠し...いや板が外れる?」

そう考えた瞬間、目が細くなる。

(隠し...シークレットアイテム....)

だが問題は別にあった。


「いや、どうやって外すんだこれ……」


隙間がほとんどない。


 釘は見えない。

はめ込み式なのかもしれないが、と言うよりは、古代ならこうじゃないかと思える。


隠しならば当然というか、これを持ち上げるための取っ手も穴もない。

爪を差し込もうとする。

当然、入らない。下手したら爪が折れそうだった。

「……そりゃそうだ」


鄭傑は小さく舌打ちした。


虚弱体質とでもプレートを持って歩きたくなるのはいつものこと。

さっき包丁を振っただけで腕が震えた。

(あれがバカほど重いせいもあるが)


それで木の板の床を素手でこじ開けるなど、ほとんど無理だろう。

それでも諦める理由はなかった。


ここで違和感を見つけた以上、放っておくのは落ち着かない。

それに――


(どうせ住むなら床下に何かあるの知っときたい)

妙なものが潜んでいる可能性だってある、死体ならば臭くなりそうではある。


 腕の服、袖を捲る。

そして、肉を捌くための古い肉切り包丁。


分厚い刃。


さっき持ち上げて、重さに驚いたあれだ。


「……これでいくか」


慎重に床に当てる。

重い。握った瞬間、ずしりと腕へ落ちてくる重さ。

まるで金属の塊だ。

「くっ……」


刃を床板の縁に当てる。

隙間を探す。

木と木の境目。

わずかな段差。


そこへ刃先を押し込もうとする。

だが――

入らない。


「くそ……」

角度を変える。


今度は刃を横にして、押し込む。


ぎ、と木が軋む。

ほんの紙一枚分ほど、刃が入った。


「……よし」


だがここからが問題だった。

店を壊していいのか?そもそもどう持ち上げるんだ?

テコの原理で持ち上げようとしても、腕が震えるだけだ。


 包丁の柄を握り、ゆっくり体重をかける。

床が壊れないか不安で仕方がなかったz

ぐ、ぐぐと木がきしむほど心臓の鼓動が早くなっていく。


鄭傑は歯を食いしばった。


「……ちくしょう」

腕に力を込める。

筋肉は頼りない。包丁の柄がわずかに軋むだけで、板はびくともしない。


息が荒くなる。

(いき...?)

数秒で腕が震え始める。


「はぁ……はぁ……」

すぐに力が尽きた。

包丁を床に置く。肩が上下する。


 情けないほどに体力がない。


「……いや待て、技覚えたんだぞ」

(そうだ、使えばいいんだ、映画でもよく見るだろう、転機を効かせるやつ、攻撃じゃないものを攻撃に使うやつ。)

ならば人やら生き物を切る刀の技も、こじ開けるために使えるんじゃないかと。鄭は思った。



「おっ」


鄭傑の目が光る。

錯覚と勘違いするほどの微小なる光だが、それは確かにあった。

だが油断はできない。新技だ。

ここで勢いよくやれば、板が割れる可能性がある。



彼は一度体重を抜いた。

隙間を見る。

ほんの指一本も入らないほどだが、確かに浮いている。


「……もう少し」


包丁の位置を少しずらす。

今度は板の端に近いところへ。

再び体重を乗せる。

否、筋肉の操作ではない。

呼吸だ、殺豚にあった、武林のものにしては鈍く、そして常人よりも確かに強くもある、そんな呼吸を駆使した。


ぎし。


ミシ。

だがただの呼吸ではない。

己が体内にあるはずの謎の力を駆使することをイメージしての呼吸だった。


 木の繊維が軋む。それを感じていくほどに繊細なる力。

板が、ゆっくりと持ち上がる。


今度は指先が入るほどの隙間ができた。


「よし……!」


鄭傑は包丁を引き抜き、すぐに指を差し込んだ。


だがここでも問題があった。


重い。


痛い。


 だが離さない。

(くそ!あれに触れた時よりは弱いが確かに痛みがくる。)

鄭は感じた。自分が体内にあるものを感じようとした時、その時の痛みよりは弱いが、確かにあの力を使おうとすれば痛みが来たことを感じた。

「……っ!」

(だが、使える!錯覚じゃない!確かに力が、感覚が鋭くなっていく。)

本に書いてある気なんかよりもっとすごく感じて来る。彼は何となくそんなふうに、そうなんとなくそう思った。


「はぁ...はぁ」

胸が激しく上下する。

腕が震えている。

たった一枚の床板を外すだけで、これほど疲れるとは。

 

 ゴト

板が外れる。

裏側は削られていて、箱の蓋のような構造になっていた。

なるほど、と彼は思う。

最初から隠し場所として作られていたのだ。


床の下、そこには小さな空洞があった。

暗い穴。その奥に――油紙で包まれたものが一つ。


「……やっぱり何かあった」

鄭傑は少し身を乗り出し手を伸ばす。

埃が舞う中で指先が油紙に触れる。

それは乾いた紙の感触。

それをゆっくり引き上げる。

油紙は丁寧に折られて、古くあるが、保存は良い、それでも慎重に広げる。大事なものかもしれないからだ。


 中から出てきたのは――

数枚の紙。

そして一番上に書かれていた文字。


「聚気湯」


 鄭傑はしばらくそれを見つめた。

そして口を曲げた。いや口角が上がったんだ。

それは喜びの感情を示す表情だ。


「……レシピか」

この言葉をして彼の顔がまた少し変わる。

少しだけ。本当に少しだけ、がっかりした顔になる。


頭の中では別の展開を期待していたからだ。


 ゲームのように。


秘伝書を握った瞬間、

武術の記憶が流れ込むとか。

あるいは仙人の声が頭に響くとか。


「スキルブックじゃないのかよ……」

紙をぱらりとめくる。ただの筆書き。

(うん、墨だ)


普通の紙。


触っても何も起きない。


「……まあ」


肩をすくめる。


「そんな都合いいわけないか」


だが。

彼の目はすぐに文字を追い始めていた。

なぜなら、この紙には自分が必要なものがあるはずだったことをすぐに彼、鄭傑は思った。

自分を呼びかけたものが、“食院”なる場所に入るには鍋気が必要と言っていた。

(まさか...この『聚気湯』ってやつは気を聚める....っのか?)


 「ッッ店家!何があった!?」

(おっ!?)


来る人の声は散らばりを見せる店内に驚きを見せていた。

 客がいないと言うのになんだこれはと、そう思っていた。

もちろん客がいても床が捲れるのはおかしいだろうが。


 「あ..あ、いらしゃ...ま....せ」

鄭傑の声は思わずに小さくなっていた。恥ずかしいのか?驚いているのか?それとも両者か。


 「店家!?何がッッ?」


(紙の話はあとだな....)

鄭傑は紙を懐に入れた。

それは厚く。何枚もあった。

たくさんに内容もある。

━━ 凡そ、今に天入る者、まず気を養うべし。

祭をするけれど、うちに秘めし、六府の神なり。

五つの上なる宮を沈めて。

鍋うちにこそ宇宙を、天方地円なりて。


気満ちて後、力生ず。

されど頭裂け、耳鳴り、吐血し、重きは七日昏睡す。

 先天不足、人の身なり。


故に先ず湯を飲み、骨髄を養い、血を温め、後天を離脱して、丹田に火を起こすべし。


これぞ鍋より発する、気、これ蒸気。

天辺にある、雲を吸い込むことに同じく。

呑む雲に吐くは霧。朝露の如し先天なる宮を作る。


此れを聚気湯と云う。━━


 (なるほど...でも新しく頼まれた料理には全く役ただないことだ...ぎゃあ!!!!)


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