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シンプル志向の主婦を驚かせた京大生 ~シンプル、オーソドックス、独自な京大生~

作者: さとるん
掲載日:2026/02/22

わたしの名前はA。四十代の主婦だ。

 自分で言うのもなんだけれど、主婦友やブログ仲間からは「シンプル志向の人」として知られている。

 物は増やさない。収納は買わない。あるもので回す。

 安いから買うのではなく、必要だから買う。

 献立は三品まで。味付けは基本に忠実に。けれど出汁だけは手を抜かない。

 そんな暮らしを、わたしは「ちょうどいい」と呼んでいる。

 わたしは近畿大学を卒業した。派手でも難解でもない、実学の匂いがする大学だった。そこで出会った夫と結婚し、子どもを二人育てながら、いまは京都市で暮らしている。

 京都は学生の街だ。

 わたしは小さなアパートを一棟所有している。築三十年、六畳一間。余計な装飾はなく、掃除がしやすい。わたしの思想に合っている。

 春の終わり、その一室に新しい入居者が来た。

 京大の女子学生だという。

 内覧のとき、彼女は白いシャツに黒いパンツという、驚くほど簡素な格好で現れた。髪は後ろでひとつに束ね、視線は真っ直ぐ。必要以上に笑わない。

「Bと申します。よろしくお願いします」

 その声は落ち着いていて、どこか理科室の空気のように澄んでいた。

 あとで近所の奥さんから聞いた。

「その子、医学部らしいわよ。しかも京大。なんでも、シンプルでオーソドックスで、でも独自らしいの」

 シンプル。

 その言葉に、わたしは少しだけ引っかかった。

 シンプルは、わたしの領域だ。


 Bはよく話す子だった。

 ゴミ出しの朝、廊下で顔を合わせると必ず声をかけてくる。

「おはようございます。燃えるゴミは週二回なんですね。合理的です」

「合理的?」

「はい。可燃ゴミは腐敗速度が速いですから、回収間隔は短い方が衛生コストを抑えられます」

 にこりともせず、真面目な顔で言う。

 わたしは少し笑った。

「京都は昔からこうなのよ。理屈じゃなくて、暮らしの知恵」

「暮らしの知恵……興味深いです」

 彼女は本当に興味深そうに頷いた。


 ある夕方、アパートの前で立ち話になった。

「私は医学部医学科生です。ちゃんとした理由でそこを選びました」

「どうして医学部を?」

「学生時代から人を助けることに憧れがありました。それと、医師免許を取れば職に困らない。経済的安定は人生の自由度を上げます」

 理屈が明快すぎて、ぐうの音も出ない。

「京大も憧れで選びました」

「どんな憧れ?」

「三つあります」

 本当に三つ指を立てた。

「一つ目。春休みに京都に遊びに来て、この町並みに惚れました。二つ目。将来、研究者になりたいので、自由の学風と言われる京都大学を選びました。三つ目。シンプル志向で独自の視点を持つ学生が多いと感じたからです。私の思考様式と相性が良いと思いました」

「東大は?」

「理Ⅲを勧められました。でも、私は京都にこだわりました。最終的に自分で決めないと後悔すると思ったので」

 わたしは内心で、しっかりしている、と感心した。

 同時に、少しだけ、ちくりとした。

 わたしは「通える大学」を選んだ。

 彼女は「選びたい場所」を選んだ。

 どちらが正しいわけでもない。けれど、まっすぐな選択を語る彼女は、少し眩しかった。


「ところで」

 Bが突然、わたしの腕を見て言った。

「今夏なのに、ほとんど日焼けしてなくて真っ白ですね」

 一瞬、空気が止まった。

 家庭の事情で、わたしはここ数年、長時間外に出ることが少ない。事情は簡単には説明できない。

 Bは純粋な観察のつもりだったのだろう。悪意はない。

「昔から日焼けしにくい体質なのよ」

 わたしは軽く笑った。

 Bは「あ、そうなんですね」と頷いたが、少し考え込む顔をした。失言に気づいたのだろう。

 完璧に見える彼女にも、若さはある。


「趣味は何ですか?」とわたしは話題を変えた。

「音楽やアニメ、お酒です。心がけていることは、自分の目と耳で判断することです」

「独特、って噂で聞いたわ」

「はい。私は流行に安易に乗りません。でも、独特であることが目的ではありません」

 Bは淡々と続けた。

「流行しているものも一度は味わいます。その上で選ぶ。結果として周囲と違えば“独特”と言われるだけです。他人の評価を目的にした瞬間、それは自分の判断ではなくなります」

 その言葉は、わたしの胸に静かに落ちた。

 わたしは「シンプル」を選んできた。

 けれど、それは本当に自分の目で選んできたものだっただろうか。

 節約本やミニマリストのブログを読んで、「正しい」と思ったものを採用してきただけではないか。

 少しだけ、悔しい気持ちが芽生えた。

 それでも、わたしは笑った。

「あなた、面白い子ね。もっと知りたいわ」

 Bは目を丸くした。

「本当ですか?」

「ええ。あなたの“シンプル”が」

 一瞬迷ったあと、Bは言った。

「なんなら、大学のレポートをお見せしましょうか。映画論の授業で書いたものです」

「ぜひ」

 わたしは本気だった。

Bは自室からノートパソコンを持ってきた。

 机の上には余計なものが一切なかった。六畳の部屋。布団、机、本棚。服はハンガーラックに数着だけ。色は白と紺と灰色。

 わたしは、少しだけ安心した。

 少なくとも、物の量では負けていない。

「これです」

 Bは画面をこちらに向けた。


『映画における「沈黙」の構造的機能について』

本稿では、映画作品における「沈黙」を、単なる音声の不在としてではなく、意味生成のための積極的装置として再定義する。

物語は通常、台詞・音楽・効果音によって観客の理解を誘導する。しかし沈黙は、それらの情報量を一時的にゼロに近づけることによって、観客の解釈行為を強制的に活性化させる。

すなわち沈黙とは、情報の欠如ではなく、解釈の余白である。

オーソドックスな演出においては、感情は音楽で補強される。だが本作では、決定的場面において音楽を排除することで、観客の内的感情を増幅させる逆説的効果が生じている。

ここで重要なのは、演出が過剰でないという点である。必要最小限の画角、最小限の台詞。情報の削減こそが、感情の純度を高める。

この構造は、ミニマリズム建築における空間設計と同型である。余白は空虚ではない。余白は思考を宿す器である。

ゆえに本作は「静かな映画」でありながら、観客にとっては最も雄弁な映画となる。


 読み終えたとき、わたしは思わず言った。

「うわぁ……難しいわね」

 Bは少しだけ笑った。

「難しく書く必要はないんです。ただ、正確に書こうとするとこうなります」

「つまり……しゃべらないことに意味があるってこと?」

「はい。削ることで、逆に本質が浮き上がる、ということです」

 削ることで、本質が浮き上がる。

 それは、わたしの台所と似ている気がした。


「でもね」とわたしは言った。「映画は理屈で観るの?」

 Bは一瞬考えた。

「最初は感覚です。面白い、とか、泣いた、とか。そのあとで、なぜそう感じたのかを考えます」

 なるほど、順番があるのだ。

 わたしは味噌汁を作るとき、最初から理屈では考えない。

 昆布を水に浸す時間も、火を止める瞬間も、身体が覚えている。

「お味噌汁、飲んでいく?」

 わたしはふと思いついて言った。

「ぜひ」


 台所に立つ。

 昆布は水からゆっくり温める。沸騰直前で引き上げ、鰹節を入れて火を止める。濾して、味噌を溶く。具は豆腐とわかめだけ。

「出汁の温度は何度ですか?」

 Bが真顔で聞く。

「測らないわよ」

「でも、最適温度があるはずです。旨味成分の抽出効率を最大化するには——」

「あなた、温度計持ってるの?」

「あります」

 本気だった。

 わたしは思わず吹き出した。

「いいの。耳で聞くの。鍋の音でわかるから」

「音で?」

「そう。ぐらぐら言う前。静かにふつふつ言う直前」

 Bは真剣な顔で鍋を見つめた。

 やがて、味噌汁が出来上がる。

 Bは一口飲み、目を見開いた。

「……再現性が低いです」

「え?」

「同じ味を数値化できません」

「毎日少し違っていいのよ」

 わたしは言った。

「その日の湿気、その日の気分、その日の体調。全部違うでしょう?」

 Bは黙った。

 映画の沈黙の話をしていたときの、あの真面目な顔になった。

「余白……」

 小さく呟く。

「そうか。味にも余白がある」

 彼女はポケットから小さなメモ帳を取り出した。

「昆布、沸騰直前で除去。音で判断。体調要素……」

「そんなに書かなくていいのよ」

 わたしは笑った。

 でも、彼女は真剣だった。


 その夜、帰り際にBが言った。

「今日、初めてわかりました。理論だけでは足りないことがある」

「理論は悪くないわよ」

「でも、生活には誤差がある」

「誤差じゃないのよ。それが人間」

 Bは静かに頷いた。

「Aさんは、シンプルですね」

 その言葉は、以前とは違う響きだった。

 わたしは少し照れながら答えた。

「あなたのシンプルとは違うけどね」

「いえ。根は同じです。削ることで本質を残す。方法が違うだけです」

 胸の奥が、じんわり温かくなった。


 Bはまだ若い。

 きっとこれから何度も迷い、理屈では説明できない出来事に出会うだろう。

 それでも、この子は自分で考え、自分で選び続けるはずだ。

 わたしは思った。

 この子の成長を、そっと見守りたい。

 そして、わたしもまた、彼女から学びたい。

 流行だからではなく、正しいと言われたからでもなく、

 本当に自分の目で選んでいるかどうか。

 シンプルとは、物の数ではない。

 態度のことだ。

 夏の夕方、アパートの廊下を渡る風は静かだった。

 沈黙は、空虚ではない。

 余白は、思考を宿す器である。

 そのことを、京大生の彼女が教えてくれた。

 わたしは今日も、昆布を水に浸す。

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