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盗賊三箇条

作者: gptで作る
掲載日:2026/01/20

その屋敷は、町の外れにあった。


 城壁の内側ではあるが、商人街からは距離があり、夜になると人通りが極端に減る。土地が余っている証拠だった。敷地は広く、塀は高い。古いが手入れはされていて、崩れかけた箇所はない。金を持っている家だと、外からでも分かった。


 数日前から、男はその屋敷を見ていた。

 昼間、門を出入りする使用人の数。

 夜、灯りが落ちる時刻。

 裏手の勝手口に鍵をかける癖。


 警備兵はいない。番犬もいない。

 だが、生活の匂いは確かにあった。


 盗みに入るかどうかの判断で、彼はいつも三つのことを思い出す。


 一つ、貧しいものから盗まない。

 二つ、決して人を殺さない。

 三つ、決して女を犯さない。


 盗賊三箇条。

 誰が決めたのかは知らない。親に教わったわけでもないし、組織に属しているわけでもない。ただ、下の方で生きている連中の間に、当たり前のように共有されている線だった。


 落ちるところまで落ちても、これだけは越えるな。

 それが、人として残れる最後の場所だと、彼は思っていた。


 屋敷は、その線の外側にあると判断した。

 貧しい家ではない。生活必需品を奪わなければ、人は死なない。そう考えた。


 侵入は簡単だった。

 塀の影を伝い、裏手の物置から中へ入る。床板は古いが軋みは少なく、廊下も広い。成金ではない。長く続いた家だ。そういう家は、金の隠し場所が分かりやすい。


 書斎の奥に、古い金庫があった。

 鍵は一重。道具を使えば、音も立てずに開くことができた。


 中には銀貨の袋がいくつもあった。

 宝石箱もある。装飾品も揃っている。


 彼は少し迷ってから、銀貨袋を二つだけ抜いた。全部は取らない。

 箱の底に残った銀貨を見て、「これなら即座に破滅はしない」と自分に言い聞かせた。


 その時、屋敷の奥で物音がした。

 足音ではない。木が軋むような、誰かが座り直したような音。


 彼は即座に身を低くし、動かなくなった。

 人の気配があるなら、それ以上は踏み込まない。


 結局、誰も来なかった。

 彼はそのまま屋敷を出た。


 線は守った。

 そう思っていた。


 ――数日後。


 酒場で、噂話が耳に入った。


 町外れの屋敷の主人が、自殺したらしい。

 首を吊っていた、と誰かが言った。


 理由は分からない。ただ、その家の娘が少し前から姿を消していた、という話が続いた。誘拐されたらしい。身代金を要求されていたが、期限までに金を用意できなかった、と。


 男は、酒を飲み干しながら聞いていた。

 胸の奥に、嫌な重さが溜まったが、まだ確信にはならなかった。


 別の日、路地で古道具を売っている男から、もう少し具体的な話を聞いた。


 あの屋敷、最近やたらと金を集めていたらしい。

 装飾品を質に出し、使用人も何人か解雇した。

 それでも、身代金には足りなかったらしい。


 「遺体は戻ってきたんだとさ」


 男は声を落とした。


 「乱暴された跡があったって話だ。医者が見たらしい」


 その言葉で、すべてが繋がった。


 銀貨袋の重さ。

 金庫の中に残っていたはずの金。

 身代金が足りなかった理由。


 自分は殺していない。

 自分は犯していない。


 だが、自分が抜いた分がなければ、金は揃っていた可能性があった。


 盗賊三箇条は、自分たちが人でいるための戒めだと思っていた。

 違った。


 あれは、盗賊と、それ以外の人間が、同じ町で共存するための最低限の線だった。

 盗む側が踏みとどまっていれば、踏み越えずに済む人間がいた。


 その夜、男は町を歩いた。


 川沿いまで行き、濁った水を見た。

 高い建物の裏に回り、縁を見上げた。

 暗い路地に入り、誰も来ないことを確かめた。


 どこでも終われると思った。


 自分が死ねば、この因果は自分のところで止まる。

 そう考えかけて、足が止まった。


 それは償いではない。

 ただ、背負えなくなった現実から逃げるだけだ。


 気づけば、教会の前に立っていた。

 祈るつもりはなかった。ただ、ここなら何かを口に出せる気がした。


 懺悔室は狭く、暗かった。


 彼は、盗んだことを話した。

 結果として、人が死んだことを話した。

 直接手を下していないことも、事実として述べた。


 神父は、判断を下さなかった。

 許しも与えなかった。


 それでよかった。


 言葉を出し切ったとき、はっきりした。

 自分が生きるしかない理由が。


 盗まない。

 働く。

 逃げない。


 この命を、人のために使えるかどうかは分からない。

 だが、少なくとも――壊す側には戻らない。


 懺悔室を出ると、夜が明け始めていた。

 町は、昨日と何も変わっていなかった。


 それでも彼は、歩き出した。

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