第6話 ハッタリ大事よ?
どむどむと重い足音を立て、人食い鬼が突進してくる。
身の丈八尺(約二メートル半)もあるような巨躯だ。
「俺がフォワードをやると言ったらオーガーだもんな。運が良いやら悪いやら」
ぼやきつつ腰の隠しから取り出したカルトロップをいくつか投げつける。
回廊を駆けてくるオーガーの進行方向に。
見えているマキビシを踏む馬鹿なんかいない。
大きくまたいで避けようとする。
その瞬間、俺は身を低くして一気に間合いを詰める。
オーガーは体勢を崩したわけじゃない。けど歩調を乱したところでの俺の突進に戸惑った。
足を踏ん張って受け止めるか、それとも前に出て逆チャージをかますか。あるいは一歩下がって防御態勢を取るか。
しかし下がったところにはカルトロップがばらまかれている。
一瞬の迷い。
砂時計からこぼれる砂粒が数えられるほどの時間。
けど、俺が一撃を入れるには充分な時間だった。
どんと踏み込んだ右足を軸にして、腰間の剣を抜きざまに振り抜く。
片刃の剣がオーガーの右膝上をざっくりと斬った。
絶叫とともにバランスを崩す。
筋力など関係ない。腱を切られたら二足歩行の生物は立っていられないのだ。
そして膝を突いたということは、急所である首が攻撃範囲に入ったということ。
「ジョストー!!」
気合の声とともに、丸太みたいにぶっとい首を切り落とす。
ふう。
なんとか勝ったね。
「お見事です、アル。一発ももらわないでオーガーに勝利するなんて」
レオンティーヌが拍手で賞賛してくれた。
とはいえ剛力無双のオーガーの棍棒を一発でも食らったら、そこで終わりなんだけどね。
ゴブリンやコボルトの攻撃とは違うもの。
「ありがとう、ティーヌ。全部良い方に転がったから、結果として危なげなく勝てたよ」
「あのカルトロップが布石ですね」
「そう。オーガーの耐久力なら踏んだところでそこまでのダメージにはならないけどな」
でも、あの人食い鬼は警戒してしまった。
踏むのが嫌なら一度止まって蹴り飛ばしても良かったのに、避けることを選択してしまった。
「罠があると思わせることで健常な判断力の何割かを削ることができるんだ」
「オーガーの行動を予測したのではなく、アルの予測の範囲内の行動をオーガーに選択させたんですね。お見事です」
手放して褒められると照れてしまう。
オーガーってのは知恵の回るモンスターではないから、こういう手も使えるってだけなんだ。
一本道の回廊で、行動選択の幅が広くないってのもあるよね。
「そして改めて、アルの剣技は不思議ですね。攻撃直前まで剣を抜かないとか。片刃の剣とか」
「東方のヒーズル王国の剣技で『イアイ』っていう」
「東方! すごいですね!」
「のがあると聞いて、自分ででっちあげた我流」
「台無し! なにもかも台無し! わたしの感心を返してください!
地団駄ダンスを踊るレオンティーヌ。
楽しそうでけっこうなことだ。
「ほら、俺って珍しい黒髪だし。たぶん東方の血が入ってるんじゃないかなあと思って」
「黒髪に青い目って、なんだかミステリアスですよね」
「この見た目で特殊な剣技を使ってたら、ハッタリがきくかなあと思ってさ。ヒーズル関連の書物とかちょっと読んで、気合の声とかも作った」
ヒーズル王国の剣は片刃だって聴いたから、特注で作ってもらったりね。
けっこう頑張りました。
「なんか、もっと他に頑張るところがあるんじゃないかと思うんですけど」
「この稼業、ハッタリも大事なんだって」
構えたままギリギリまで剣を抜かないってことで、相手を警戒させることもできる。
抜いた勢いそのままに振り抜けば、かなり斬撃のスピードも上がるしね。
二十階層の最深部。
大広間と呼ばれる場所には、やはりモンスターが陣取っていた。
どういう理屈か知らないけど、最深部には必ず強いモンスターが居座るんだよね。退治しても退治しても。
なので、いつの頃からか冒険者の間ではフロアボスって呼ばれるようになった。
「……マンティコアか」
細く開けた扉から手鏡で中をのぞき込み、俺は呟いた。
厄介なモンスターである。
醜い老人の顔に三列の牙。人間よりはるかに大きな獅子の身体にコウモリの翼を持っており飛ぶことも可能だ。
そして尻尾はサソリで当然のように猛毒の針がある。
なにより、魔法を使ってくるのだ。
特徴を列挙するだけでやばいってのが判るね。
「どうする? ティーヌ」
「マンティコアごときにびびっていては、ドラゴン討伐など夢のまた夢ですよ」
「ごときて。まあいいけどよ」
肩をすくめて覚悟を定める。
うちのじゃじゃ馬姫は、マンティコア程度でびびるような男を相棒として認めてくれないらしいですよ。
仕方ないね。
「バラバラに戦って勝てる相手じゃない。きっちり連携とっていくぞ」
ぐっと左拳を突き出す。
「声出していきましょう」
レオンティーヌが右拳をそれにぶつけた。
頷きあう。
「いくぜ! モンキー野郎!!」
気合いとともに、俺は大広間の扉を蹴破った。
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