第20話 え? ちがうの?
監察官というのは、王国の各地を巡って民の暮らしぶりを観察し、政がちゃんとおこなわれているか監察する役職らしい。
権限もかなり大きく、トーリアンのウィリアム隊長くらいは独断で処分できるんだってさ。
そんな顕職に二十代の前半で抜擢されたわけだから、クライヴが切れ者なのは紛れもない事実だろう。
「きな臭い噂をきいてトーリアンまできたら、この有り様だったからね。呆れるやら腹立たしいやら」
ラファイエットの一党が残していったテーブルセットに座り、クライヴが説明してくれる。
あ、クライヴは通り名で、本名がトーマスらしい。
くれぐれも通り名で呼んでってお願いされちゃった。間違っても変な二つ名で呼ばないようにって。
こんなどうでも良いお願いははじめてだよ。
ともあれ、トーリアンの平和ぼけに呆れ果て、ウィリアム隊長を処分するより先にメルヴェール城塞の方をなんとかしないいけないと思った。
時間がたつほど状況は悪くなる。
「この期に及んで第三次攻撃とか、まじでくびり殺してやろうかと思ったけどな」
「ですよね……」
ふんすと鼻息を荒くするクライヴにレオンティーヌが頷く。
一回負けた時点で上に報告しないとダメだってのが彼女の意見だったからね。
「政府に書簡を送って王国軍の派遣を要請したけど、その前に少しでも探っておこうと思ってたタイミングでお二人さん現れたのさ」
一目見て、なかなかやりそうなコンビだと判ったので声をかけた。
俺たちも、一目見てクライヴが使い手だと読んだから、このへんはお互い様だろう。
「けど、見事に取り逃がしてしまったな」
「そこはまあ良いんだ。オイラの仕事は民草の平和な暮らしを守ることであって、敵をやっつけることじゃない」
メルヴェールの盗賊団が逃げたのならトーリアンの危機は去ったわけで、仕事としては充分な成果だという。
王都から長駆してやってくる精鋭部隊はご苦労さまだけど、戦わずに勝つってのが理想なんだそうだ。
「むしろ問題は、敵がクライヴの正体にすぐに気づいたということ。それをおくびにも出さないで易々と退却してしまったことですね」
レオンティーヌがこてんと首をかしげながら言った。
「それな。端倪すべからざる相手ってやつだ」
二度の戦勝に驕ることなく、状況をきちんと見極め、わずかな情報から次に起きることを予見し、ためらわずに撤退する。
並の指揮官にできることじゃない。
「オイラが現れた。よし退却しようっていっても部下が従わない可能性もあるからさ」
「薫陶が行き届いてるってことだよな」
「そう、それが怖い。これ一回で終わるとは思えないんだよ」
腕を組むクライヴ。
赤茶けた色の目に憂慮がたゆたっている。
それから気を取り直すように、大きく息を吐いた。
「オイラは王国軍と合流して、ウィリアムの処罰とかしないといけないけど、お二人さんはこの後どうする?」
「アンジェリクに帰るさ。マジックアイテムを手に入れるって話も、どうやら空振りだしな」
「そっか、ならここでお別れだな」
ぐっと右拳を突き出すクライヴ、にやりと笑った俺とレオンティーヌが拳をぶつける。
一度トーリアンに戻って城塞偵察の報告をするという作業が残っているが、仕事としてはこれで終わりだ。
城塞は空っぽで盗賊団なんかいなかったよ、という報告だもの。
「ああ、そうだアルベリク。言おうと思って忘れてたことがあったんだ」
「ん? なんだ?」
「お前のかけ声な、あれ間違ってるから」
「え?」
「ヒーズルでは手裏剣を投げるときに「シノビ」なんて叫ばないし、「ジョスト」なんて叫んで斬りかかってくるやつもいない」
「え、ちょ……」
「あと、カタナってのは片刃の曲刀。アルベリクの片刃の剣は、刀じゃないよ」
「うそ……だろ……」
衝撃の告白に、俺は膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですよアル。ヒーズル王国のことを詳しく知ってる人なんて滅多にいません。ほら吹きだなんて思われないですって」
アンジェリクへと伸びる街道。
とぼとぼと歩く俺の腰を叩き、レオンティーヌが慰めてくれる。
「クライヴ知ってたじゃん……」
「あの人はインスペクターだから特別ですよ」
ううう……。
「そもそもアルだって適当に作ったって言ってたじゃないですか」
「それはそうなんだけどさ」
どうせ知ってる人もいないだろうとも思っていました。
でもね、レオンティーヌさん。
知っている人から、間違っているよって指摘されると、かなり心にくるものがあるんですよ。
「元気出してください、アル。わたしがついてますから」
「ありがとう。心強いよ、ティーヌ」
なかば儀礼的に応える。
と、そのとき、やや遠くから悲鳴が聞こえた。
ゴブリンだ、という声も。
一瞬だけ顔を見合わせた俺たちは、すぐに声の方へと駆け出す。
こんな真昼に、街道で?
走ることしばし、果たして二十匹ほどのゴブリンが馬車に襲いかかっていた。
跳ね飛ばして走ってしまえば良いのに、御者は素人なのかうろたえるだけ。このままだと馬が暴走しちゃうかもしれない。
「行きます!」
「判った! 援護する!」
スピードを上げて突進していくレオンティーヌ。
俺は懐の隠しからスリケ……手裏剣を取り出して、一番近いゴブリンに狙いを定める。
そして……。
「っ!」
かけ声を出さずに投げたそれは、一丈(約三メートル)先の地面にむなしく突き刺さった。
「た、タイミングが掴めねえ……」
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