第19話 逃げられた!
水場はすぐに見つかった。
交代で身体を洗い血を落とす。そのあとは持参した回復薬で治療だ。
「ぐえー、これで在庫ゼロだよ」
「わたしもです」
「こういうとき、プリーストのいるパーティーは強いよなあ」
クライヴも導具袋を振ってみせた。
全員が回復薬を使い切るほどのダメージを受けたということ。
「仕方ないさ。魔法使いも僧侶も稀少価値だ」
俺は肩をすくめる。
魔法学校を出たばっかりペーペーだって、国に仕えずにフリーでやるなんてなったら引く手あまただ。
傭兵団でも私兵団でも、万金を積んで雇おうとするだろう。
ただ、メイジもプリーストも偏屈な人が多いからね。軋轢が生まれてすぐやめるって話も聞いたことがある。
頭のいい人たちだから、俺たちみたいな馬鹿を見下してるって部分もあるんじゃないかな。
ともあれ、キマイラの牙や爪、魔石などを持ち帰ればポーション代くらいは充分にペイできる。
薬をケチったせいで致命傷になってしまう、なんて事態は笑うに笑えないからね。必要なだけ使うしかないんだ。
「せっかくなので遺跡の探索もしたかったですけど」
残念そうなレオンティーヌだ。
気持ちは判らなくもないけど、ポーションなしでの探索は絶対にダメ。
指導員としては、強く止めなくてはいけない。
準備が足りていない状況の時こそ、ヤバい事態になってしまうものなのである。
「残念です。残念です。残念です」
不満たらたらだ。
あなた貴族の娘じゃないのよ。生活に困るようなことはまったくなかったでしょ。
「それにまあ、オイラたちは仕事の途中だってのもあるよ」
受けた任務はキマイラ討伐。
遺跡を探索してこいとはいわれていない。
まーあ、その程度の役得でうるさく言う人には見えなかったけどね。ラファイエットは。
だからといっって任務外のことを積極的にやりましょうって結論にはならないさ。
「そのうち、機会があればまたこよう」
ぽんぽんと、俺はレオンティーヌの肩を叩いた。
戦利品を回収していたら良い時間になってきたので川の近くで野営して、疲れを取ってから戻ることにした。
夜に歩き回って、良いことなんてあんまりないしね。
結局、メルヴェール城塞から一日の遺跡に二日かけて辿り着き、二日かけて帰るということになる。
「バッファをとった良い行動計画だと思うぜ。さすがアルベリク先生だ」
からかうようにクライヴが言い、俺は微妙な顔をした。
年齢も経験も上のクライヴに褒められたら、尻のあたりがむず痒くなってしまう。
で、帰り道はとくに何もなかった。
戦利品を狙ってモンスターが現れることもなく、朝に出発して夕刻近くにメルヴェール城塞が見えてきたって感じ。
「静かすぎないです?」
「歓迎の鼓笛隊が待っているなんてのを期待したわけじゃないけど、なんか人の気配すら感じない」
レオンティーヌの言葉に首をかしげる。
城壁の上に物見もいないし、歩哨の兵士すら見えないんだよ。
ちょっと意味不明だよね。
「……まさか、な」
少しだけ焦った表情で足を速めるクライヴ。
俺たちも続いた。
正門が開け放たれており、ぐるりと見回してもやっぱり人一人いない。
そして俺たちとレファイエットが会見したテーブルが、ぽつんと置き忘れられたかのように庭にある。
「これ……は……」
近寄れば、その上には書簡が置いてあった。
『ルーンが誇る監視官、その中でも一番の切れ者と評判のカミソリトーマスが登場したからには、すぐにルーン王国軍が動くだろうからね。こと破れたりということで、我々は逃げさせてもらうよ。女王陛下によろしく。アスタ・ルエゴ』
という文面だ。
わざとらしく最後はドイル王国の言葉で挨拶まで書き記している。
ラファイエットがドイルの人間だと考えるのは早計すぎるけどね。
まあ、そんなことより気になる記述はあるよね。
「……カミソリトーマス」
「やめろぉ!! そのくそだっせえ二つ名でオイラをよぶなぁぁぁぁっ!!」
俺の呟きにクライヴが悶絶した。
地面に両膝を突き、頭をかきむしり。
「殺せぇ! いっそオイラを殺してくれぇっ!!」
大騒ぎである。
「まあまあ、クライヴ。カミソリみたいに切れるって意味なんでしょうから」
レオンティーヌが慰撫してるけど、それそのまんまの意味だよね。
よく切れるカミソリは、よく切れるということですねって。それで慰められる人がいたらびっくりだよ。
「……じゃあお嬢ちゃんは、カミソリティーヌとか言われたら嬉しいのかよ」
「え……いやです」
「ほらみろ」
なんか、この世のすべてを呪い殺しそうな声だなぁ。
「クライヴが王国政府の人間だったことはまあ良いとして、あっさり逃げられてしまったなあ」
ぽりぽりと俺は頭をかく。
「良いのかよ……」
座り込んだままにらんでくる。
俺がカミソリって名付けたわけじゃないよ? そこんとこよろしくね?
「ただ者じゃないのは最初から判っていたさ。知識量も考え方も、並の冒険者のものないし。正体は監察官っていうのは驚きより納得だよ」
横でこくこくとレオンティーヌが頷いている。
バシュラール侯爵から英才教育を受けた彼女と、軍事の知識量で拮抗する冒険者なんているわけないからさ。
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