第18話 キマイラ
向かって左側、ドラゴンの首がまずはブレスを吐く。
俺たち三人はぱっと三方に散った。
レオンティーヌはドラゴンの首を迂回するように左翼方向へ、俺は山羊の首のさらに右へ。
そして大きくジャンプしたクライヴの姿がすうっと空気に溶ける。
隠形といって、意識の外に出てしまう技術なんだそうだ。動きをトレースしようとした獅子の頭が一瞬だけ視線を彷徨わせる。
釣られるようにドラゴンと山羊の意識も逸れた。
「シノビ!」
裂帛の気合とともに俺はスリケンを投げつける。
直線の虹を描いて飛んだそれは、寸分の狂いもなく山羊の両目を潰した。
とどろき渡る絶叫。
左右にフェイントステップを刻みながら接近したレオンティーヌが、胴体部分を存分に切り裂いた。
相変わらずの高速剣である。
端で見ていて軌道が見えないほどの剣速って、普通にやばいよね。
もし斬り合ったら、俺が一発入れる間に十発くらい食らってしまいそうだ。
その分軽いってのは、どうしようもないけど。
尾の毒蛇が鎌首をもたげてレオンティーヌに襲いかかる。
彼女はそちらを見もせずに胴体への攻撃を続ける。
間一髪、何処からか現れたクライヴが短剣で蛇の頭を斬り飛ばした。
吹き上がる青緑の血液。
「少しは命を惜しめよ! お嬢ちゃん!!」
「惜しんでいますよ。だからクライヴをアテにしていました」
「勝手なことを!」
ごく短い漫才の後、ふたたびクライヴの姿が消える。
すごい勢いで斬撃を続けるレオンティーヌに、さすがにやばいと思ったのだろう。キマイラは方向を変えて正面から戦おうとする。
彼女を強敵であると認識したようだ。
「間違ってない。けど俺のこと忘れるなよ。寂しいだろ」
今度は俺が右側から斬りかかった。
この死角を作るため、山羊の目を潰したのである。
「ジョストーっ!!」
ジャンプ一番、大上段から渾身の力で振り下ろしたカタナが、山羊の首を斬り飛ばした。
これまでとは比較にならない、耳をつんざくような絶叫をあげてキマイラが暴れまくる。
巨大な爪を持った前肢が振り回され、狙いをも定めないドラゴンブレスが撒き散らされた。
「こりゃたまらん!」
「ちょっと接近戦は危険すぎますね!」
すべては捌ききれない。
細かい傷がいくつも刻まれていく。
このままでは削り負けてしまうだろう。
似たようなことを同時に言い放った俺とレオンティーヌは、とんぼを切りながら距離を取った。
それぞれ別の方向に。
俺を追うかレオンティーヌを追いかけるかキマイラが迷う。
砂時計からこぼれる砂粒が数えられそうなほどの一瞬だ。
けど、その一瞬で充分。
消えていた男にとってはね。
「よっと!」
なんとクライヴが現れたのは、キマイラの背中だった。
まさか人間に乗られるとは思ってなかっただろう。呆然とした後に暴れ始める。蝙蝠の翼をはためかせて飛び上がろうと。
「遅い。遅いよ」
ふざけたように言って、クライヴは両手で短剣を二振り振るう。
一つは翼をボロボロにして、もう一つはドラゴンの首元に突き刺さった。
青黒い血が噴水みたいに噴き出した。
たぶん太い血管を切り裂いたんだろう。
瞬く間にドラゴンの目が光を失い、だらんと垂れ下がった。
「チャンスだ。いくぞ、ティーヌ」
「もちろんです、アル」
同時に吹き込む。
魔法を使う山羊の頭と、ブレスを吐くドラゴンの頭、毒を持った蛇の頭を失ったキマイラは、ただのものすごくでかいライオンだ。
強敵でないってことはまったくないけどね。
放っておけば三刻(約六時間)くらいですべて再生してしまうので、ここで倒しきるしかない。
「破!」
「ジョスト!!」
気合の声がとどろき、キマイラが深手を負っていく。
俺たちだって無傷では済まない。
どんどんダメージが蓄積していくが、だからこそ手を緩めることはできないのだ。
「きついですね! アル!」
「男の子はこのくらいで弱音を吐かない!」
「残念! 女の子です!」
「女の子も頑張ろう!」
「はい!」
お互いでかい声を張り上げるのは自分を鼓舞するためと、相棒の生存を確認するため。
「どうりゃーっ!」
かけ声とともにクライヴが現れたのは、なんとなんとキマイラの四本の足の中心点。腹の下だった。
ざっくりと短剣が、すべての生物の急所である腹を裂きぼとぼとと内臓がこぼれ落ちる。
目に見えてキマイラの動きが悪くなった。
「決めるぞ!」
「はい!」
俺もティーヌも、最後の力を振り絞って攻撃を続ける。
長い時間にも思えるが、実際には四半刻(約三十分)の半分にも満たない時間だろう。
やがて、どうと巨大な音を立ててキマイラが倒れた。
ほぼ同時に、俺もレオンティーヌも地面に膝を突く。
「も、もう限界です……」
「奇遇だな……俺もだ……」
ぜいはあと荒い息。
いまここで敵に襲われたら、たとえ相手がゴブリンでも負けちゃいそうだ。
「……お疲れちゃん。ふたりとも」
キマイラの血と内臓を頭からかぶり、ひっどい姿になったクライヴが歩み寄ってきた。
彼もまた俺たちに負けず劣らずボロボロである。
そりゃあ、背中に乗ったり腹の下に現れたり、無茶苦茶やってたからなぁ。無傷なほうがおかしいだろう。
「……とりあえず、川でも探さないか? オイラ内臓の臭いで吐いちゃいそうだ」
うん。気持ちは判る。
こっちまで臭ってきてるからね。あんまり近づかないでね。
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