おそれをたべて
お城のキッチンに、珍しいケーキを作るメイドがいました。
彼女の名前は、ルベル。
甘く美味しそうなイチゴ色の髪を三つ編みにし、生クリームのような柔らかそうな頬、知性のきらめく瞳は爽やかなミント色をしています。
ルベルの雇い主は、ルベルの7つ年下の、7歳の王子です。
この王子のために、ルベルは毎日新しいケーキを生み出していました。
「困ったわ……何も浮かばない」
時刻は午後3時。
ルベルは、今日のぶんのケーキを焼き上げ、休憩にお茶を飲んでいました。
いつもなら、今日のぶんを焼き上げたとき、次はこんなケーキを焼いてみたいと、明日のケーキにワクワクしながら試作を始めるのです。
しかし、今日のルベルはちがいます。明日のケーキにグルグル頭を悩ませていました。
そのときです。
きらきら。
ルベルの目の前をきらきらした粉が現れ、窓へ向かって流れていきます。
ルベルはきらきらした粉を追うように、窓の外へ向かいました。
きらきらした粉は、お城の外の一本の木を纏うように動いていました。
「この木は何なのかしら?」
ルベルが木に触れてみると、きらきらした粉は瞬時に弾けるように下に落ちて消えてしまいました。
「わたしは何をしていたのかしら。早くケーキを考えないと、暇をだされてしまうわ」
ルベルは我に返ったように、急いで城に戻ろうとしました。
しかし、足が動かないではありませんか。
「ど、どうして?! 足が地面にくっついているみたい! どうやっても動かない」
ルベルの両足は、鍋底にくっついて取れなくなった飴のように、地面にくっついています。両手は動くので、ルベルは靴を抜ごうとしましたが、靴を脱ぐこともできませんでした。
「困ったわ……帰れないから、ケーキを試作することもできないわ」
ルベルが立ちすくんでいると、辺りはだんだんと暗くなっていきました。
細い月がきらきらと、流れの速い雲の隙間から覗くように消えては現れて、ルベルを見下ろしています。
気温も低くなり、少し肌寒くなってきました。ルベルは途方に暮れ、両腕でぎゅうっと身体を抱きしめるようにしてしゃがみ込みました。
「こんばんは。ようやく声が聞こえるところまで降りてきてくれたね?」
優しい声が聞こえました。
ルベルは助けを求めようと立ち上がって辺りを見回すと、誰もいません。
「気のせいだったのかしら」
そう思って、またしゃがみ込むと、また声が聞こえてきます。今度は複数の声で、こんばんはと挨拶が聞こえてきて、ルベルは息を止めました。
木の根元に、小人が5人いたのです。
ルベルに話しかけた声の主は小人だったのです。小人たちは緑のお揃いの服と帽子を身につけています。
「お城の腕の良いケーキ職人さんですね? わたしたちにケーキを作ってくれませんか?」
「今日を楽しみにしていたんだよ」
「いつもとてもいい匂いがするからさ」
「焼きあがったら、帰っていいからね」
小人たちはいっせいにルベルに話しかけました。
ルベルは驚きながらも、首を縦に振りました。
その瞬間、きらきらした粉がルベルに降り注ぎました。眩しさで目を閉じて、開いてみると、小人たちがルベルと同じ大きさになっていました。
「びっくり。あなたたちは大きくなっているし、ここはどこ?」
ルベルが戸惑ってそう聞くと、小人のひとりがルベルの手を引きながら答えました。
「きみが小さくなったんだ。ここはわたしたちのキッチンだよ。さあ、焼いて! 珍しいケーキを焼いて!」
このキッチンはあの木の内側に隠れていたのかもしれません。
ルベルは見慣れない小人のキッチンにワクワクしました。
しかし、珍しいケーキを焼いてという要望に、ワクワクした気持ちはしゅーっとしぼんでしまいました。
「無理だわ。もう何も浮かばないの」
「無理なんてことはないよ」
「いいえ、アイデアが尽きたのよ。もう作ってみたいものもやりきったの。何も浮かばない」
小人たちはルベルを見て、静かに落ち込んでしまいました。
ルベルは慌てて謝りました。
「ごめんなさい、そんな顔をさせてしまって。わたしにはもう力がないのよ」
ルベルの言葉を聞いて、小人のひとりは泣き出してしまいました。
「きみがそんな、力がないなんて言うことが、ぼくはたまらなく悲しいんだ」
小人に泣かれてしまい、ルベルはどうにか元気付けたくなって、昔よく焼いた、ちっとも珍しくない、ありきたりなケーキを焼き始めました。
良い香りがキッチンを包みます。
だんだんと小人たちの顔は晴れてきて、焼き上がるのを楽しみに歌を歌い踊り始めました。
ルベルもありきたりなケーキなのに、作っているうちに、気分が良くなってきたのがわかりました。
「焼き上がったわ。ちっとも珍しくない、誰にでも焼ける平凡なケーキよ」
そうルベルは言いながら、ケーキを小人たちの前に出しました。
「わぁ。ルベル、よく見てよ。きらきらしてる」
「ほんとうに、きらきらしてる。おいしそうだ」
小人たちの声に、ルベルは怪訝そうにケーキを見ました。
どう見ても、ルベルの目にはきらきらしているようには見えませんでした。
「きらきらなんてしてないわ。ただの茶色の丸いかたまりよ。わたしじゃなくても焼けるもの」
沈んだ声でルベルがそう言うと、
「きみは自分の力を信じられなくなったから、このきらきらが見えないんだよ」
小人のひとりも同じように沈んだ声で答えました。
疑う顔を向けたルベルに、小人のひとりが少し怒ったような顔をして言いました。
「きみのつくったものには、きみだけのきらきらがある。ほかのどんなひとがつくっても、同じものは生み出せないんだ。決して。ありきたりなものでも、まったく同じように見える平凡なものでもね」
わたしだけのきらきらがある? ルベルは本当にそうだとしたら……と考えて言いました。
「そんなこと信じられない。でも……そうだったらいいなって心底思うわ」
小人たちはルベルの返事に、顔を見合わせて、怒っていた顔から一変し、ニコニコしながら、ルベルの心に届くように強く主張しました。
「だろう? ありきたりなものを作ってみても、ありきたりなものになるわけがないんだ!」
「理由は、それをつくったのが、きみだってこと。それだけでじゅうぶんです!」
ルベルは、心がすっと軽くなる感じがしました。
きらきらした粉が、またルベルに降り注ぎました。
眩しさに目を瞑って……。
目を開くと、ルベルはお城のキッチンに戻っていました。
「わたしを疑うことだけが、わたしの足を止めてしまうんだわ」
時刻は3時。
ルベルが淹れたお茶はまだ暖かいままでした。カップのそばにカードが置いてあります。カードにはこう書いてありました。
(いつもありがとう。怖い夢を食べてくれる動物だよ)
王子が描いた動物の絵が添えてありました。
ルベルの肩には毛布がかけてありました。王子がかけてくれたのかもしれません。
ルベルは微笑むとお茶を飲みきり、足を動かしました。
ケーキの試作に取り掛かるのです。アイデアはまだ何も浮かんでいませんが。




