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【連載版】いつの間にか溺愛されてましたとは言うけれど。  作者: 江入 杏


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路線変更

「まさか、こんな辱めを受けるなんて……!」

 その場にがくりと膝をつき、悔しそうにリアーナは言う。

 元の場所に戻って来られたのは良いが、戻る方法が問題であった。ホームと唱えればスキルが発動し、そして戻るためにも呪文が必要であった。

 戻るための呪文はリターン。意味合い的にも納得出来る。出来るが、言うとなるとなんとも小っ恥ずかしい。

 リアーナは暫く躊躇っていたが、いつかは言わなければならない。どうせそのうち慣れると己に言い聞かせ、呪文を唱えたのである。厨二心が少しだけ喜ぶ自分を恥じながら。

「…………さて」

 気を取り直して、覚悟を決めて廊下へと顔を出す。暫く聞き耳を立てていたが、どうやら屋敷内で騒ぎは起こっていないようだ。

 とはいえ、そろそろドアマットムーブをかましておかないと不審がる輩が出てくるかもしれない。あまり原作から逸れた行動をして、予測不能なイレギュラーが起こったら対処が出来ないかもしれない。

 それに原作修正力の辻褄合わせとして結果、リアーナに死亡フラグが立つ可能性もゼロではないからだ。そういう話を前世の作家になれるよゼミで読んだことがある。

「ええと、そういうのを何と呼ぶんでしたっけ。バタフライエフェクト、だったかしら」

 うーん、厨二病が疼くわ……なんて呟きながら廊下を歩いていたら背後から誰かが駆けてくる。がしりと肩を掴まれ、早速ドアマット展開か!? と振り返ると昨日初手イビリをキメてきた専属侍女が息を切らしながら立っていた。

「あら、専属侍女さん。おはようございます」

「アンタ、何処行ってたのよ!?」

「その、飢えに耐えかねて木の根を齧りに外へ出ていましたの」

 うふふ、と淑やかに笑いながら盛大に嘘をついた。いくらなんでも無理がある。これならドアマットっぽいやろ、とばかりの雑な切り返しで信じるのは余程のお人好しだ。

 てっきりふざけんじゃないわよ! と朝から元気に怒鳴られるかと思っていたが、侍女の反応は予想と全然違った。顔を青褪めさせ、おろおろとしながら視線を彷徨わせている。

「あ、あの、ごめんなさい。私、貴女がそんなにお腹が空いていたなんて知らなくて……!」

 おや、とリアーナは彼女の反応を眺める。原作では使用人達が次々絆されていく中、最後までリアーナを虐め抜くキャラだったのでこの反応は予想外だ。

 よくよく見れば、目の下に隈が出来ている。顔には疲労の色が見て取れた。一晩中、一人で部屋に居ないリアーナを捜していたのだろうか。

「あの、目の下に隈が出来ていますけれど……もしかして私を捜していたのですか?」

「ちっ、違うわよ! 別に、昨日はちょっと言い過ぎたかなと思って様子を見に行ったらアンタが部屋に居なくて心配になってずっと捜してたとか、そんなんじゃないんだから!」

 言ってる。一から十まで全部言ってる。

 というかこの口上、とても馴染みがある。前世では一部の層から熱い支持を受けていたヒロインの属性にとてもよく似ている。

「……まあ、ごめんなさい。私のためにそんな」

「か、勘違いしないでよねっ! 別にアンタのためなんかじゃないんだから!」

 

 ツンデレの常套句キターッ!!

 

 脳内でヲタクスラング的なアレが過ぎりながらも、未だ言い訳を続ける侍女を見つめる。自分で全部言っていたのだから勘違いも何も、という話だがツンデレの前でそれは言うだけ野暮なのだ。

 ここはどういう反応が正解だろうか。ふむ、と思考を巡らす。やはり鉄板には鉄板を返すべきか。

「ふふ、そんな反応をするなんて……おもしれー女ですわね」

 壁ドン顎クイおもしれー女のトリプルコンボである。彼女が転生者なら絶対に食いつく代物だ。ツンデレの常套句なんてこの世界の者であれば絶対に出てこない台詞、相手も転生者でなければ説明がつかない。

「はわ、はわわ……」

 しかしこの前世の鉄板ネタに侍女は食いつかず、代わりに脳内で何かがアップしたようなSEと共にテロップが流れた。


▼シーナ・クリストフの好感度が上がった!

▼シーナルートが解放されました!


「いやフラグ立つの速すぎでしてよ!」

 チョロインじゃないんだから! と脳内でツッコミを入れる。百合の花を咲かせる予定も、キマシタワーを建設する予定も無いのだ。リアーナはただ、離縁した後はこのチートスキルでのんびり異世界ライフを謳歌したいだけなのである。

「フラグ?」

「いえ、何でもありませんわ」

 これはあれだろうか、自分が原作から逸れた行動をしたせいで専属侍女もバグり散らかしてしまったのだろうか。しかし、意図せずして仲間キャラが増えるのは好都合だ。利用しない手はない。

「ねえ、シーナさん。私のお部屋で少し話しませんこと?」

「は、はい、お姉様」

 先程の威勢は何処へやら。すっかりしおらしくなった専属侍女、もといシーナを引き連れ屋根裏部屋へ向かう。いつの間にやらお姉様と呼ばれていることにリアーナは気づいていなかった。


 屋根裏部屋に二人で来たものの、ベッドくらいしかないこの殺風景な部屋では楽しくお喋りも出来ない。選択ミスだったことに今更気づくが、他に座れる場所もないのでベッドに腰掛ける。埃だらけなので本当は座りたくないが、背に腹は代えられない。

「どうぞ、こちらにお掛けになって」

「え、でも、そんないきなり」

 顔を赤らめさせてもじもじしている姿に、一体何を想像しているのかと苦笑いする。

「ただお喋りしたいだけよ。他に座れそうな所もないから、ここに座ってるだけ」

「そうなんですね。では、お隣失礼します」

 リアーナの言い分に納得したのか、しずしずとシーナが隣に腰掛ける。先程の言動とは打って代わったような上品な佇まいにはて、と首を傾げた。

 一連の仕草を見ていたが、どうも原作の印象とかなりかけ離れているように感じる。付け焼き刃にしては、あまりにも自然だ。

「シーナさん、そういえば下の名前がクリストフよね。もしかして、数年前に没落したあのクリストフ伯爵家の?」

「はい、クリストフ伯爵家のシーナ・クリストフと申します。没落するより前に両親が事故で亡くなり、私がまだ未成年のため叔父が代理として領主の座に就きました。ですがその後立て続けに領地内で災害が起こり、我が家の力ではもうどうしようもなく……叔父と話し合って数年前に爵位を手放したんです。国に管理してもらった方が領民達も飢えに苦しまなくて済むだろう、と」

「まあ、そんな事があったんですね」

「領民を守る力が無いのなら潔く守る力のある者に全てを譲れ、というのが先代からの教えでしたので。貴族として当然の事です」

 そう言って朗らかに笑うが、その当然の事が出来ない貴族の方が多い。守るべき民に重税を課し、横暴の限りを尽くし、その薄っぺらい矜持を保とうとする貴族のなんと多いことか。

「御立派な考えの家でしたのね」

「はい。他の家の方には貴族らしからぬ考えを持つ家だと指さされていましたが、私は自らの選択を誇りに思っています」

 原作には書かれていなかったが、リアーナを虐め抜く悪辣な専属侍女として最後には断罪されるシーナにそんな背景があったとは。

 ここまでしっかりとした考えを持っている彼女があんなことを為出かすとは、到底信じられない。それほどに嫉妬と恋心が彼女を狂わせてしまったのだろうか。あの男にそこまでの価値があるとは思えないのだが。

「シーナさんはあの男……ではなく、カルロス様がお好きなのですか?」

「いえ、あの、その、もう平民で身分も釣り合いませんし、そんなつもりは」

「昨日、私に対して随分不満そうでしたもの。口調も乱暴になってしまうくらいに。それだけ深い愛情をお持ちなんて、過去に何かあったのではなくて?」

「……カルロは、カルロス様は、きっともう覚えていないと思います」

 まるで宝箱を開けるように、大事に。しまい込んだ過去を紐解くようにシーナは語りだす。


 まだ二人が幼かった頃、親同士の交流があり領地も近かったことから、クリストフ家とイギオン家は交流があったらしい。

 お互い兄弟姉妹がおらず、ひとりっ子同士だった二人はまるで兄妹のように仲良くなった。二人で手を繋いで野を駆け、笑い合い、そうやって子どもらしい時間を過ごしたのだという。

 しかし歳を重ねるごとに、互いに嫡子という立場がある以上いつまでも幼い子どものように遊んではいられない。自分より年上のカルロスは学園に通うようになり、いつしか共に過ごす時間も無くなった。

 後を追いかけるようにシーナも同じ学園に通うつもりだったが、不幸がクリストフ家を襲う。両親を失い、シーナは悲しみに暮れるが現実は無情にも厳しく降りかかった。

 領民の生活を第一に考え、貴族の身分を手放し平民になったシーナ。叔父はせめて生活が少しでも楽になればと、かつての縁を頼ってイギオン家にシーナを雇ってほしいと頼み込む。

 かつての淡い初恋の相手と再会するが、今は当主と使用人。あまりにも立場が違い過ぎる。カルロスはもうシーナを覚えていないのだろう、声をかけてくれることすらしない。それでも、傍に居られるだけで。この思いを心の奥底にしまい込んで、シーナは今もこの屋敷で働いている。


 ……なんというか、シーナの方がヒロインらしくないだろうか。

 幼馴染、没落令嬢、身分違いの恋。夢見る乙女が好みそうなロマンス要素がこれでもかと詰め込まれているのに、何故原作ではリアーナがヒロインだったのだろう。

 ここまでヒロインのポテンシャルを秘めた逸材が傍に居るとは。灯台下暗しとはまさにこのこと。

 これは、路線変更が出来るのではないか?

 そんな考えが過ぎる。シーナとカルロスをくっつけ、その功労者としていくらか謝礼を貰い、二人の幸せを願って屋敷を出ていく。二人にとってリアーナは恩人になるし、リアーナも穏便に離縁が出来る。一石二鳥ではないだろうか。

 ヒロインが交代するだけで、ヒーローは変わらない。タイトルは少し変わってしまうかもしれないが、ラブロマンス小説には違いない。

『地味令嬢は冷酷辺境伯に溺愛される〜何の取り柄もない私が旦那様に愛されるなんて〜』から『没落令嬢は冷酷辺境伯に溺愛される〜使用人の私が当主様に愛されるなんて〜』に変わるくらいだ。ドアマットヒロインをやる気のないリアーナよりも、幼馴染で隠れツンデレ属性も兼ね備えたシーナの方があの男も喜ぶだろう。

「あのね、シーナさん。相談があるのだけれど」

 いかにも協力者ですよ、という顔でシーナに話を持ちかける。上手くいけば全員に感謝され、晴れて自由の身だ。絶対にシーナの恋を成就させてみせる、と意気込むのだった。

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