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【連載版】いつの間にか溺愛されてましたとは言うけれど。  作者: 江入 杏


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イギオン辺境伯の屋敷にて

 辺境伯領に入り、道が舗装されているおかげか酷かった揺れも随分マシになった。辺境伯の屋敷に着くまであと半日もかからないだろう。

 道中は大きなトラブルも無く、無事にここまで来られて本当に運が良かった。これも原作補正だろうか、今だけは感謝したい。

 最早満身創痍と言ってもいい状態で、行儀が悪いことは承知しながらもリアーナは長椅子に横たわっている。

「……長かった」

 しみじみと口にする。恐らく外の御者もそれを聞いていれば深く頷いていただろう。仕事とはいえど、かなり無茶な旅程を組んでいるように思う。

 何せ殆どぶっ通しで走り続けており、馬の休憩のために少し休んで出発し、夜は宿が取れれば良い方で酷い時は野宿なんてこともあった。

 どうやら出発前、御者に渡す金を両親がケチったことが原因らしく。本当に、最後までろくでもない親である。

 御者も引き受けた手前、幸薄そうな少女がこの世の終わりのような顔で立っているのを見てこのまま放り出すのは良心が痛んだらしい。

 血の繋がった親よりも他人の方がリアーナに優しいとはとんだ皮肉だ。いかにあの親が人でなしであるかがよく分かる。今のリアーナであれば両親に向かってテメェらの血は何色だとオブラートに包んで言えたのだが、前世を思い出すタイミングが遅かったことが残念でならない。

 小窓を軽く叩く音が聞こえ、体を起こして御者台を覗き込む。御者からもうすぐ屋敷に着くことを告げられ、いよいよかとすっかり緩んでいた気持ちが引き締まるのが分かった。

 膝にかけていた毛布を畳み、旅行鞄にしまい込む。道中、御者が馬車の中で震えながら眠るリアーナを見かねて調達してきてくれたものだ。決して上等な物とは言えないけれど、その気遣いが嬉しかった。この先また使う機会もあるかもしれない、大事に持っておこう。

「御者の方には、何か御礼をした方が良いわよね」

 貴族が良く働いてくれた相手に対して、心付けとして貴金属やハンカチを渡す所を何かで見たことがある。前世でも海外ではチップ制度があったし、何より少ない報酬でも良くしてくれた御者には何か御礼がしたかった。この毛布だって自腹で用意してくれた物だろう。

「とは言っても、目ぼしい物は妹に全て持っていかれたし……そうだ、ステータス」

 音もなく目の前に表示されるウィンドウから、所持金の項目に触れる。すると、入出金画面が別ウィンドウで表示された。

「あまり多過ぎても気を遣わせそうだし、銅貨100枚くらいが無難?」

 確か、銅貨は前世の価値に合わせると百円程度の価値がある。銀貨が千円、金貨が一万円程度。それと、平民は鉄貨もよく使っている。価値は十円程度だったはず。

 金貨は崩すのが大変そうだし、そういった大きい金額のものは持っていると知られるだけでも危険だ。それなら嵩張ってしまうけれど、銅貨の方が使い勝手は良いかもしれない。

「銅貨100枚出金、っと」

 枚数を入力して出金の項目を押した瞬間、閉じていた両脚の上に銅貨が現れた。スカートで良かった、銅貨が零れ落ちずに済んだから。

 鞄の中から綿のハンカチを取り出し、出来るだけ丁寧に銅貨を包む。シルクのハンカチがあればそれを渡せたけれど、目敏い妹が換金出来そうな物は根こそぎ持っていったので手元には無い。

 御者に渡す包みは傍に置き、鞄を閉じた所で馬車が停まった。少しして扉をノックされる。ついにイギオン辺境伯に着いたようだ。

 荷物を手に馬車を降りる。エスコートは当然無い。

「御者さん、これ御礼です」

 ここでお別れになる御者に用意しておいた包みを渡す。最初は受け取れないと断られたが、儲けなんて殆ど無いだろうにここまで連れてきてくれた御礼だと差し出せばやっと受け取ってくれた。

「……知らない土地でやってくのは大変かもしれないけど、頑張れよ」

 そう言いながらこちらを見る眼差しには、同情が込められていた。決して短くはない旅程の中でリアーナの境遇を察したのだろう。

「ありがとうございます、御者さんもお気をつけて」

 別れの挨拶を終えて、荘厳な屋敷の門前に立つ。傍らに立っていた門番にリアーナ・ストラーダであることを告げると訝しげに頭の天辺から足の爪先まで見られる。

 子爵令嬢にしては質素な格好だからだろう。ここで家紋の付いた物を出せれば一番だが、生憎そういった物は持ち合わせていない。家を出る時に一つくらい隠し持っておくべきだったか。

「そうだ、王家からの通達書を持っています」

 父から渡された婚約の通達書を持っていたことを思い出す。王家の物なら充分な証明になるだろう。例え紙一枚でも、偽装するだけで大罪になるのだから。

 通達書を渡すと、紙にすき入れされている模様が王家の紋章であることに気づいた門番が慌てて屋敷に走っていく。

 十分くらい待っただろうか。門が開かれ、屋敷から現れた執事服の青年がこちらを冷たく見下ろす。

「どうぞ。当主様がお待ちです」

 ツンとした態度で言い放った後、こちらを待つことなく歩き出す姿に嫌な予感が大きくなる。

 このまま行くと原作通りの展開になる可能性が高いかもしれない。これは、今後の身の振り方について考え直す必要が出てきた。

 調度品の置かれた廊下を歩きながら、こちらを見てコソコソと何やら話している使用人達を横目に確かめる。

 どうやら嫌な予感は的中していそうだ。当たってほしくはなかったが。

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