疑惑
年も明け、屋敷内の慌ただしさが落ち着きいつも通りの業務に戻りつつある頃。
リアーナは一人、降り続けている雪を眺めていた。今日はシーナとは別行動である。
イギオン領の雪解けはまだ先のようで、寒さも和らぐ気配は無い。そういえば、この世界にも季節風は吹くのだろうか。
街への情報収集が雪で行けない以上、屋敷で出来ることをやるしかない。ふと、この屋敷に書庫があるのではないかと考えつく。
実家にも小さいが書庫はあった。辺境の地であれば、隣接する国に関する書物も多いかもしれない。情報は古いかもしれないが、他国についての予備知識は知っておくに限る。
「……書庫、だと?」
「ええ、ちょっと調べたいことがあって。あるのであれば使わせてほしいのだけど」
勝手に調べて回るより予め聞いたほうが良いだろうと判断し、執事を捕まえて尋ねる。怪訝そうな顔をしていたものの、ついてこいと言いたげに顎でしゃくる。一応、書庫には案内してくれるようだ。
「書庫にある本はどれも貴重な物だ。決して室内から持ち出さないように」
「勿論、分かっているわ」
その後ろをついていきながら、心得ているとばかりに返事をする。
執事は相変わらず不遜な物言いをしている。リアーナ自身はもう慣れたものだが、こんな調子で他の相手に同じことをやらかさないのかと気になった。
だから、つい言ってしまったのだ。
「ねえ、前から疑問に思っていたのだけれど、何故目上の相手にそんな態度を取れるの?」
「…………は?」
思わずといった様子で執事が足を止めた。リアーナも同様に足を止め、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこちらを向く彼を見据える。
「その態度よ。初対面の時からそうだったけれど、執事という立場でありながら辺境伯夫人にその態度はあんまりではなくて?」
正論で指摘されたからだろう、執事の顔が分かりやすく歪む。その感情が顔に出やすい所もどうかと思うのだが。
しかし、次の瞬間には彼の纏う空気ががらりと変わっていた。先程までの様子が嘘のようにピシリとした佇まいで、凛とした表情でもってリアーナへと頭を下げる。
「数々の無礼な物言い、大変失礼致しました。リアーナ様の仰りたいことは重々承知しております。ですが、我々はどうしても貴女を奥方として扱うわけにはいかないのです」
あまりの変わりように面食らってしまい、何も言えずにいると執事は――――執事のマーカスという青年は顔を上げる。その頃にはすっかり元の不遜な態度に戻っていた。
「魔法について調べたいなら、書庫に入ってすぐの列の右から三番目、その棚の上から五段目を探すといい。そこに海の向こうの砂の国、ガラハについての本が置いてある」
再び歩き出しながらも、端的に目的の本の場所を教えてくれる。
書庫に着くと、すぐに部屋の鍵を差し出してきた。それを受け取ろうと腕を伸ばした瞬間、手首を掴まれ引き寄せられる。
「一番奥にある列の、一番左の棚は絶対に触らないで下さい」
耳元で囁かれたそれは、一瞬のことでありながら鮮烈に記憶として残った。
ぱっと手を離すと、リアーナに鍵を押し付け執事は足早に立ち去っていく。まるで通り雨のように一瞬にして起こった出来事に思考が追いつかず、リアーナは暫し呆けてしまった。
書庫の鍵を開け、言われた通り書庫に入ってすぐの列の右から三番目、その棚の上から五段目を探す。そこにあったガラハという砂の国に関する本を見つけたところで、気づいてしまった。
「……何故、私が魔法について調べていると知っているの?」
そのことはシーナすら知らないはずだ。執事に目的を説明した時も、詳細は口にしていない。
背筋に冷たいものが走る。
まさか、あの時屋敷の者に見られていた?
だとしたら、買い込んだ物をしまうためにスキルを使用した所も見られていた可能性が出てくる。一体、彼は何処まで知っているのだろうか。
考え出したら思考が纏まらなくなり、持っていた本を元に戻す。今日は調べ物をする気分ではなくなってしまった。
今すぐ執事の元へ行って問い詰めたかったが、恐らく彼はもう何も答えてはくれないだろう。そして何より、これ以上踏み込むのは危険だと脳が警鐘を鳴らしていた。
去り際に執事が言っていた一番奥にある列の、一番左の棚。そこを調べれば何か分かるかもしれない。
しかし、リアーナはすぐに書庫から出た。今あの場所を調べる勇気は、まだ無い。
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