奮起
後片付けは自分がというシーナを留め、さくっと洗い物を片付けて今は二人でまったり過ごしている。
食後で血糖値が爆上がりしているので、食休みという名のごろ寝タイムである。礼儀とか知らない、だって自室だから。
前世でノリで買ったものの、使うことはなかった有名ブランドのふわもこルームウェアを着たシーナはとても可愛い。下がショートパンツなので最初こそ戸惑っていたけれど、その着心地の良さに今は虜のようだ。貸した甲斐がある。
至福のチルタイムの後、いつまでもここで過ごしているわけにもいかないので名残惜しいけれどルームウェアから最初に着ていた服に着替えて話し合いの時間となった。
「最初こそシーナが望むならと思ったけれど、やっぱりあの男は駄目よ。絶対にやめたほうが良いわ」
「その、私もカルロス様の対応を見て、すーっと波が引くように気持ちが消えていくのが分かったんです。ああ、あの頃のカルロはもう居ないんだなって」
やはり、あの男に対する気持ちはすっかり冷めてしまったようだ。無理もない。シーナが給金を不当に減らされているのに、証拠だの嘘をついている可能性があるだの言われて、好きで居続けるのは無理がある。
確かに言いたいことは分かる。分かるけれど、幼馴染に対してあんまりではないだろうか。あの節穴のことだ、シーナが幼馴染であることに気づいていない可能性も高いけれど。
「今更気づいたけれど、あの男、シーナの家が危うい時に助けてはくれなかったの?」
「そうですね、叔父からは特に何も聞いていません」
親同士の交流があり、領地も近かったのならクリストフ家の夫妻が亡くなり家も没落の危機に瀕している噂も届いているはず。にも関わらず何の助けもしないとは、いくらなんでも薄情が過ぎるのではないだろうか。
まさか、クリストフ家が治めていた領地を狙って、わざと何の手出しもしなかった……?
そんな疑問が首を擡げた。
クリストフ家が手放した領地を王家が管理するとは言っても、辺境に近い土地へ人を遣って管理し続けるのは王家とて手間がかかるだろう。辺境の地に行きたがる者だって居るか分からない。
それなら領地が近くて勝手が分かるイギオン辺境伯に管理を任せる方が王家も確実だと思うはず。まさか、あの男はそれを狙っていたのだろうか。
「クリストフ家が治めていた領地は、今も王家が管理しているの?」
「いえ、二年前からイギオン辺境伯が管理していると叔父からの手紙にはありました」
予想は概ね当たっているようだ。
本当にあの男、ろくでもない。
これはシーナに言わないほうが良いだろう。あの男が領地を手に入れるため、意図的にクリストフ家を見捨てていたなんて知らなくていい。これ以上シーナが傷つく必要なんてないのだから。
けれど、今リアーナが言わなくても聡いシーナはいずれその真相に気づいてしまうかもしれない。もしかしたらシーナの叔父もとっくに気づいている可能性が高い。
あの男がした事が貴族らしいと言えばそうかもしれないが、貴族にだって情はある。親しい相手が困っていれば手を差し伸べる者だっている。
だが、あの男は自らの利益の為に親しい相手をいとも簡単に見捨てた。原作では明かされていなかったが、リアーナはその事実を知ってしまった。
ならば、原作であの男に溺愛されたリアーナもいずれ同じ目に遭う可能性があるのではないか。
何らかの事情で庇護する対象から外れた時、あの男はリアーナも見捨てるのではないか。
反抗的な態度を取れば、あの男の意に沿わない行動をすれば、攻撃する対象と見做すのではないだろうか。そう思わせるには十分だった。
「結局、ダメンズって何処までいってもダメンズなのかしら。世のドアマットヒロインは凄いわ、自分がそうなる可能性を微塵も考えずに相手を信じることが出来るのね」
浮気を繰り返す男と同じ。
前世では三つ子の魂百までという諺もあるくらいだ、人の本質は簡単には変わらない。あの男がこの先、仮にリアーナを愛することがあったとしても何かの切っ掛けで今のように冷遇してくるかもしれない。
こうやって疑念が湧いてしまった以上、あの男と関係を築いたとしてもリアーナはそのいつかに怯えながら過ごすのだろう。
そんなのは御免だ。例え贅沢な暮らしを出来るとしても、あんな男に気を使いながら過ごす人生などお断りである。
そして、シーナにもそんな人生を歩んでほしくない。彼女の目が覚めて本当に良かった。
「シーナ、貴女はこの先もここで働いていきたい?」
「……いえ。カルロス様への気持ちも消え去った今となっては、もうここで働きたくないというのが正直な所です」
「そうよね。職場の環境も最悪、上司は役に立たない。そのくせ給金を不当に減らされるなんて、文句無しの労基案件よ」
シーナもこの場所に未練が無いようだし、それなら二人で三年後にここを出ていく計画を立てるとしよう。
とはいえ、ただやられっぱなしなのも面白くない。この屋敷の者達に一泡吹かせておきたいところ。
「証拠が必要だって言うなら、いくらでも集めてやるわよ。あの男の顔に叩きつけてこの屋敷を出ていってやるわ」
そして後悔するがいい、リアーナ・ストラーダに喧嘩を売ったことを。
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