乙女とラーメン
瞬きの間に見ず知らずの場所に立っていたからだろうか、シーナが驚いた様子で辺りを見渡す。リアーナと部屋を交互に見ていて、その様子の初々しさに小さく笑ってしまった。
本当はシーナがこの部屋に来るのは初めてではないのだが、説明がややこしくなるので黙っておこう。
「安心して、ここは私の部屋よ」
「お姉様の部屋、ですか?」
「そう。どう説明すればいいかしら、魔法は分かる?」
「絵本や御伽話に出てくるあの魔法ですか?」
「良かった、魔法自体は知っているのね。私だけが使える特別な能力があって、それをスキルと呼ぶのだけれど……とにかく魔法みたいなものと思ってもらえればいいわ。この部屋はそのスキルで作られた部屋なの」
上手く説明出来ないのがもどかしい。前世ではなんとなく読み取っていたので、いざ説明するとなると良い例えが思い浮かばなかった。
しかしそんな説明でも納得してくれたのか、興味深そうに部屋の中を見渡している。ざっとそこまで広くない室内を見て、それから視線がリアーナに戻る。なんだかやけにその眼差しが輝いていて、互いの感情に齟齬を感じた。
「凄いです、お姉様は魔法使いなのですね!」
興奮しながら弾むような声で言うシーナの瞳は、まるで御伽話の魔法使いを見るようなそれだった。そんな大層なものではないのに、そんなキラキラとした瞳を向けられるとなんだか居た堪れない。
「説明の仕方が悪かったわね、私が使っているのはスキルで魔法じゃないのよ」
「私からしたら十分魔法のようです。それにお姉様のお部屋は見たことない物が沢山で、まるで魔法使いのお部屋みたい!」
感極まったような表情で部屋を見る姿に、ああなるほど、と納得がいく。リアーナは前世から見慣れているため何とも思っていなかったけれど、シーナから見たこの部屋は知らない物しかないのだ。家電なんて未知の道具に見えるだろう。確かにこの世界の者からすれば、この部屋は魔法使いの部屋に見えるかもしれない。
しかし、シーナが魔法を知っているとは。てっきり魔法の概念自体が無いと思っていたが、この国にもその概念はあったらしい。リアーナはそういった子ども向けの絵本を親から貰ったことがなく、記憶にもないため知らなかった。嬉しい誤算だ。
魔法が絵本やお伽話の中に存在するのなら、恐らく元ネタとなる実話があるはず。絵本が他の国から来た物ならば、もしかしたら魔法が使える国もあるかもしれない。
ぐぅぅぅっ、とはしゃぐシーナの腹の中で虫が騒いでいる。慌てて腹の辺りを押さえて恥ずかしそうに俯くシーナをローテーブルの前に座らせ、キッチンへ向かう。一から何かを作ると時間がかかるし、何か良い物はないかと買い置きのストックを漁ると袋ラーメンが出てきた。これならすぐに作れるし丁度良い。
鍋に多めに水を入れ、コンロにかける。早めに沸騰させるため火力を強めれば、数分で鍋の縁が泡立った。そこに乾燥麺を二つ入れ、柔らかくなってきた所を菜箸で軽く解す。もう暫く煮て麺が柔らかくなったら、火を止めて乾燥スープの粉末を入れて溶かしたら完成だ。
大きめの器に一人前ずつよそい、箸を一膳とシーナ用にフォークを一本持って零さないように気をつけながら両手に持った器を運ぶ。湯気の立つそれをシーナの前に一つ置き、残りを自分が座る前に置いた。
「どうぞ、簡単な物だけれど」
「お姉様、この料理は……?」
「これはね、ラーメンよ。異国の麺料理なのだけれど、とっても美味しいの」
頂きます、と手を合わせてから食べる見本を見せる。手に取った箸で一口分の麺を持ち上げ、シーナから見たらはしたなく感じるかもしれないけれど勢いよく啜る!
ズゾゾッ、と麺の啜る音。前世でも海外の人だとこの食べ方に抵抗感を持つ人もいたくらいだ、シーナには難しいかもしれない。啜ることが嫌なら麺を巻くようにして食べれば、と伝えようとシーナを見ればフォークで麺を掬い上げて勢いよく啜った。
「これ、熱いけどとっても美味しいです!」
そう言ってもう一口啜る。空腹なシーナに早く食べさせたくて今回は素ラーメンになってしまったけれど、今回はそれで良かったのかもしれない。
次はもっと美味しいラーメンを食べさせてあげよう、と思いながらリアーナも醤油ラーメンを啜った。
互いに無言のまま、麺を啜る音だけが響く。その合間にすん、と違う音が聞こえてシーナを見る。その瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていた。それでも食べる手は止めない。
ここで何か声をかけるべきなのかもしれない。けれどリアーナは見なかったふりをして、視線を手元のラーメンに戻した。
麺が無くなり、器にはスープだけが残っている。それを器を持ち上げてそれを飲み干すと、シーナも真似して器のスープを飲み干した。
令嬢としてあるまじきはしたなさを披露してしまった。でも、ラーメンはこうやって食べるのが美味しいから仕方ない。
「食べ足りなければおかわりも作れるけれど、どうする?」
「はい、頂きます!」
まだ赤い目元のまま、輝く笑顔でシーナが器を差し出す。これが若さ故の食欲。リアーナもそれに触発され、自分の分もおかわりを作るべく空になった器を持ってキッチンへと向かった。
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