フラグ断絶
シーナを幸せにする、そう決意をしたのはいいものの。
「相手がアレじゃあねえ……」
そう、シーナが恋する相手はあの男。しかも現在自分が妻の立場である。
傍から見れば正妻が夫の有責事項を増やすため、愛人をけしかけているように見えるかもしれない。リアーナも当初はそのつもりでいたのだが、シーナの境遇を知りあのハズレくじを押し付けるのも……という気持ちになりつつあった。
ちなみに、先日のすっぴん風メイク作戦も大失敗であった。辺境伯家の使用人なら身だしなみもちゃんとしろとのこと。おくれ毛で隙を見せつつ、と目論んだのが敗因のようだ。
すっぴん風メイクの難しさを知らないくせにちゃんと化粧をしろ、とはちゃんちゃらおかしい。おくれ毛には目敏く気づくくせに、化粧に気づかないとはあまりにも節穴ではないだろうか。
素材の良さを引き立たせつつ、すっぴんかのように見せる化粧なのだ。ちゃんと化粧はしている。あの化粧でシーナの魅力が1.5倍は増しているのにあの男、本当に許せない。
「やっぱりあの男にシーナは勿体ないわ」
けれど、シーナはあの男が初恋なのだ。出来れば叶えてあげたいと思ってしまうわけで。
「でも、あのノンデリモラハラパワハラ役満男と一緒になってもシーナが幸せになる未来が見えないのよね……」
それに問題はあの男だけではない、屋敷内にもある。シーナが職場内で集団イジメを受けているというのに、それを三年も放置しているのだ。あまりにも屋敷内の管理が杜撰ではないだろうか。
「この屋敷、家令は居ないのかしら。執事は居るけれどあれも無能だし、ハウスキーパーも期待出来なそう」
何せ女性使用人達の陰湿なイジメを三年も放っておくような者だ、何も期待出来ない。
「シーナが元貴族で良かったわ、侍女なら下手な使用人より給料も――」
自分で言いかけ、そこでハッとする。そういえばシーナはちゃんと給料を貰っているのだろうか? こんな環境だ、下手をすればピンハネされている可能性が高い。
「お姉様、昼食を受け取って参りました」
ノックした後、笑顔で入室してきたシーナの肩を掴む。リアーナの突然の奇行に目を丸くするシーナに深刻な面持ちで尋ねる。
「シーナ、こんなこと聞くの失礼だけれど貴女お給金はどのくらい貰っているの?」
「え、お給金ですか? ええと、確か五万ガルラ程で……」
「はぁ!? 五万!? 待って、そもそもこの世界の物価はどのくらい? でも住み込みなら二十四時間体制でしょ、場合によっては残業も時間外労働もあるじゃない。時給換算でいくらよ!?」
前世の基準でいえば住み込みでも五万は安すぎる。だがこの世界の物価が分からないため、高いか低いかの判断がつかない。
すると、リアーナの目の前に突然ウィンドウが現れる。そこにはこの世界の物価が表示されていた。
前世の基準で百円のお菓子を買うとして、必要なこの世界の通貨は百円程度の価値を持つ銅貨一枚。つまり物価は前世と同じくらいであるようだ。
ついでにシーナの基本給も表示された。この世界に保険という概念はないのでその項目は無いとして、残りは住み込みによる金額を引くとして、残りの手取りとなる金額は十万ガルラとそこには表示されていた。
どうやらステータスの機能が更にパワーアップしたらしい、リアーナ以外の者のステータスは他の詳細まで知ることが出来るようになった。後で神様に御礼の祈りを捧げておこう。
それは一体置いておくとして。
「ちょっと、半分もピンハネされてるじゃない! これは流石にアウトよ!?」
住み込みだから生活は成り立っているが、これはいくらなんでもあんまりだ。イジメを受け始めた十四の頃から給金は変わらずその額しか受け取っていなかったことを考えると、一年で六十万、三年で百八十万ガルラもハネられていたことになる。
「これは看過できないわ、あの男に直談判しに行くわよ!」
最早シーナを磨いてとかどうこう言っている場合ではない、今すぐ向かうべきだ。今日も今日とて嫌味ったらしい執事にあの男が居ることを確認し、ノックもせずに書斎へと入る。
「単刀直入に言うわ、私の専属侍女が嫌がらせを受けているの。その上給金も本来受け取るべき額から減っている、誰かが懐に入れているようね」
いつもの舌戦の応酬よりも、優先すべきことを伝える。リアーナへの嫌がらせはまだ良い、あのスキルがあるから痛くも痒くもない。けれどシーナの給金は駄目だ。それは生きていくために絶対に必要な物なのだから。
自分の屋敷の使用人に関わることなのだから、これは早急に対応してくれるだろう。そう思っていた、その時までは。
だが、リアーナのそんな考えも容易くあの男は打ち砕いた。
「そうか、では執事に伝えておく」
「今までシーナが奪われていた給金の補填もしてくれるのよね?」
「証拠は?」
「…………は?」
「だから、証拠はあるのかと言っている」
言葉に詰まる。シーナの給料の詳細はあくまでシーナのステータスの補足から知ったものだ、シーナ自身がそれを知っている訳ではない。
そしてリアーナもこの屋敷に来て間がない上に、女主人としての務めを果たせていない。証拠を出せと言われても出せないのが現状だ。
「……今は無いわ。けれど、いずれ私が必ず」
「貴様のような女が証拠を捏造しないはずがないだろう、それを信じろと? それに、その侍女が嘘をついている可能性も有るからな」
「ねえ、それ本気で言っているの?」
「俺は最初から本気だが?」
「…………そう、もういいわ」
この男に何を言っても無駄なことくらい分かっていたのに、何を期待していたのだろう。ぷつりと何かが切れるような、そんな感覚。すぐに踵を返し、ふと心配になりシーナを見やる。
彼女は無表情にあの男を見ていた。いつものキラキラとした瞳からは想像もつかないほど、その目に感情は無い。
まるで百年の恋が冷めたような瞳だった。
屋根裏部屋に戻ると、重たい沈黙が二人を包んだ。執事に言えば、一時的には渡される給料が本来の額に戻るかもしれない。だが、それも少し経てばまた減らされた額に戻るはずだ。
イジメとはそういうものだ。一時は収まったとしても、ほとぼりが冷めると再発する。その上、以前よりも酷くなって。
「……ごめんなさい、シーナ。貴女を守れなくて」
悔しかった。いくら強がってもこの屋敷で一番力を持つのはあの男なのだ。リアーナの味方はシーナしかいない、シーナの味方もリアーナしかいないのに彼女を守ることが出来ない。なんて、なんて無様なのだろう。
「いいえ、謝らないで下さいお姉様! お姉様は私のために動いてくれました、それだけで十分です」
そう言って嬉しそうに笑うシーナを見て、余計に辛くなった。どうしてこんなにも優しい子が酷い目に遭わなければいけないのだろう、悪いことなんて何もしていないのに。
「そうだ、すっかり冷めてしまいましたが昼食をどうぞ!」
そう言って元気よく差し出すと共に、ぐぅぅ、とシーナのお腹が鳴った。
「あら、貴女昼食は? 食べてきてないの?」
「……その、お姉様と二人で分けて食べなさいと言われまして」
「え、待って、それっていつから?」
「……ええと、数日前から」
言葉を失う。
自分だけが食事を貰えないのはまだ良い、あのスキルがあるから。けれどシーナはそうではない。チートスキルなんて都合の良いものは持っていないのだ。
なのに、一人分にも満たない食事をシーナは何の躊躇いもなくリアーナに差し出してくれる。例え自分が空腹だろうと。
「…………そう、そうなの」
スキルを他人に明かす危険性やデメリットが脳裏を過ぎる。けれど考えて、考えて、考えて。
そうして、覚悟を決めた。
「いい? シーナ、これは二人だけの秘密よ」
返事は待たない。彼女の手を取り、口にする。
「ホーム」
そして次の瞬間、二人はリアーナの自室に立っていた。
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