二度目の決意
「さて、今日もドアマットとして頑張りましょうか」
屋根裏部屋に戻り、今日もやって来るであろうシーナを待つ。
今日も今日とてドアマット生活である。とはいえ原作と違い、仲間キャラが増えたのは僥倖であった。
ちなみにスキルのレベルが上がった際に追加された機能は、スキルを使用した後に戻る場所を指定出来るというものであった。つまりこれで乗り物に乗った時にスキルを使用しても何も問題ないということである。あまりにも万全サポート。御礼の課金を出来ないことが残念でならない。
扉をノックする音にどうぞと返せば、シーナがひょこりと顔を覗かせる。手招きすれば嬉しそうな顔で近寄ってくるのが可愛らしい。キャロラインとも仲が良い姉妹であれば、こうやって過ごせたのだろうか。
「昨日の量産型風メイクは残念な結果に終わったから、その反省点を活かして今日は素材の良さを引き立たせるすっぴん風メイクをすることにしたわ!」
「わあ、楽しみです!」
ずびしっ、と天井を指差して意気込めばシーナがそれに合わせて拍手してくれる。早速取り掛かろうと支度を始める途中、シーナがくすくすと笑い出したので何かおかしな所でもあったかと尋ねれば首を振った。
「いえ、その……お姉様とこうやって過ごすのが楽しくて。同年代のお友だちが居たらこんな感じなのかな、と」
そう言って少し寂しそうに微笑むシーナを見て、彼女はそうやって友人を作って楽しく過ごせるはずだった時間を失ってしまったことを思い出す。
古今東西、乙女というのは恋バナが大好きなのだ。勿論恋が実ってからの期間も楽しいけれど、案外その前の恋が実るまでの期間も楽しかったりする。
リアーナも前世では自分の恋愛に関しては無頓着だったけれど、友だちの恋の進展に一喜一憂して盛り上がるのは楽しかった思い出がある。友だちの恋が成就すれば一緒に喜んで、駄目だったら残念会を開いて盛り上がって。
今振り返れば若さ故のちょっと恥ずかしくなってしまうような思い出だけれど、それでも青春だったと思える。
シーナは早くに両親を亡くして、少女で居られる時間は他の貴族令嬢よりも少なかった。けれど、この屋敷には若い使用人も居る。その子達とは上手く付き合えなかったのだろうか。
「職場仲間とは、そういう話はしないの?」
なんだかその寂しそうな様子が気になり、つい踏み込んだ質問をしてしまった。シーナは黙って首を振り、瞳を伏せて呟く。
「使用人の人達とは、あまり折り合いが良くなくて」
「どうして? 貴女はとても魅力的で人に好かれそうなのに」
「ここで働き始めてすぐの頃でしょうか、気さくに話しかけてくれてた人が居たんです。その人に私が元々は貴族令嬢であったことは本当かと聞かれて、自分の過去を話しました。そうしたら、次の日から話しかけてくれなくなって……その、他の女性の使用人からも避けられるようになってしまって」
「……そう、そんな事があったの」
その後のことも、シーナはぽつりぽつりと話してくれた。男性の使用人が気遣ってくれたけれど、そのせいで余計女性の使用人からの当たりがキツくなってしまったこと。彼女の喋り方が気に入らないのか、もう貴族でもないくせにと陰口を言われて女性の使用人と馴染めるように口調を変えていたこと。
そうこうしているうちにリアーナが嫁いできて、スケープゴートが移ったことが切っ掛けでまた女性の使用人が話しかけてくれるようになり、前の孤立していた状態に戻りたくなくてリアーナを虐めていたこと。
「でも、もう良いんです。お姉様が居てくれるから、また前みたいな状況に戻っても怖くありません」
そう言って力強く笑うシーナは、まるで物語に出てくるヒロインのようだった。直向きで、明るくて、とても魅力の溢れる彼女。リアーナはそうやって人を虐めたことがないから想像でしかないけれど、きっとシーナを虐めた使用人達は彼女に嫉妬していたのだろうと簡単に予想がつく。
ここに来た時に見た女性の使用人達は、全員が華がなかったように思う。その中に一人だけ、華がある美しい少女が居れば当然目立つ。
元貴族で、所作も上品で、人懐っこくて、しかもこの屋敷の当主と幼馴染ときた。まるで物語から出てきたヒロインのような存在。ここで働く女性達にはさぞ目障りだっただろう。
だからといって、両親を失って働かざるを得なかったまだ年若い彼女を集団で虐めるのはどうかしている。人間性を疑う所業だ。
シーナがここで働き始めたのは十四歳で、今は十七歳。リアーナが来るまでの三年間、彼女は孤独に過ごしてきたのだ。
シーナの悲しい過去を知り、原作の不可解な行動にも納得がいった。原作の彼女がリアーナを虐めたのは恋心や嫉妬もあったのかもしれない。けれどそれ以上に、彼女は自分の居場所を守ることに必死だったのだ。
リアーナが嫁いできたことでスケープゴートが変わり、またその役目が自分に戻らないように率先してリアーナを虐めていただけ。最後まで絆されることがなかったのも、絆されてしまえばその役目が自分に戻ってくることに怯えていたのだろう。
そうして最後はリアーナを虐めていた悪辣な侍女として断罪され、屋敷を追い出されるのだ。紹介状も貰えず、着の身着のままで。年若く見目も美しい少女が新しい働き口を見つけられなければ、行き着く先は容易に想像が出来る。
原作で語られはしなかったけれど、彼女は最期まで孤独に過ごしたのではないだろうか。もしかしたら叔父を頼って新しい職場を見つけたかもしれない。しかし貴族のあの男から睨まれている以上、平民になった叔父にはどうすることも出来なかったのではないか。
原作の彼女がどうなったのか、それは作者にしか分からない。けれど現実も途中まで原作と同じ流れを辿っていたのだ、目の前で笑うシーナだってリアーナが前世の記憶を思い出さなければ同じ結末になっていたかもしれない。
「お姉様、どうかしましたか? 何処か痛い所でも?」
「……いいえ、違うのよ。これはちょっと目から汗が出ているの」
前世の田中恵子は知らなかった。原作で誰にも語られることなく、踏みつけにされた少女が居たこと。そしてリアーナの幸せはその少女の不幸の上で成り立っていたことを。でも、リアーナ知ってしまった。もう知る前には戻れない。
涙を悟られないよう誤魔化すけれど、十中八九泣いていることはバレているだろう。それでも気づかないふりをしてくれる、そんな優しい彼女を救いたくなった。
「ねえ、シーナ。私、貴女の運命も変えたくなったわ」
きっと彼女はリアーナが何を言っているのか分からないだろう。だって原作を知るのは田中恵子の記憶を持つリアーナだけなのだから。
それでも、リアーナ・ストラーダというヒロインの物語の中で悪役として断罪され、人知れず不幸になっていったシーナ・クリストフを今度は幸せにしてみせる。
そう、リアーナは誓ったのだ。
面白かったら評価を押してもらえるととても励みになります。




