目覚め
以前上げていた短編『いつの間にか溺愛されてましたとは言うけれど。』の連載版です。
最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
私にとって世界の全ては家族だった。我儘だけれど甘え上手で可愛い妹、跡継ぎの役目から私を解放してくれたまだ小さく可愛い弟、厳しいけれど私を見守ってくれた愛しい両親。そして会話は少なかったけれど身の回りの世話をしてくれた優しい使用人達。
屋敷の外には殆ど出たことのない私にとって、世界の全てと言っても過言ではなかった。
世俗の事など知る必要はないと、お茶会に参加することは許されなかった。悪い虫が付いてはいけないからと、パーティーに参加することも許されなかった。領地経営だけ学びなさい、女に必要以上の学は必要無いからと学園に通うことも出来なかった。
両親は全て私のためだと言った。私もそれが自分のためなんだと言い聞かせた。
両親は私を愛してくれている。私を守ろうとしている。私は家族に愛されている。愛されているはずなのだ。
「……なんて、ね」
舗装されていない轍道を走っているからか、車輪が弾み車体の軋む激しい音が車内を満たしていた。
騒音の中で零した笑い声は掻き消され、己の虚しさをより引き立たせた。
自分が家族に愛されていないことは薄々分かっていた。それでも、良い子にしていればいつか愛されるのではないかと期待していた。
そのささやかな願いさえ、妹の我儘によっていとも容易く壊された。完膚なきまでに粉々に。
最後の最後までどんな言葉を返せばいいのか分からなくて、外し方の分からなくなってしまった良い子のお面で分かりましたと父に告げた。
そこからは流されるまま。目ぼしい物は全て妹が持ち去り、私の手元に残されたのは小さな旅行鞄に入るだけの荷物のみ。まるで私みたいね、なんて思いながら持ち上げた鞄と、己の身を積んだ馬車はゆっくりと走り出す。
今生の別れになるかもしれないのに、誰の見送りも無いまま。
今更自分の生き方を変えることは出来ない。その変え方さえ教えてはもらえなかった。
ああ、誰か。誰でもいい、私をここから連れ出して――。
「ギャン!!」
ガタンッ、と一際大きく車内が揺れ、頭を強かに窓枠に打ち付ける。その瞬間、某ゲームのレベルアップのようなファンファーレが脳内に流れた。
▼おめでとう! リアーナ・ストラーダは前世の記憶を思い出した!
▼スキル【ホーム】を取得しました!
▼称号【異世界転生者】を取得しました!
▼ステータスが解放されました!
脳内に浮かぶそれらの文章は、まるでゲーム画面に表示されたテロップのようだった。ドット文字に何処となく懐かしさがある。
まるで濁流のように流れ込む、自分ではない誰かの記憶。知らない世界。知らない物。なのに何故か私はそれを知っている。
「何? これは何? ケイコって誰?」
タナカケイコ。いえ、田中恵子。異国の地に暮らす、黒い髪に黒い目をした女性。異国の者らしくエキゾチックな顔立ちをした彼女は、黒い喪服のような服を纏って似たような毎日を繰り返していた。
たまの休みには読書やアニメ鑑賞、ゲームを嗜み、日本という国で彼女は暮らしていた。
ある時に何気なく読んだ小説。その物語のヒロインの生い立ちはまるで自分のようで……いいえ、まさに自分そのもの。同姓同名で、今の置かれた環境も全く同じ。自伝でも読んでいるような気分だ。
違う、そうではない。これは、そう、これは。
「……私、異世界転生したのね」
口にした瞬間、ぼんやりと張っていた薄い膜が破れるようだった。はっきりとしてきた思考にぱちぱちと瞬きを繰り返す。
リアーナ・ストラーダ。それは今の私の名前。そして田中恵子は前世の私の名前。
色褪せていた世界に色が戻っていく。壁一枚隔てていたような、そんな疎外感が薄れてようやく自分がこの世界に馴染んだような気がした。
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