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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
2章 貴重な6年、無駄な6年
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第1話 カフェについての攻防

 腹立つ!


 心の中でやけくその様に叫び、せかせかと動かしている足をさらに速める。


 それに雨だし、蒸し暑いし、こんなときはシャワー浴びて、お酒とごはんをかっ喰らって寝るに限る。泥酔したい。お酒にはそんなに強く無いから、すぐに酔えるだろう。


 ああ、早く家に帰りたい。


 泣きそうになるのを堪え、顔を歪めながらも歩みを止めない。


 そして、もうすぐお家に着こうとする最後の曲がり角を曲がった瞬間。


 真っ白な光が全身を包み込んだ。




 あべのベルタ地下2階の喫茶店。飲食店が主なエリアとなっている地下2階はシャッターが降りてしまっているテナントも目立つが、開店しているお店は賑わいを見せていた。昼飲みができる居酒屋もいくつかあって、大人たちがお酒にグルメにと楽しんでいるのだ。


 季節は梅雨に入っていた。今日もしとしとと雨が降りそぼっている。豪雨で無いだけ幾分もましだが、やはり雨は気持ちを鬱々とさせる。


 雨といえば、清明(せいめい)お祖父ちゃんが陰陽師として要職に就いていたとき、干ばつのため雨乞いをしたこともあるそうだ。


 今は浄水技術なども進み、安全な水が常に供給されている。だがそういうものが無かった時代には、大部分を雨水に頼ってきたのだろう。湧き水や井戸水だって雨が降らなければ作られない。そう思うと確かに雨不足は、生命すら危機に陥らせるのだ。


 だからこそ、今でも雨が大切な資源なのは分かる。日本だって空梅雨の年には水不足になりがちだ。ダムの貯水量が減ったなんてニュースも見る。


 それでもそう困ったことにならないのは、現代技術の賜物に過ぎない。カフェの水道も蛇口をひねればいつでも綺麗なお水が出る。清明お祖父ちゃんなどは「ええ時代になったなぁ」なんてにやりと笑うのだ。


 平安時代は飲み水などは井戸から汲んでいたそうだ。京都は水資源が豊富かつ良質だったそうで、それも都が京都に移った理由でもあったそう。それほど水は昔から大切にされてきたのだ。


 さて、今テーブルを挟んで羽菜(はな)の前に座っているのは、しかめっ面をしながら書類を見る、神経質そうな男性である。いや、実際神経質なのだと思う。


 銀縁めがねの奥にある目はちろりと細く、羽菜は「まるで爬虫類や」なんて思ってしまう。爬虫類は実は可愛い子が多いが、この場合は良い意味では無い。それだけ羽菜のこの男性に対する印象が良く無いということだ。


 このフロアにはいくつかの喫茶店やカフェがあるが、男性が指定するのはいつも同じ、このカフェだった。ここは全席喫煙可能で、男性は喫煙者なのである。羽菜はたばこの煙が苦手では無いので、何ら問題は無かった。健康被害は多少気になってしまうが、長居するわけでも無いし、さほど影響は無いだろう。


 男性の名は竹林(たけばやし)さんと言った。大阪府の職員、お役人さんである。カフェの管轄は総務部なので、竹林さんも総務部の所属ということになる。


 竹林さんは加熱式たばこの本体にスティックを刺し、スイッチを入れた。数秒後、苛立ちを隠そうともせずに吸い、白い半透明の煙を吐き出した。


「やっぱり、フードを手作りする様になってから、格段にコストが上がってます。何で手作りにする必要が? 前までみたいにレトルトやったらあかんのですか?」


 ああ、このやり取り、これまで何度したことだろうか。


 カフェの運営費と羽菜のお給料は、大阪府から出ているのだった。大阪府全体の政治を助ける陰陽師をサポートするカフェなので、それは妥当だと羽菜は思っている。


 だからこそ、運営費に関しては、できる限りコストを掛けない様に気を付けているつもりだ。パスタなどの日持ちがするものは特売日を狙って大量購入し、お肉などは特売品を小分けにして冷凍保存したりしているのだ。お野菜や牛乳などの長期保存が難しいものは適宜買うしか無いが、ブランドにこだわらず、その時々のお得なものを買う様にしている。


 食材の仕入れは基本あべのベルタの関西スーパーで行なっている。あのカフェには仕入れ業者さんが入れないということもあるが、量がさほど多く無いので、ひとりでの買い出しで充分に間に合うのだ。


 確かに、レトルトなどを使っていたときと比べて、コストが掛かっている自覚はある。それに、手作りに切り替えてから、お客の延べ人数が増えているのだ。


 それまでは無料とはいえ、わざわざレトルトなどを食べるためだけに、カフェに行く必要は無いと思っていた陰陽師は多かった。清明お祖父ちゃんに相談があるときだけ来ればよかった。お食事などはそのついでである。


 それはそうだろう。交通費を使ってレトルトなどを食べに来るぐらいなら、その交通費で同じものを買ってお家で食べた方が安上がりだ。今やレトルトカレーだったら、特価品なら100円少々で買えるのだから。


 だが羽菜が手作りをする様になってからは、清明お祖父ちゃんに相談ごとが無くても陰陽師が出入りする様になっていた。嬉しいことに、みなさん羽菜の作るごはんを求めてくれるのだ。


 頻度が高いのは三津谷(みつや)さんと渡辺(わたなべ)さん、八木(やぎ)さんである。大阪府庁本館は大阪メトロ谷町(たにまち)線沿線、大阪市庁はメトロ御堂筋(みどうすじ)線沿線にあり、(さかい)北区役所も御堂筋沿線で、カフェのある天王寺(てんのうじ)阿倍野(あべの)への交通の便が良いのだ。


 それに加え、天王寺や阿倍野に交わる沿線には役所が多いのだ。カフェを天王寺に設けたのは、安倍晴明(あべの)神社と同じ阿倍野区だということもあるが、交通事情も理由のひとつなのである。


 カフェの運営費が大阪府から出ているということは、その出どころは府民のみなさま方からの税金である。そんなこともあって、できる限りコストを掛けたく無いと思う竹林さんの気持ちも分かる。


 だが少しでも美味しいものを食べ飲みして、激務の心と身体を癒して欲しいと思うのは、カフェ運営者、陰陽師をサポートする者としての心意気、矜持である。


 何より清明お祖父ちゃんが、レトルトのナポリタンより、羽菜の作るナポリタンの方が美味しいと言ってくれているのだから。


 羽菜は竹林さんに、これまでも何度もした説明をする。やはり竹林さんは渋い顔だが、清明お祖父ちゃんの名を出すと、何も言えなくなるのだった。

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