第5話 カレーの作り方
「うん、やっぱり手作りのカレーは旨いわ。前のレトルトも悪く無いけどなぁ〜」
そう言って満足げに目尻を下げるのは八木さん。天然パーマの長い黒髪を頭の後ろでポニーテールにしている。背があまり高く無く痩身なので、後ろ姿はまるで女性であるが、れっきとした男性だ。まだ年若い。繁華街で男性にナンパされたこともあるのだそう。
カレーライスのルゥも以前はレトルトだった。八木さんもそれに文句無く食べていたそうだが、やはり手作りになってからの満足度は違った様だ。
カレーは2日目がおいしいなんて言われる。ということもあり、ルーは継ぎ足しにしている。そう量が必要では無いので、粗熱さえ取ればお鍋ごと冷蔵庫に入れられる。
2人前の作り方は、玉ねぎ1個分のみじん切りを飴色に炒め、フルボトルの赤ワイン大さじ1を加えてしっかりと煮詰め、分量のお水を入れて、沸いたらカレールゥを2かけ、カレー粉を少々。ルゥは2種類を掛け合わせる。このカフェなら4人分もストックしておけば充分だ。
お肉は切り落としを、注文を受けてから炒め、作り置きのルゥを合わせるのだ。少しばかり煮込んでやれば、お肉の旨味がルゥに溶け出し、美味しいカレーになる。
肝は、飴色玉ねぎである。これがあるのと無いのとでは、味の深みが格段に変わってくる。それなりに時間が掛かる代物だが、このカフェにいれば時間はたっぷりある。
「ありがとうございます」
手間暇掛けたものを褒めてもらえるのはやはり嬉しい。羽菜はにっこりと微笑んだ。
八木さんは堺市のおかかえ陰陽師である。堺市は20年ほど前に政令指定都市となった。今では7の行政区があるが、それまでの流れで八木さんが引き続き堺市全てをカバーしている。
堺市は大阪市の南側に隣接しており、大阪市内からは大阪メトロ御堂筋線や南海電車などと繋がっている。世界遺産認定されている百舌鳥・古市古墳群と、茶道千家の始祖である茶人であり商人でもあった千利休屋敷跡があるのもこの堺市である。
「清明の祖父さん、堺、そろそろ俺ひとりやったらしんどいんやけど。誰かおらん?」
カレーを食べ終えた八木さんが悲鳴を上げる。それはそうだろう。政令指定都市になる前ならともかく、今は7の区を行ったり来たりしているのだ。体力だって保たないのでは無いだろうか。
堺市は面積が広いこともあり、政令指定都市になる前も、要所に分所があった。今はそれがそのまま区役所になっている。だが以前は政治うんぬんで言うと、南海電車の堺東駅が最寄りの堺市役所に集約されていた。陰陽師も基本は堺市役所に詰めていれば問題無かったのだ。今とは労力が違う。
「せやなぁ、今の学生が卒業したらそっちに回したるから、それまで我慢せぇ」
「いちばん年上なんが、里子おばちゃんとこの子やろ? 確か高3になったばっかやん、大学行くんやったら最低でもあと5年は俺ひとり?」
里子おばちゃんはこのカフェの先代の運営者なので、陰陽師としての能力は小さい。最初は羽菜同様ここの2階で清明お祖父ちゃんと暮らしていたが、結婚してからは旦那さんとの新居に引っ越しした。そんな里子おばちゃんから産まれた男の子は陰陽師のお仕事がこなせる力を有していて、今も日常生活を送りながら、某所にある施設で修行中である。
「ま、踏ん張れや」
「祖父さん酷いて」
八木さんは嘆く。羽菜はそんな八木さんの前に、食後のホットコーヒーを置いた。ドリップで淹れたものである。洗い物を少なくするために、カップに直接ドリッパーを置いて落としている。こんなところに以前の効率の名残りがあるのだ。
「……コーヒーも旨くなったよなぁ」
八木さんはそんなことを言いながら、ソーサーごとカップを自分に引き寄せた。
「こればっかりは、力がある人しかできんお役目ですもんね。人手不足は陰陽師も一緒なんですかねぇ」
羽菜がのんびりと言うと、八木さんは「せやなぁ」とカップを持ち上げて口を付けた。
「しゃあないわな。驕るつもりはあらへんけど、普通の人間が修行して能力を上げるとか、そんな問題や無いもんな。あと最長で5年、がんばるか」
「がんばってください。いつでも来てくださいね。カレーご用意して待ってますから」
「うん、ありがとう、羽菜ちゃん」
八木さんは力無く微笑んだ。




