第4話 嬉しい高評価
翌日、朝の支度を終えてカフェに降りた羽菜は、お料理の下ごしらえを始める。清明お祖父ちゃんはまだ自室で高いびきのはずだ。清明お祖父ちゃんはカフェの開店時間ぎりぎりまで寝るのが毎日のことなのである。
霊体なのに寝る必要があるのか? と聞いたときには思ったのだが、姿を保つためには霊体を休ませてあげなければならないらしい。
まぁ羽菜としても夜中に起きていられても落ち着かないだろうし、同じ時間帯に眠っていてくれることは何ら問題無い。どのみち家事などを当てにしているわけでも無い。清明お祖父ちゃんはきっと洗濯機の使い方も知らないだろう。
軽食やドリンクも、普段からインスタントなどを駆使しているカフェなので、開店前にすることといえばお掃除ぐらいである。
そのお掃除を丁寧に終えた羽菜は、昨日大量に買い込んできたものの中から、コーヒードリッパーとティポットを2セットを取り出して洗う。綺麗になったポットたちは水切りかごに伏せた。
包丁とまな板はちゃんとカフェにあった。これまで滅多に使うことは無かったのだが。なのでどちらもまだまだ新品同様である。羽菜は綺麗に洗ったそれを使って玉ねぎを繊維に沿ってスライスし、ピーマンも同じく千切りにした。ウィンナはななめ切りに。それらをバットにまとめて入れておく。
そうすると、支度は終わってしまった。壁に掛けてある時計を見ると、カフェ開店時間の5分前。そろそろかな、そう思ったとき、住居エリアと繋がるカウンタ内の木製のドアがゆっくりと開いた。
「おはようさん」
そう言いながらのろのろと姿を現したのは、明らかに寝起きの清明お祖父ちゃんである。その途端に眠たそうに大欠伸をした。霊体なので顔を洗ったりする必要が無いらしい。羨ましい。今日の着流しはえんじ色である。気分によって変えているのだそうだ。
霊体なのでクローゼットがあるわけでは無い。起きて、今日はこの色にしようと決めて、衣装を変化させるのだそうだ。便利だなぁと羽菜は思う。
清明お祖父ちゃんは指定席とも言えるカウンタの最奥の席に腰を降ろす。またひとつ小さな欠伸をもらした。
「清明お祖父ちゃん、おはよう。あんな、昨日買い物してきたもんで、今日のナポリタンは手作りにしてみようと思うねん。ええ?」
すると清明お祖父ちゃんは「お」と嬉しそうに目を丸くした。
「実は、結構楽しみにしとったんや。いつものれとると? ちゅうんも悪ぅ無いけど、手作りってのもええよなぁ」
その反応に、羽菜は目尻を下げる。安心と嬉しさがない交ぜになっている。
「食後にはコーヒーも味わってみてね。いつものインスタントや無くて、粉用意してみたんよ」
「おう。あの黒くて苦いやつ、何やくせになるんよなぁ〜」
清明お祖父ちゃんは言って、にやりと口角を上げた。羽菜はさっそくナポリタンを作り始める。
フライパンはこのカフェにもある。扱いやすいテフロン加工のものである。これまでは冷凍ピラフを温めるために使ってきた。今の冷凍ピラフは電子レンジで温めることができるが、昔はできなかった。そのときの名残りだ。洗い物の数は変わらないからと、羽菜もフライパンを使って来た。もしかしたら、こうしてお料理らしいお料理に用いるのは初めてかも知れない。
フライパンが温まったらオリーブオイルを引き、玉ねぎとウィンナを同時に入れる。じゅわっと音がし、トングを使って玉ねぎがしんなりとなるまで炒める。ウィンナはかりっと焼き目を付けたいので、断面を下にして端に避けておく。
それぞれに良い塩梅に火が通ると、ケチャップと赤ワインを入れる。またじゅわわと音が立ち、甘酸っぱい香りが立つ。食材に絡め、水分を飛ばしながら弱火で煮詰めて行く。このときにピーマンを加える。歯ごたえを残すためだ。
その間にパスタを茹でる。パスタは3分の早茹でタイプである。これは以前から使っているものだ。すでに沸いてあるパスタポットにばらりと入れた。
フライパンはケチャップがふつふつと小さな泡を立てている。少しずつ煮詰まり、香りが濃厚になっていく。
さて、キッチンタイマーが鳴り、パスタがぷりっと茹だった。パスタポットのストレーナを引き上げて上下に振り、水分をしっかりと切ってフライパンに移す。トングで手早く具やケチャップと絡めた。
そこにお砂糖とウスターソースをそれぞれ少々追加。バターをひとかけら。全体を混ぜ、しっかりと炒めあげたら。
ナポリタンの完成である。
清明お祖父ちゃんがいつも使っているお椀に盛り付け、お箸を添えた。
「はい、清明お祖父ちゃん、お待たせ」
カウンタで眠そうに、だが興味深げに羽菜の手元を見ていた清明お祖父ちゃんが、鼻をひくつかせて「うん」と口角を上げる。
「ええ匂いや。こりゃあ期待できるわ。いただきます」
清明お祖父ちゃんはさっそくお箸を取り、お椀を持ち上げると勢いよくずるずるナポリタンをすすった。
「ん!」
清明お祖父ちゃんの目が見開かれる。息つく間もなくもうひとすすり。
「こらええな! いつものやつより旨いわ!」
「ほんま!?」
清明お祖父ちゃんの反応に、羽菜は高揚する。いつものレトルトの方が良いと言われたら、手作りをする意味が無くなってしまう。すなわち羽菜のやりがいを得る機会が失われてしまう。だがこれなら。
「うん。いつものれとるとっちゅうやつも、まぁええんやけど、わしはこっちの方が好きや」
「やったぁ!」
羽菜は思わず両手で万歳をした。
「ほな、これからは手作りしてええ? ナポリタンだけや無くて、他のもんも」
「せやな。他もこの質のもんができるんやったら、ええんちゃうか。いやいや、まさか羽菜にこんな才能があったなんてなぁ。やるやん」
「ありがとう、清明お祖父ちゃん」
羽菜は嬉しくてはにかんだ。
そうしてこのカフェのフードはリニューアルを果たし、羽菜はやりがいを得られる様になったのだった。まだレトルトなどのストックがあるが、なくなり次第手作りに切り替えていこう。
これまでよりコストが掛かってしまうことがやや問題になってしまうのだが、そこはまた別のお話である。




