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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
5章 これまでのカフェ、これからのカフェ
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第5話 悪い人に見えて

道満(どうまん)、今回もわしの勝ちや。そろそろ落ち着いて成仏してくれんか」


 すると蘆屋(あしや)さんはきっと顔を上げ、清明(せいめい)お祖父ちゃんを悔しげに睨み付ける。


「嫌だ! 我は我が上だと証明できるまで、諦めぬのだ!」


 だだっこか。少し幼い部分があるのかな? 羽菜(はな)はそんなことを思う。蘆屋さんの術は清明お祖父ちゃんが完全に封じたからか、三津谷(みつや)さんの腕が羽菜から離れた。


「おハナ、無事か?」


「はい。三津谷さん、ありがとうございました。渡辺(わたなべ)さんと八木(やぎ)さん、ありがとうございました」


 3人は姿勢を正して優しく微笑んでくれる。確かにカウンタの内側には何の被害も及ばなかったが、ひとりだったらきっと恐ろしかった。3人がいてくれたから、守ってくれたから、羽菜はうろたえながらも心をしっかりと保っていられたのだ。


「ほんま、懲りんなぁ」


 清明お祖父ちゃんはすっかりと呆れてしまっている。ぽりぽりと美しい長髪が流れる頭を掻いた。あれだけ豪風に晒されたはずの清明お祖父ちゃんの頭は今はすっかりと落ち着いて、まるでブラシや櫛を通したかの様にさらさらだ。羨ましい。


「最近うちに来た客が受けとった呪い、あれもお前やろ」


 すると、蘆屋さんはにやりと得意げに笑う。


「ふふん、そうだ。解呪には相当苦労したことだろう」


 自信たっぷりに言うが。


「いんや、全然」


 清明お祖父ちゃんにすげなく言われ、蘆屋さんは愕然とする。


「どうしてだ! 我渾身の呪いぞ!」


「んなこと言われてもなぁ」


 そうだ、蘆屋さんと言えば呪い。専売特許と言えるのでは無いか。しかし清明お祖父ちゃんは、生前にも蘆屋さんの呪いと対峙してきた。こちらは解呪のスペシャリストとも言える。


 確かに清明お祖父ちゃんは、端から見たらいとも簡単に呪いを解いていた。文言もそう重くは無いものだった。やはり今でも、蘆屋さんより清明お祖父ちゃんの能力が優れているということなのだろう。


「ふん! 我は諦めぬぞ! 力を蓄えて、また来てやるから覚悟するが良い!」


「いや、もうええし。あ、もう帰るんか? 羽菜のナポリタン食ってかんか? 旨いで」


「いらぬ!」


 そして蘆屋さんは、ずるずると何かを引きずる様な音を立てて、黒いもやとともに姿を消そうとして……。


「あ、あの! 蘆屋さん」


 羽菜は勇気を振り絞って声を上げた。物理的に見下ろされていて、少し足が震える。緊張する。


「何だ、娘」


 蘆屋さんがちろりと羽菜を睨む。


「あの、柳田(やなぎだ)さん、最後にうちに来はった主婦の人、熟年離婚をしたがってはった人。あの人も呪われてたそうですけど、他のふたりとは何かちゃう気がして」


 すると蘆屋さんは目を見張り、次にはまた目を細めて「ふん」と鼻を鳴らした。


「年寄りは大事にすべきものだろう」


 あ、この人、ほんまはやっぱりええ人? そう思わせる回答だった。柳田さんはお年寄りというほどの年齢では無いと思うのだが、今はスルーしておこう。


「あの女は家庭で窮屈な思いをしていた。呪いのまま離婚しても、もし解呪されたとしても、悪い未来にはならんからな」


 そういうことか。やはり良い人なのだな。羽菜の緊張が少しほぐれた。


 柳田さんがあのあとどうしたのか、どうなったのか、羽菜たちに知る由は無い。だがきっと良い方向に向かったのでは無いか。そんな予想ができた。


「もう良いか、娘」


「は、はい。ありがとうございました」


 そして今度こそ、蘆屋さんは消えた。


「はぁー!」


 八木さんが盛大な溜め息を吐く。まるで体内に詰めていた空気を吐き出すかの様な。


「ほんま緊張したわ。こっちは3人やったから、万が一があっても何とかなったやろうけど」


「ほんま。ボクもどきどきした。清明おじいがあっさり勝った様に見えたけど、力測っとったし、なかなか鎮まらんし」


「あたしも。もうこんなん、無しにして欲しいわ」


 やはり蘆屋さんの能力はかなりのものなのだな、と、3人の話から分かる。3人がいてくれて本当に助かった。


「ゆうやけ、咲良(さくら)竜五(たつご)、済まんかったな。羽菜、無事やったか」


「う、うん。三津谷さんたちが守ってくれたから」


「ま、この3人は今の大阪の頂点みたいなもんやからな。保険を入れて竜五も呼んだけど、ゆうやけと咲良のふたりでもどうにかなったやろ」


 すると三津谷さんたちは揃って「無理無理無理!」と激しく首を横に振った。


「ひとりはおハナを守らなあかんねんから、やっぱり最低でもこの3人や無いと」


「そうかぁ〜? お前ら、自分の力を小さく見積もり過ぎやで」


「いや、普段から清明祖父ちゃんの力を目の当たりにしとったら、誰でもそうなるて」


「まぁ、でも無事終わって良かった。お前ら、来てくれて助かったわ。ありがとうな」


 そのせりふに、羽菜は少し引っ掛かりを覚える。


「あれ? 今日蘆屋さんが来ること分かってたとか、そんな感じ? そんな話、三津谷さんらにしてたっけ?」


 羽菜はこのカフェにいて、基本的にお手洗い以外で席を外すことは無い。なのでそんな話が出たのなら、羽菜も聞いていたと思うのだが、記憶に無かった。ひそひそ話なら印象に残っただろうし、普通のボリュームなら聞こえる広さの店内である。


「道満が来るんはそろそろかなーて思ったから、結界を緩めたら案の定やった。ゆうやけたちには「たぶれっと」に入っとる「らいん」で連絡取った。短い文章やったら、わしでも何とかなるからな」


 何と。清明お祖父ちゃんはすっかりと文明の利器を使いこなしているのか。タブレットがお気に入りなのは羽菜も知ってはいたが。


「私にも言うてくれたら良かったのに」


 仲間外れにされた様な気がして、少し、ほんの少し寂しさを覚えた。


「前もって言うて、怖がらしてもしゃあないやろ。まぁ今回もわしの圧勝やったわけやけどな」


 圧勝だったかどうかはともかく、確かに言われていれば、数日の間、びくびくしながら過ごすことになっただろう。実際とんでもない攻防だったわけだから。なので清明お祖父ちゃんの判断は正しかったと言える。


 それに安堵すると同時に、羽菜の心の中には苦い思いが広がるのだった。

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