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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
5章 これまでのカフェ、これからのカフェ
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第1話 羽菜にとってのカフェ

 その日の竹林(たけばやし)さんは、いつも以上に不機嫌だった。ぎりりと眉根を寄せて、目尻まで吊り上っている様に見える。ますます爬虫類の様に見えた。


 場所はいつもの、あべのベルタ地下2階の喫茶店。たばこの煙がふぅわりと漂う空間。竹林さんもフィルタを噛む勢いでいらいらと加熱式たばこをくゆらせていた。


 加熱式たばこ、これは良い発明だと羽菜(はな)は思う。羽菜自身はたばこの煙が平気だが、苦手な人が多いことも理解できる。煙たい、臭い、と思う人もいるだろう。


 その特徴は主に紙巻たばこのものである。加熱式たばこはそれが大きく軽減されているのだ。副流煙の健康被害までは詳しくは分からないが、気持ち的にはかなり楽である。


 また季節は移り、今は肌寒くなってきた冬の始まり、11月だった。空調もすっかりと暖房に切り替わり、場所によっては暑いぐらいである。この喫茶店は良い塩梅で、羽菜はお外で着ていたカーキの厚手カーディガンを脱いでいた。


 竹林さんはいつもの様にカフェの経費などが書かれた書類を見て、これみよがしに大きな溜め息を吐いた。ああ、またいつもの様に苦言を強いられるのだろうか。羽菜は憂鬱になってしまう。


「カフェの存続について、上に言うてみました」


 羽菜はぴくりと肩を震わした。つい身体に力が入ってしまう。竹林さんは一介の公務員で、その上には何人かの上司がいるはずである。その頂点はもちろん大阪府長。そこまで話が上がったかどうかは、竹林さんが言わないので羽菜には分からないが。


「……閉鎖するなんてとんでも無い、て言われました」


 そのせりふに、羽菜の身体の力が抜ける。良かった。今の上役がそう言ってくれるのなら、陰陽師の活動に理解を示してくれるのなら、しばらくは安泰だろう。


「あの人たちは生命に関わる仕事をしてる、手当や福利厚生を手厚くするのは当たり前や、そう言われました」


「……そうですか」


 その通り。陰陽師のお仕事の一部は命懸けなのである。占術を以って政治のサポートをしているときはともかく、あやかしごとに関しては陰陽師は生命を懸けている。


 例えば呪いを受けた人を救うには、それを解く、もしくは呪い返しをしなければならない。それに失敗すれば危害は術者に及ぶ。怪我をするだけならまだ良い方で、下手をすれば生命を落としかねないのだ。


 あやかしなどに憑かれたりした人を助けるときも同様である。あやかし相手に陰陽術を繰り出し、排除を試みる。これだって術者がしているのは生命のやりとりなのだ。あやかしの力が上回っていれば、術者が危険となる。だから力を測り、場合によっては清明お祖父ちゃんに頼る。


 陰陽師としての力があっても、羽菜の様に及ばなければお仕事をさせないのはこのためだ。力が小さいから弾くのでは無く、その身を守ることに繋がるのだ。


 羽菜は皆と一緒に修行をしたので、占術はもちろん、術の掛け方や解き方も知識としては持っている。だが絶対に手を出さない。占術はともかく、自分のちっぽけな能力では足りないことが分かっているからだ。羽菜は自分を危険に置く様な愚を起こすほど馬鹿では無い。


 そんな羽菜にとって陰陽師たちは敬うべき存在なのである。だからカフェで少しでも寛いで欲しいし、憩いの場になって欲しいと思っていて、そうできる様に努力をしているつもりだ。


 竹林さんの気持ちが分からないわけでは無い。陰陽師や怪奇現象を信じておらず、なのに経費という名目で府民の税金が使われる。不条理だと思っているのだろう。


 だが現に陰陽師は存在するし、日々起こることに向き合っている。


 理解してくれなんて言わない。見えないのだから仕方が無い。ただ陰陽師のお仕事を阻む様なことだけは止めて欲しい。


「安心しました」


 羽菜が言うと、竹林さんは苦虫を噛み潰した様な顔になる。竹林さんにしてみれば不本意なのだろう。だが上に言われ、従うしか無いのだ。


 少しだけ、申し訳無いな、とも思う。竹林さんにだって立場があるのだから。だが羽菜の立場として、カフェが無くなってしまうのは困るのだ。それはきっと陰陽師にとっても。


「コストはできるだけ抑えてくださいよ。無駄遣いはとんでも無いですからね。税金やていうことを忘れんように」


「はい、もちろん分かってます」


 いつかは担当替えもあるだろうから、それまでは羽菜も竹林さんも耐えるしか無い。ふたりの相性の良し悪しもあるのだろうが、羽菜と竹林さんはカフェに対するスタンスがそもそも違う。どちらも意見を曲げる気は無いので、平行線のままなのだ。


 だが羽菜が折れるわけにはいかない。どうにか踏ん張らないとと、きゅっと拳を握り締めた。




 今日も心がくたくたになった羽菜は、清明(せいめい)お祖父ちゃんに慰められ、癒されたところでナポリタンを作る。もう毎日作っているナポリタン。そろそろ仙人になれるか? なんて阿呆なことを思いつつ、慣れたことへの慢心はいけないと気持ちを引き締める。


 羽菜はお料理をするときは、いつも調味料などは目分量である。大さじ1や小さじ1がどれぐらいなのか、身体が覚えているとも言える。


 お料理をし始めたときはレシピの通りに作ろうと、計量スプーンもカップも使っていた。そうしているうちに感覚が身に付いたのだ。


 いろいろアレンジなども始め、創作メニューとまでは言わないまでも、好きな食材などの組み合わせでいろいろ作れる様になった。


 羽菜は陰陽師としての修行をしているときから、将来はカフェを継ぐことが決まっていたので、お料理をがんばれたと言える。そしていざ引き継いだらレトルトなどを駆使していたので、ほんの少しがっかりした。


 羽菜は確かにこのカフェのお仕事にやりがいを求めた。だが素人ながらに磨いてきたスキルを使う場面が失われたことも残念に思った。


 それでもそれがこのカフェなのだから、と、最初はそう納得していた。だがやはり、ふつふつと沸き上がる何か。それは燻りだったのか、それとも悔しさだったのか。


 何とも説明が難しい感情ではあるのだが、それは羽菜の一歩を出させるために必要なものだった。だから羽菜はカフェのリニューアルを狙ったのだ。


 結果、羽菜が作ったナポリタンは清明お祖父ちゃんに認められた。それが全てだ。このカフェを左右するのは清明お祖父ちゃんなのだ。何せ、ここの「主」なのだから。


 清明お祖父ちゃんがいてくれるから、このカフェは成り立っている。現存する陰陽師のためだ。


 そう、カフェでの羽菜の本分は、陰陽師のためなのである。だから清明お祖父ちゃんに相談が無くてもごはんやお茶をしにきてくれることに、喜びを見出していた。


 ずっと、こんな素敵な日が続くと思っていた。

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