第6話 少し違う様な
「もう昼や。柳田、何か食わんか? ゆうやけと咲良も昼めし食いに来たんやろ?。羽菜、わしにはナポリタンや」
清明お祖父ちゃんのせりふに、三津谷さんたちは「そやった」とメニューを見る。ゆうやけが三津谷さんの、咲良が渡辺さんの名前である。
「ボクもやっぱナポリタンかな」
「うん、あたしも」
「私は帰って夫のお昼、ううん、夫と外食に行きたいから、食べんとくわね」
それは素晴らしい。巧くいったらええな。羽菜はそんなことを思いながらも。
「そうですね。ほな、お飲物だけでもどうですか? ご存知でしょうけど時間なんかは大丈夫ですんで、ゆっくりしていってくださいね」
「せやね。ほな、カフェオレいただこうかしらねぇ」
「はい。お砂糖はどうしはります?」
「無しでいけるやろか」
「ほな、無しで。お待ちくださいね〜」
羽菜はまずフライパンを温めてオリーブオイルを引き、冷蔵庫から出したナポリタンの具材を3人分、その中から玉ねぎとウィンナを置いた。
続けて電気ケトルでお湯を沸かし、ミルクパンで牛乳を温める。マグカップにドリッパーを置いてフィルターを敷き、エスプレッソ用のコーヒー粉を入れた。
お湯が沸いたので、丁寧にドリップしていく。そうして抽出されたのは、マグカップに4割ほどの量の簡易エスプレッソコーヒー。そこに温まった牛乳を注いでスプーンで混ぜた。カフェオレのできあがりだ。
「はい、お待たせしました」
「ありがとう」
柳田さんは穏やかな表情でマグカップを両手で持ち上げ、そっと口を付けた。そして「ほぅ……」と小さく心地良さげな息を吐いた。
「ああ、美味しい。ほら、カフェオレって家で作ろうと思ったら地味に面倒や無い? せやから私にとっては外で飲むもんなんよ。お買い物ついでにカフェとかはね? 時折行ってたから。ちょっとした気分転換やね」
なるほど。ひとりで行動していたら、外食はできないまでも、そういう時間の使い方はありだ。そう思うと、その時間が柳田さんの唯一の息抜きの時間だったのかも知れない。
「お外で飲まはるよりは味は落ちると思いますけど、めっちゃ楽な作り方ありますよ」
「あら、どうするんやろか」
興味を惹かれたのか、柳田さんが目を輝かせて少し前のめりになる。
「ほんまに簡単なんですよ。耐熱のマグカップとかに牛乳とお水を半々ぐらいに入れてレンジであっためて、インスタントコーヒーを1杯分。混ぜたらできあがりです」
「あら! ほんまに簡単。今度お家でやってみるわぁ」
「はい。ぜひ試してみてくださいね」
羽菜は言いながら、フライパンにケチャップと赤ワイン、ピーマンを投入した。
柳田さんが晴れ晴れとした顔で帰って行ったあと、三津谷さんと渡辺さんはナポリタンを頬ばりながら、柳田さんの旦那さまのお話で少し盛り上がった。
「ボクやったら、絶対に別れてまいそう」
「あたしも。そもそも尽くすとかするタイプでも無いし」
清明お祖父ちゃんはそんな会話を苦笑しながら聞いている。
「けどなぁ、やっぱりわしは離婚は勧めんわ」
「何で? まさか清明祖父ちゃんも、女は男に尽くすべきとか思ってるん?」
渡辺さんの疑問に、清明お祖父ちゃんは「ちゃう」と首を振る。
「離婚したいて思ったんがそもそも呪いの影響や。受けとるんは、お前らも気付いとったやろ」
「え? 離婚の意思が呪いのせい? 何で? 亭主関白旦那から離れられて自由になれるんとちゃうん?」
三津谷さんが目を丸くする。渡辺さんも驚いている様だ。
「せやから、根本から間違ってるんや。確かに旦那は外食とかが嫌なんやろ。でもそれが柳田の負担になってるなんて思ってへんねや。さっきも言うたけど調子に乗ってもうてるんもあるんやろうけど、基本的に想像力があれへん。家事に自分が一切関わらんから分からんねや。せやから面倒やって言うたらええて言うたんや」
なるほど、そういうことか。柳田さんに掛けられていた呪いは、もちろん清明お祖父ちゃんが帰りしなに解いている。ちゃんと何かが弾ける様な音も聞いた。なら、柳田さんにとって悪いことにはならないはずだ。旦那さまも怒らずにお話を聞いてくれるのでは無いだろうか。
「旦那は阿呆やけど悪い人間や無いはずや。せや無かったら、いくら柳田が尽くすタイプや言うても20年以上も我慢できるかい。中にはえらい目に遭いながら子どもが独立するまで耐える人もおるやろうけど、柳田にそんな悲壮感があったか? 思い詰めとったけど健康そのものやったやろ」
そうだった。先日来た岡安さんでは無いが、長年ハラスメントなどに遭っていれば、ひと目見れば分かるほどに憔悴していたりしてもおかしく無い。柳田さんは「ふと」熟年離婚に思い至ったと言っていた。それは呪いの影響で、それに見舞われなければこれまでの生活が続いていたのだ。
熟年離婚に踏み込んでいれば、今までよりも生活状態が悪くなる、そういうことだったのだろうが、今回に限っては呪いがきっかけでこのカフェに来て、状況が改善するかも知れない。
それは清明お祖父ちゃんや三津谷さん、渡辺さんの働きのおかげだが、これまでの呪いとの違いがあったりするのだろうか。羽菜は不思議な感覚に見舞われたのだった。




