第2話 まさかの再訪
消沈したままカフェに戻った羽菜は、清明お祖父ちゃんに迎えられ、いつもの様に頭を撫でられて「よしよし」と慰められ、さっそく清明お祖父ちゃんのナポリタン作りに取り掛かる。
「ねぇ、お祖父ちゃん、もし、もしね? ここが無くなったらどうする?」
今の大阪府長が目先のことで浅慮なことはしないと信じたいが、羽菜の中で竹林さんに言われたことが響いていた。まさか本当に大阪府は財政難なのだろうか。羽菜が知らないだけで。
清明お祖父ちゃんは一瞬ぽかんとすると。
「そらあかんやろ。ここ無くなったら、羽菜のナポリタンが食えんくなるやん」
ナポリタンかい。羽菜が少しがっかりすると。
「もちろん、孫ら陰陽師の寄り合い場が無くなるんも困る。みんなしっかりしとるし、まぁ時代背景の影響もあるっちゃああるけど、能力高いのも多いわな。けど、わしから見たら未熟なことかて多い。わしが導くなんておこがましいことは言わんけど、まだわしの手が必要なことかてあるやろ。せやからここに相談に来るんやし」
その通りだ。清明お祖父ちゃんがその大事なことを理解してくれていて、そして全うしてくれていて、本当に良かったと思う。
この日本には、安倍晴明ゆかりの神社がいくつかある。大阪の安倍晴明神社が生誕の地とされているが、いちばん有名なのは京都の清明神社で、他に愛知の名古屋清明神社、奈良の安倍文殊院、などがある。
安倍晴明の本体は、このカフェにいる清明お祖父ちゃんだが、術で魂を分散させ、各神社に送り込んでいる。ここが無くなれば本体である清明お祖父ちゃんはどこかの神社に移り、負担も少なくなるだろう。
だがこのカフェには意義がある。そう易々と撤退させられては困るのだ。
今以上のコストカットは難しい。それでもできる限りの節約をしつつ、陰陽師の皆さんに憩ってもらおうと羽菜は決意するのだった。
かちゃり、と控えめにカフェのドアが開く。顔を覗かせたのはおばさまだった。年齢は50歳代ぐらいだろうか。薄手の水色のワンピースの上に、赤い花柄のエプロン。お昼も近いし、もしかしたらお家でお台所仕事でもしていたのかも知れない。
「いらっしゃいませ!」
羽菜は笑顔で明るく迎える。女性はおどおどとしつつもドアをくぐって入ってきた。
「あの、ここはもしかして」
「カフェです。こちらへどうぞ」
羽菜はカウンタ席の真ん中あたりの席を示す。すると女性は言われるがままにゆるりとそこに掛けた。
「私、家の台所にいたはずなんやけど」
「あ、お気になさらないでください。大丈夫ですよ、ちゃんと戻れますから。ごゆっくりどうぞ」
「はぁ……」
女性は現状を把握しているのかいないのか、それでも受け入れてはいる様で、おとなしくきょろきょろと店内を見渡している。
「ほんまにカフェやわ。それも、あんときのカフェ。あの、私、前にも1度、ここに来たことがあるんです。もう随分前のことですけど」
「あら、そうでしたか。またのご利用ありがとうございます」
そんなことを羽菜は言ったが、この女性は過去にも窮地があったということだ。清明お祖父ちゃんは会ったことがあるはずだと見ると、小さく頷かれた。覚えているのだろう。
「確かお前さん、高萩て言うたか」
清明お祖父ちゃんが話しかけると、女性はそちらを見る。そして目を見張った。
「あら、まぁ、確か私が前に来たときにもいてはった人やと思うけど、何でや、全然歳取ってはらへんのや無いですか?」
「わしは若く見えるんや。これでももう60いくつや」
「あら、うちの主人と同い年ぐらいやわ。全然ちゃうんですねぇ」
ある程度年齢を重ねると、大抵のことには動じなくなるのだろうか。清明お祖父ちゃんのどっきりは通用しなかった。とはいえ清明お祖父ちゃんはさして残念そうでは無い。清明お祖父ちゃんはドライでもあるのだ。
「ああ、結婚したんか。おめでとうさん」
「もう25年ぐらいも前のことですよ。でも、ありがとうございます。なので高萩は旧姓。今は柳田て言います」
女性、柳田さんは嬉しそうにころころと笑った。
「ほら、羽菜、昔って女性蔑視がえげつなかったやろ。あんときにいろいろあったんやわ」
確か昭和はそんな時代だったと聞いている。結婚したらお仕事を辞めなければならない理不尽や、セクハラに対する初の裁判が行われたのが確か昭和だ。
今では結婚してもお仕事を続ける女性が多いし、セクハラなんてしようものならコンプライアンス違反で大変なことになる。
昔はそれが当たり前として横行していたというのだから、本当に恐ろしいことだ。女性だからという理由だけで、男性から馬鹿にされるのだから。
羽菜から見てみれば、女性より男性の方が優れているのは体力ぐらいだ。それもアスリートであるなら一般の男性より女性の方がよほどある。考え方の違いなどがあり、男性の方が柔軟で視野が広いなんて話も聞くが、そんなのも個人差だ。頭の固い男性なんてごまんといる。
羽菜は就職などをしないでこのカフェに入ったので、正直なところ経験値は低い。普通の人よりは特殊な経験をしているとは思うが、広がりは無い。そんな陰陽師の世界には男女の差は無い。あるのは能力の差だけだ。三津谷さんは大阪府、渡辺さんは大阪市の所属になるぐらいなのだから、その力は絶大なのである。
「ほんまにねぇ、当時勤めてた会社でセクハラっちゅうんが酷くて。ほんまに毎日しんどかったんやわ。そんなときにここに来て、このお方にお話を聞いてもろたんよ。そしたら少ししたらお見合いが巧くいってねぇ、寿退社することになったんよ」
「そうやったんですか」
セクシャルハラスメントなんて言葉が使われているが、あんなのはただの痴漢である。電車の痴漢とは触る場所は違うだろうが、不快なのに変わりは無い。言葉であっても同様だ。
「大変でしたね。でも、ええお方と巡り会えたんですね」
羽菜が言うと、柳田さんは目を伏せて「そうやねぇ……」と呟いた。




