第6話 顔色が良くなって
岡安さんは、卵雑炊を綺麗に平らげた。ふぅ、と心地よさげな息を吐き、ふっくらとしたお腹を軽く撫でる。
「ごちそうさまでした。ほんまに美味しかった。久々のまともなごはんでした」
「良かったです」
ごはん、お米は炭水化物で、身体のエネルギーとなるものだ。そして卵は完全栄養食と言われている。食物繊維とビタミンC以外の栄養素が全て入っているのだ。
なので風邪などと引いたときに、卵がゆや卵酒などを摂るのは理にかなっているのである。そこにフルーツなどで食物繊維とビタミンCを補ってやれば完璧だ。いちごなどがさっぱりとして食べやすいだろうか。さっきホットレモネードを飲んでもらったので、ビタミンCは摂取できているはずだが、あと一歩。
果物があればぜひ出して差し上げたいのだが、メニューに無ければ住居の冷蔵庫にも無い。お家の方に何か無かったか、と考えてみると、パイナップルの缶詰があったことを思い出した。確か特価のときにいくつか買って、いつでも食べられる様に冷蔵庫に入れておいたはずだ。
「岡安さん、パイナップルの缶詰食べません? 冷え冷えで美味しいですよ」
「え、ええんですか? 口がさっぱりしそうですね。嬉しいです」
「ほな、少々お待ちくださいね」
羽菜はまた住居エリアに上がり、冷蔵庫からドールのパイナップルの缶詰を出してきた。カフェの厨房に戻り、缶詰をぱかんと開け、一口大に切ってガラス製の小鉢に盛り付ける。小さなフォークを添えて岡安さん、そして八木さんの前に置いた。小鉢とフォークもカフェには無いので、上から持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「あ、俺もええん?」
「はい。ひとりで1缶は多いですから」
「ラッキー」
八木さんは嬉しそうに口角を上げた。
「わしのは?」
清明お祖父ちゃんの、少し恨みがましい目。羽菜はいなす様に微笑んだ。
「後でね」
岡安さんと八木さんは、並んでパイナップルを口に運ぶ。甘いシロップに漬けられたパイナップルは、ほのかな酸味を残しながらもたっぷりと甘い。疲れた身体にきっと染み渡るだろう。
食物繊維とビタミンCも含まれているので、とりあえず栄養素は完璧なはずだ。
「さっきの卵雑炊にもほんまに癒されましたけど、パイナップルええですねぇ、甘さが心地ええです〜」
岡安さんはしみじみと言って、パイナップルを食べている。
風邪や病気のとき、羽菜の親も缶詰のパイナップルや桃を用意してくれた。食欲が無いときにも食べやすいものをとの心遣いだったのだが、それは今の岡安さんにも当てはまる。
岡安さんはまだ病気などにはなっていない様だが、それも時間の問題なのでは無いか。少なくとも精神面ではすでに患っていてもおかしく無い。
追い詰められながらも、これまできっとひとりで踏ん張ってきたのだ。早く解放してあげないと。
なぜ呪いを受ける羽目になったのかも気にはなるが、まずは岡安さんの心と身体が大事である。
「こちそうさまでした」
パイナップルも食べ終えた岡安さんは、手を合わせた。
「どうですか? 少しでも楽になりましたか?」
「はい。これからまた会社に戻らなあかんと思ったら憂鬱ですけど、ずっと取れなかった疲れが大分ましになりました。ありがとうございました。おいくらですか?」
羽菜は、このカフェはお金を取らないことを説明する。岡安さんは当然のごとく戸惑う素振りを見せた。
「いや、でも、メニューに無いもんばっかりいただいてしもうたんですから、手間賃とかも含めて支払わせてください」
「ほんまにええんですよ〜」
羽菜は言うが、岡安さんも「いや、しかし」と譲らない。そんな岡安さんの肩を後ろから叩いたのは、清明お祖父ちゃんだった。
「ほんまにええから。それより岡安、お前さんにまじないしたるわ。じっとしとき」
「え? は?」
岡安さんは面食らう。だが清明お祖父ちゃんは有無を言わさず岡安さんの正面に回り込むと、右の人差し指と中指を揃えて岡安さんの額に当てた。そして手を組んで両の人差し指を立てて。
「其は理にあらず。めしませ、めしませ。急急如律令」
解呪の呪文を口にした。ぱぁん、と何かが弾ける音がする。
「うん、これでええ。あんじょうきばりや」
清明お祖父ちゃんは軽く言って、岡安さんの二の腕をぽんぽんと叩いた。
「あ、ありがとうございます」
岡安さんはまるで狐につままれた様な顔になるが、それでもどこかすっきりした様な表情になった。
「気が楽になりました。もうちょっとがんばってみます」
「ん、ええ顔や」
清明お祖父ちゃんは満足げに頷く。岡安さんの頬はやはりげっそりしているし、目も落ち窪んでいる。それでも顔色だけは来たときよりぐっと良くなった。良かった。羽菜は心底安堵した。




