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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
3章 ねじれたハラスメント
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第5話 優しいごはん

 更年期障害は中年女性に多い印象だが、男性も陥る可能性が多分にあるものだ。


 ホルモンバランスが乱れるのも、体調が悪くなるのも精神症状が出るのも、女性と同じである。怒りやすくなるというのもそのひとつだ。


 ただ、男性ホルモンと女性ホルモンとの違いがあり、発症の原因は違う。女性の場合は閉経を境に女性ホルモンが減少することで起こる。診断や治療法が確立されていて、婦人科病院などで投薬してもらったりで抑えることができる。


 だが男性の場合、男性ホルモンの減少は20歳代から始まり、徐々に進行していく。そのため更年期障害なのか精神疾患なのか、それとも加齢による身体機能の衰えなのかの区別がしづらいと聞く。日本では研究が始まって20年ほど。その全貌は明らかになっていないそうだ。


 そう思うと男性の更年期障害の症状は、大人になればいつでも出てくると言える。その課長さんがそうだとはもちろん言えないが、急に感情の起伏が激しくなったのであれば、その可能性もあるのでは無いか。羽菜(はな)はそう思ったのだ。


「その影響もありそうやわな。まぁ多分、その課長っちゅうんは巻き込まれたんや」


「やね」


 清明(せいめい)お祖父ちゃんと八木(やぎ)さんの頷きに、羽菜はやはり首を傾げるしか無い。が、陰陽師ふたりが何かを察しているのなら、何かあるのだろう。


 そういえば、先日来た井上(いのうえ)さんは呪いを受けていたということだった。もしかして岡安(おかやす)さんも? だから急に課長さんからの攻撃を受ける様になってしまった?


 それなら確かに納得がいく。井上さんも何も悪く無いのに、理不尽な目に遭ってしまっていた。ならきっと、岡安さんも。


 羽菜が勘付いたことに気付いたのか、清明お祖父ちゃんが羽菜を見て神妙な顔で小さく頷いた。


 なら、清明お祖父ちゃんか八木さんが解呪をすれば、きっと解決するだろう。それでどうなるかまでは分からないが、少なくとも岡安さんの安寧は戻るはずだ。


 羽菜は安堵する。なら早くそうしてあげたい。だがその前に。


「あの、岡安さん、良かったら何か召し上がりませんか? 最近あんま食べられてへんて言うてはったから、少しでも栄養のあるもん食べて欲しいなぁって」


「そう、ですねぇ……」


 岡安さんはカウンタに立ててあるメニューを取り、眺める。しかし食欲が沸かないのか、ふぅと憂鬱そうな小さな溜め息を吐いた。


 最近ろくにごはんを食べていないのなら、胃も不調かも知れない。ならこのカフェのメニューでは重たいのでは無いか。お腹に優しいものは置いていない。


「あの、メニューには無いんですけど、卵雑炊はいかがですか? もし、よろしければ」


「あ、それやったら食べられそうです。お願いしてええですか?」


「はい。お待ちくださいね」


 このカフェでごはんを使うメニューは、八木さんも大好きなカレーライスとピラフである。カレーは炊いて保温してあるごはんを使い、ピラフには冷凍したごはんを使う。カレー用が余ったら冷凍していくのだ。


 ピラフやチャーハンを作るために、冷凍ごはんを使うことは、プロの料理人もしていることだ。冷凍することで適度に水分が飛んで、ぱらぱらに仕上がるのである。


 ただし、電子レンジで解凍するときには、温め過ぎないこと。そうしてしまうと粘り気が出てしまい、冷凍した意味が無くなる。ほんのりと温まる程度が良いのだ。


 羽菜は冷凍庫からラップに包んである冷凍ごはんを出し、小さめの片手鍋に置いて、お水をひたひたに注いだ。それを火に掛ける。ひとり用の土鍋があれば格好もつきそうだが、生憎個人でも持っていない。


 温めている間に、上の住居から和風だしの素と鶏がらスープの素、カットされた青ねぎを取ってくる。カフェには使うメニューが無いので、置いていないのだ。お鍋がふつふつと沸いてきたら両方のだしの素を入れた。


 そのままごはんがほぐれるまで待つ。その間に卵をほぐす。卵はカフェに常備してある。カルボナーラとピラフに使っているのだ。


 ごはんが角からほろりとほどけてきて、お出汁の中でことことと煮えてきている。ごはん粒全体がはらりとほぐれ、お出汁を吸ってふっくらとしてきた。


 お塩を少々振る。さっと混ぜて、ほぐした卵を回し入れた。細く入れられた卵がふわふわと踊り、火が通って透明感を失っていく。と同時にふんわりと体積を持ち始める。


 そうして卵が柔らかく固まったらできあがりだ。お玉で軽く混ぜて、普段はカレーを盛り付ける少し深さのある器に入れた。真ん中に青ねぎをこんもりと盛り付けてできあがりである。


「はい、お待たせしました」


 スプーンを添えて、岡安さんの前に置いた。ほかほかと湯気が立ち、昆布とかつお、鶏の合わせ出汁の香りが穏やかに漂っている。


「ありがとうございます。ほんまに美味しそうです」


 岡安さんは泣きそうな顔を綻ばす。「いただきます」と手を合わせ、スプーンで卵雑炊をすくって、冷ます様に息を吹き掛ける。そっと口に運んで。


「……美味しい、ほんまに美味しいです。優しい味やぁ〜」


 そう言って目を細めた。いくら食欲が無いとはいえ、お食事になる様なものを食べていなかったということは、きっと岡安さんはひとり暮らしだ。もしかしたら人からの優しさなんてものも不足していたのかも知れない。


 羽菜ができることは、こうして温かなお食事を提供するぐらいである。だからこそ、それで少しでも心が暖まってくれたらと思うのだ。

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