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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
3章 ねじれたハラスメント
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第4話 変わってしまった原因は

 お話を聞き終えた羽菜(はな)は、あらためて岡安(おかやす)さんのやつれた顔を見る。なんて痛ましい。


 心も身体も疲弊してしまうなんて。だからこんなにもやつれた相貌になってしまったのだ。以前はきっと、顔も身体の様にふっくらとして、顔色だって良かっただろう。


 お仕事をしていれば、多かれ少なかれストレスに見舞われることだってあるだろう。だがこれはその限度を超えていると思う。そう思うと同時に、羽菜がいかに恵まれているのかを痛感するのだ。


 羽菜は確かに陰陽師としては落ちこぼれだ。だがこうして陰陽師のためのお役目を与えられ、個性豊かではあるものの良い人たちに囲まれているのだ。関係性からか怒鳴られることなんて皆無である。羽菜がそう失敗をしないことも大きいのかも知れないが。


 さっきホットレモネードを飲んで「あったまる」と言ったのはその通りで、きっと血色が悪くなって、身体の芯が冷えてしまっているのだ。もう暑いといっても良い季節なのに。まとにも栄養素が摂れていないのだろう。


 こんなとき、会社勤め経験が無い自分が不甲斐無いと思ってしまう。こんな自分では安岡さんの大変さを理解できないのでは無いか。どんな言葉を紡いだら良いのか分からない。


 羽菜が悔しげに目を伏せると。


「せやなぁ」


 八木(やぎ)さんののんびりとした声が耳に届いた。


「羽菜ちゃん、コーヒーお代わりちょうだい」


「あ、はい」


 羽菜は八木さんが差し出したコーヒーカップを受け取り、同じカップにお代わりを用意する。電気ケトルのスイッチを入れ、カップにドリッパーを置いてペーパーフィルターを乗せた。


「俺、今の仕事の前は、サラリーマンやったんや。そこがまぁ〜、ブラックやった。岡安さんとこみたいなんや無くて、とにかく仕事量と拘束時間が半端無かった。夜の9時で帰れたら上等や。終電なんかしょっちゅうでな。もちろん残業代は出ぇへんで。ただな、俺の場合は家業を継ぐことが決まっとったから、それまでの辛抱やて思ってな」


 この場合の家業とは、陰陽師のことだろう。一族が継ぐものだから間違ってはいない。確か、八木さんはお母さま方が血筋で、でもお母さまは力が弱かったから、修行を途中で止めたのだと聞いている。羽菜の様に陰陽師に関わる道を選ばなかった。だがそれもひとつの進むべきものである。そうして家庭を築き、八木さんが誕生したのだから。


「もう辞めるてなったら、俺と会社は無関係や。でもな、俺、無体な目に遭って、黙ってられるほど人間できてへんのやわ。せやから辞めてすぐ、労基に駆け込んだ。あっちゅうまに監査が入って、指導されたはずや」


 働き方改革関連法が成立したのは2018年。今からたった7年前のことである。残業時間の上限や有給についてなど、確か細かく制定されたはずだ。


 羽菜がここを引き継いだのが2年前で、そのときにはもう八木さんは常連だった。陰陽師の前は社会人経験を積むために会社勤めをしていたことは聞いている。退職したときに働き方改革関連法があったのかどうかは分からないが、速やかに改善されたのなら、あったのかも知れない。


 労基とは、正式名称を労働基準監督署。大雑把に言うと、企業で働く人を守るためにも存在している。実際ネットなどで一般国民に向けての相談窓口が設けられている。


 そこに垂れ込まれれば、悪辣な企業などはひとたまりも無いだろう。悪評が広まれば、結局は困るのはその企業なのである。


「まぁ、そのあとは知ったこっちゃあれへんけどな。けどな、転職することで同僚置いてくんが気がかりやったらそんな手もある。ただ、岡安さんの場合は労基っちゅうか、それ、コンプラ違反やろ、今やったら会社に専門の部署があるんとちゃう? 何で誰も言わへんねや?」


 ずばりと言われた岡安さんは、ためらう様に頭を掻いた。


「いや……。課長、1ヶ月前に突然変わってしもたこともあって、ほんまやったらええ人のはずで。そやからなんやおおごとにしたないなって」


「いや、もう充分おおごとになっとると思うで? いちばん被害受けてはるんは岡安さんやろうけど、確実にいてはる部署に影響出てるやん。ただまぁ、それいついては、ちょっと思うとこはあるんやけど」


 八木さんはそう言うと、清明お祖父ちゃんをちらりと見遣る。清明お祖父ちゃんはこくりと小さく頷いた。何だろう。羽菜は首を傾げた。


 話を聞いている間にお湯が沸いたので、コーヒーを淹れて、八木さんの前に置いた。


「お、ありがと」


 淹れたて熱々なので、八木さんはまだ手を着けない。


「そもそも、何で課長が急にあんなことする様になったんかが分からんで。それまでは特別親身になったりしてくれることは無くても、ええ距離感でおってくれはったんです。それやのに、なんで……」


 岡安さんはうなだれる。岡安さんは自分が受ける理不尽な叱責や他責に、悲しさを感じている様に思えた。怒るのでは無い。そこに岡安さんの人間性が見える気がした。だが、優しいからこそ、余計に付け込まれるのでは無いだろうか。


 会社のことは分からなくても、人間関係は少しは分かる気がする。羽菜はこのカフェでいろいろな陰陽師と関わってきた。癖が強い人もいる。陰陽師は基本的に不思議と善人ではあるのだが、それと性格はまた別のものだ。


「あの、岡安さん」


 羽菜が思い切って言うと、岡安さんは焦燥した顔を上げた。


「私はろくな経験が無いんで、分からんことも多いです。でも岡安さんがそう言わはるってことは、きっとその課長さんは元はええ人なんやと思います。でも感情の揺れとか持っていき方とか、あとホルモンバランスとかで、それが保てんことってあるんやないんかなぁって思うんです。その課長さんのお歳は分かりませんが、男性でも更年期障害とかあるって聞きますし」


 見当違いなのかも知れないが、何か言わずにはおれなかった。

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